10話
はたから見れば、振り出しに戻ったようなものだ。ルシアンが魔力を辿れば真祖の行方を知るのは容易い。しかし彼がそれをしないのは、ただ自然に身を任せているからである。
ユーリックもその意図を理解しているのか、敢えてルシアンには聞かずにいた。
「一仕事終えた気分だ」
「お疲れ様でした」
もともと口数が多いわけではないため、ジークベルトの話し相手は相当堪えたのだろう。肩に手を置き、回しながら、全身で疲労を表す。ユーリックは労いつつルシアンの肩を揉む。
ユーリックからは、ルシアンの表情は窺えない。
「いずれ向こうから姿を現す、と言っただろう」
まるでユーリックの思考に反応したかのように答える。
その声音に怒気はなく、むしろ嬉しげでさえあった。だが、先日から様子がおかしかったのにも、これで納得がいく。
(やはり真祖絡みだったか……隠さなくてもいいのに)
主人の過保護さに呆れつつ、肩を揉む手に力を込める。
穏やかな昼過ぎ。
――夕飯は何がいいだろうか。目を離すとすぐ偏った食事しかしない主人のことを考えながら、ユーリックは街をぶらついていた。
その時、野菜とにらめっこしていたユーリックの背後から、聞き覚えのある声がした。
「……ユーリック?」
振り向くと、そこには学友だった男――エルチェが立っていた。
本人だとわかると、表情がぱっと明るくなり、ユーリックもまた懐かしい顔に自然と笑みを浮かべる。
「エルチェか。久しぶりだな」
「おー!お前は相変わらずルシアン様のとこにいるのか?」
「まぁね」
エルチェは、ユーリックにとって親友と呼べる存在だった。事情も知っており、何度もルシアンの屋敷を訪ねたことがある。実家は田舎で菓子店を営んでおり、ルシアンもその菓子が好物だった。
喫茶店に入った二人は、互いの近況を語り合った。もっとも、ユーリックはひたすら聞き役に徹しているだけだ。
「実家は妹に任せたんだ。こっちは二号店、ってとこかな」
「で? 何か頼みたいことでもあるんだろ」
どこかそわそわした様子のエルチェに、ユーリックは「またか」といった顔で話を促した。
「さすがユーリック、頼りになるな!」
「まだ了承してないぞ?」
とはいえ、よほどのことがない限り断る理由はない。それほどまでに、彼を信頼していた。
買い物したものを片付けるため、二人はルシアンの屋敷へ向かっていた。人里から離れたその場所へは、そう簡単に辿り着けない。
「ルシアン様は元気?」
ユーリックから離れまいと、エルチェは慣れた様子で後をついていく。過去に何度も訪れているが、ルシアンの魔法のせいか、同じ道を歩いたためしはなかった。
「相変わらずの偏食ぶりだよ」
「これからは俺の店の常連になるんだろ?」
「それはご主人様次第かな」
そんなやり取りを交わしているうちに、一際目立つ屋敷が目の前に現れた。
買ったものを早々に片付けると、ユーリックはエルチェを連れてルシアンの部屋へ向かった。
「ただいま戻りました」
「久しぶりです、ルシアン様!」
底抜けに明るい声が室内に響く。ユーリックは少し迷惑そうに眉をひそめた。
「エルチェではないか。息災か?」
「はい!あの、ユーリックを少し借りてもいいですか?」
「特に言いつけていないからな。いいぞ」
「あざっす!」
淡々と交わされるやり取りを見ながら、ユーリックは「そういえば昔からこうだった」と呆れを覚える。詳しい会話をしているようでしていない。それでもなぜか、二人の間では自然に始まり、自然に終わってしまうのだった。
そそくさと屋敷を後にすると、エルチェは改めてユーリックに頼み込んだ。
「店の内装について、アドバイス頼む!」
(……昔からセンスは壊滅的だったな)
ユーリックはやれやれと肩を竦めた。
――そんな昔と変わらないやり取りに、思わず口元が緩むのだった。




