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13話

 ――10年前


 屋敷の中庭から、金属のぶつかる甲高い音が響いていた。

 朝霧の中、ユーリックはルシアンの猛攻を難なく受け流していく。

 その軽やかな動きに、ルシアンの口元がかすかに上がる。握る剣に、さらに力がこもった。


「――……っ!」


 鋭い一撃。

 次の瞬間、ユーリックの手から剣が弾き飛ばされ、土の上を転がった。


「本気を出さないで下さい」


「私が本気を出したら、キミの手はそこにないぞ」


 剣を指先で弄びながら、ルシアンは悪戯めいた笑みを浮かべる。

 ユーリックは苦笑しつつ、擦れた右手を撫でてから剣を拾い上げた。


「後は実戦を積むしかないな」


 ユーリックの表情は晴れない。見るからに不満を抱えているのがわかる。ルシアンはあえてその顔を覗き込んだ。


「私を眷属にしてくれれば、こんなに苦労しません」


 子供のように頬を膨らませるユーリックを、ルシアンは楽しげにつつく。


「わざわざ人間をやめる必要はない」


 ぐりぐりと頭を撫で回す。その手をユーリックがうっとうしそうに払いのけると、乱れた髪を直しながら俯いた。


 仇である吸血鬼に近い存在になってまで目的を果たそうとする――その気持ちがわからないわけではない。それほどまでに憎しみが深いのだ。


(私の側にいることすら、どう思っているのか……)

「さぁ、朝食にしようじゃないか」


 ルシアンが手を一つ打ち仕切り直す。ユーリックは渋々その後に続いた。中庭を離れ屋敷へ戻ると、ひんやりとした朝霧とは対照的に、廊下には暖炉の残り火の温もりが漂っていた。


 広い食堂には、ぱちぱちと燃える暖炉の音と、静まり返った空間に微かに響く食器の触れ合う音だけが満ちていた。


「そう言えば……」


 先に口を開いたのはルシアンだった。


「もうすぐ王都の学園に入学だったな。本当は初等部からでも通わせたかったが……」


 ユーリックがこの屋敷に来たのは、ほんの五歳の時だった。両親のこと、吸血鬼のこと――そうした事実を受け止め、気持ちの整理がつくまではと、基本的な勉強も含めてルシアンが直々に教えてきたのだ。


「私は別に……学園に行っても学ぶことなどありません。ご主人様が、すべて教えてくださいましたから」


 寮に入る話も、当然のように持ち上がった。

 王都の学園に通う以上、通学よりも寮生活の方が管理もしやすい。学園側の意向としても、それが最善だった。


 だが、その提案は通らなかった。


 ユーリックが、珍しくはっきりと拒んだからだ。


 理由を多く語ることはなかった。ただ、この屋敷を離れることだけは受け入れられない――その意思だけは、譲らなかった。


 結果として、学園へは通いという形に落ち着いた。


 ルシアンはただ、人間の社会から隔離されないようにしたかった。たとえ寮生活ではなくとも、集団の中に身を置く経験さえ積めれば、それで十分だった。


「私は、ユーリックが良き友人と出会えればそれでいいさ」


(私には、ルシアン様だけでいいのに)


 胸に生じた小さな棘を隠し、ユーリックは何も言わぬまま朝食を終えるのだった。

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