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大乱記上  作者: 両亭
九馬伝
16/37

磨屯条:(比利)第一節~第三節

磨屯条

一、磨屯希斗人国。在於九馬辺与越南境。故氐部思狄而不惟希斗人国。磨屯王「比利」欲為正希斗人国、征落国。比利将見毛堡。毛堡曰「彼王無由攻落国、悪斯蛮為。」以不見之。


一、磨屯(マトン)は希斗人国なり。九馬辺と越南の境にあり。故に氐部(ゑびす)と思ひて希斗人国と(おも)はず。磨屯王比利(ヒリ)正に希斗人国と為らんと欲し、(ラク)国を征す。比利、将に毛堡に見えんとす。毛堡はく「彼王は由なく落国む、斯の蛮為を(にく)む。」と。以てこれと見えず。


一、磨屯は希斗人の国である。九馬と越南の境にある。ゆえに氐部は磨屯を蛮族の国だと思っていて、希斗人の国だと認識されていなかった。磨屯の王比利は、正式に希斗人の国であると認められようと思い、(越南)にある落国を征服した。そのあとで比利は毛堡に会おうとした。毛堡は「あの王は理由もなく落国を攻め滅ぼした。あのような野蛮な行いは避けたい」といって、彼と会おうとしなかった。



二、比利三年、氐部王死「夏威」継之。夏威国将而非王子。比利曰「非王血為王。焉我不為彼王」以千軍征之。比利破夏威。以併九馬、下原、糟瀞、氐部。比利称希斗王。


二、比利三年、氐部王死して夏威(カヰ)これを継ぐ。夏威、国将にして王子にあらず。比利曰はく「王血にあらざるが王たる。(いづく)んぞ我、彼の王たらざらんや」と。千軍を以てこれを征す。比利、夏威を破り。以て九馬、下原、糟瀞、氐部を併す。比利希斗王と称す。


二、比利の治世三年、氐部の王は死んで夏威が跡を継いだ。彼は王の息子ではなく、国将であった。比利は「王の血統でもない者が(希斗人というだけで)王になった。どうして、私があの国(氐部)の王になれないのか」と言った。そうして千軍を使って氐部を征服した。比利は夏威を倒して、九馬、下原、糟瀞、氐部を併合した。比利は、希斗王と称した。



三、比利四年死。子「荒邱山(カウキウザン)」嗣之。王遣貴内、華太。両国何従之、盟。王賜貴内公、華太公各国主、令両公治之。是以九馬地始一


三、比利四年にして死す。子、荒邱山これを嗣ぐ。王貴内、華太に遣ひす。両国何れもこれに従ひ、(ちかひ)す。王、各国主に賜貴内公、華太公を賜り、両公をしてこれを治めしむ。ここを以て九馬の地始めて一たり。


三、比利は治世四年で死んだ。子供の荒邱山がその跡を継いだ。王は、貴内、華太に(服属するよう)使者を送った。両国はいずれも従い、服属を誓った。王は両国の主にそれぞれ貴内公、華太公の位を与え、両公にそれぞれの土地を治めさせた。ここで九馬の地は初めて統一されたのである。


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