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6話

 玉座の間には重々しい静寂が満ちていた。赤い絨毯の先、玉座に座す王の威容が影のように伸び、燭台の灯火が高い天井に揺らめいている。


 膝をついたユーリックは、深く頭を垂れたまま声を発した。

「……街外れの空き家にて、不審な痕跡を発見いたしました。吸血鬼のものと思われる体の一部、そして異様な研究の跡がございます」


 報告の言葉は途切れず、迷いもない。――もっとも、これが初めてではないからだ。

 ルシアンは気まぐれでこの場を欠席することが多く、結局は従者であるユーリックが王へ報告する役を担ってきた。主の代理として一人で謁見に臨むことに、もう驚きも怯えもない。ただ粛々と、務めを果たすのみ。


「しかし、痕跡が消えている可能性があると……」


 言葉を区切ったユーリックに対し、玉座の上から低く響く声が落ちる。

「よい。兵を向かわせよう。痕跡が残っていようとなかろうと、確かめぬわけにはいかぬ」


 ハインリヒ王が片手を軽く振ると、傍らに控えていた兵が即座に膝をつき、命を受ける。

「はっ、直ちに調査に向かわせます」


 広間に響いたその声に、ユーリックは深く頭を垂れたまま小さく息を吐いた。


 玉座からハインリヒ王の穏やかな声が降りてくる。

「……ふむ。他には、何か言い残していなかったか?」


 ユーリックは顔を上げずに答える。


「実験は成功しないだろう、と」


 思いがけぬ言葉に、ハインリヒ王はわずかに身を乗り出した。


「何故だ?」


「それは……教えてはくださいませんでした」


 短い沈黙ののち、王はふっと口元に笑みを浮かべる。

「……彼のことだ。何か考えがあるのだろう」


 その一言で、謁見の場は終わりを告げた。ユーリックは恭しく頭を垂れ、静かに退いていった。






 ――それは夜の出来事にまでさかのぼる。


 街外れの廃屋に向かう影がひとつ。扉を押し開けると、軋む音と共に一筋の風が吹き抜けた。


「……?」


 微かな違和感を覚えつつ、廃屋の主――ゼノスは足早に研究室へと向かう。

 今夜は収穫なし。手ぶらのまま、いつもの研究室へ足を踏み入れた。


「少し不用心ではないか?」


 先に部屋にいたのは、かつてルシアンが教会跡で遭遇した吸血鬼――真祖カイラム。


「明日にでも城の兵士たちが押しかけてくるぞ」

「ええっ……、何で!?」


 素っ頓狂な声を出すゼノスに、楽しげに肩をすくめる。


「侵入者がいた」


 その言葉に辺りを見渡すと、研究机の上に散らばった紙片や薬瓶が、いつもよりわずかに乱れていることに、ようやく気づいた。

 それに――あまりにもはっきりとした魔力の痕跡。まるで「見ろ」と言わんばかりに、あえて残された気配が部屋に満ちていた。


 カイラムはそれを感じ取ると、深く息を吸い込み、目を細める。


「……やはり、会いにきてくれたのですね」


 恍惚とした笑みが口元に浮かぶ。


「ちぇっ、また家探しか。面倒だなぁ」

 吐き捨てるように言いながらも、ゼノスの手は器用に書きかけの紙片をまとめ直していく。その横顔は追い詰められているどころか、どこか楽しげですらあった。





 王の命を受け、数名の兵士が廃屋へと足を踏み入れた。

 湿った床を踏みしめ、薄暗い廊下を進んでいく。やがて一つの扉の前で足を止め、先頭の兵が静かに合図を送る。


 ギィ……と音を立てて扉が開いた。


 中は粗末な机と薬瓶、その脇に――血の気を失った「体の一部」が無造作に置かれていた。切り分けられた跡は生々しく、そこにいた全員の背筋を凍らせる。


「……なんてことだ……」


 兵士の一人が言葉を漏らした、その瞬間だった。

 床に描かれていた見えない紋様が赤く脈動し、次の刹那、爆ぜるように炎が噴き上がった。


 轟――


 灼熱の奔流が部屋を満たし、兵士たちを容赦なく呑み込む。逃げる間もなく、悲鳴もまた炎に焼かれて消えていった。


 廃屋は外から見れば静かに沈黙している。

 しかし内部では、証拠も兵士もすべてが炎に灰へと変わっていった。

 ――それこそが、真祖カイラムの仕掛けた死の罠であった。


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