プロローグ
少年の瞳に映ったのは、真っ赤に染まった両親の姿だった。
瞳孔は開き切り、苦痛に歪んだ顔はもう二度と動かない。
クローゼットの奥で息を殺しながら、少年は震える体を抱きしめるように丸くなっていた。
犯人の口元から覗く牙が、両親の血で濡れている。
(……吸血鬼だ!)
目が合った。
少年は咄嗟に口を押さえ、息を止める。
吸血鬼は確かに気づいたはずなのに、ニヤリと口角を吊り上げ、人差し指を唇に当ててみせた。
「黙っていろ」と告げるように――そして霧のように姿を消した。
クローゼットを這い出た少年は、倒れ伏した両親に縋りつき、泣き叫ぶしかなかった。
どれほど泣き続けただろう。
やがて夜が明け、白い光が差し込む。
「……随分と派手に食い散らかしたものだ」
「!?」
その声に少年は顔を上げた。
そこに立っていたのは、いつの間にか現れた背の高い男。
長い白髪が朝の光を浴びて淡く輝き、その隙間から覗く深紅の瞳は、宝石のように光を宿していた。
恐怖に縛られながらも、その美しさに息を呑む。
――吸血鬼。
だが、どうして。朝の光の下に立っているのか。
「私と来なさい」
「え……」
「現場を見てしまった以上、放ってはおけない」
その声は深く澄み、少年の胸に直接響くようだった。
恐ろしく、理解できない存在。
けれど同時に、唯一の救いのように思えた。
「君の知らないことを、教えてあげよう」
差し伸べられた手が、朝の光を受けてきらめく。
少年は泣き腫らした瞳でその手を見つめ――静かに、その手を取った。




