11話
店内は、壊滅的だった。
一見アンティークで統一しているように見えるが、よく見ると子供向けの装飾が入り混じり、統一感の欠片もない。
開いた口がふさがらないユーリックは、しばらく言葉を失った。
「俺的には、老若男女にウケると思うんだけど」
「どこが?」
反射的に出た言葉は、容赦のない否定だった。こればかりは譲れない。
結局、あっという間に店内の七割の家具と装飾品が“ゴミ”となった。
――下手に年齢層を意識するな。シンプルでいい。
何度も口を酸っぱくして言い続けてきた台詞だ。
「このテーブル、セレナ王朝の時代のものだって?」
「アンティークショップでめっちゃ勧められてさ!」
「偽物だ」
淡々と断言するユーリックに、エルチェは肩を落とす。
しかし、テーブルを軽く叩いた彼は、ふと小さく頷いた。
「……でも、作りはしっかりしてる。恥ずかしくないなら使えばいい」
「そう言われると……嫌なんだけど」
あきれたような返事に、ユーリックは小さく息を漏らした。
「よし!じゃあ新しいの買いに行こう!」
勢いのまま腕を引かれ、ユーリックは抵抗する間もなく扉の外へと連れ出される。
まるで昔に戻ったような無鉄砲さに、思わず苦笑がこぼれた。
エルチェの勢いは、次第に衰えていった。
選ぶものすべてにダメ出しされるからだ。
しかし、ユーリックに任せれば任せたで、高級品ばかりを選ぶ。
結果、話はいつまで経っても平行線のままだった。
「お前……庶民の感覚を思い出せよ」
その言葉に、ユーリックは「そう言えばそうだった」と言わんばかりの表情を浮かべた。
エルチェは思わず額を抑える。
「町のお菓子屋さんなんだぞ?」
「……わかってるよ」
こうして二人は、ため息を交えつつも、再び家具選びの旅へと戻っていった。
外に出るころには、空は夕焼けに染まっていた。
通りを抜ける風が心地よく、二人の表情もどこか清々しい。どうやら思い通りの家具が見つかったらしい。
「今日は助かったよ。また頼むな」
エルチェは屈託のない笑顔で手を振る。
「金の無駄になる前に呼べよ」
ユーリックは苦笑しながら手を振り返す。
二人の笑い声が、黄昏に溶けていった。
――何年経っても、この距離だけは変わらない。
夕焼けの街を背に、エルチェと別れたユーリックは、静かに屋敷へ戻った。
家具選びの余韻がまだ胸に残る。笑い合った記憶が、夕暮れの風に溶けていく。
屋敷に着くと、ルシアンは何本ものワインを空けていた。
ユーリックは「また買い足さなければ」と頭を抱える。
「で、どうだった?相変わらずのセンスか?」
「ええ、彼は菓子作りに全て吸われてますから」
ルシアンがくつくつと笑い、グラスを傾ける。
その笑い声が消える頃には、窓の外はすっかり夜の色に染まっていた。
静かな風がカーテンを揺らし、蝋燭の火がかすかに揺れる。
こうして夜が更けていく――それは、彼らにとっての日常の合図だった。
夜の見回り――それは彼らにとって、もはや生活の一部。
けれどルシアンにとっては、ただの日課ではない。
自らが起点となって生まれた影を、少しでも減らすために。
それは贖罪ではなく、責務として背負った行いだった。
月光が石畳を照らし、二人の影を長く伸ばしていく。
いつも通りの夜が、静かに始まった。




