第九話 桶狭間の合戦 承
今川義元は優れた経済政策を実行統治者でした。決して米の収穫量が多くない領土で、積極的な金山開発を行い豊富な埋蔵資源を活用することで飛躍的に支配地域を豊かにしたのです。また交通網の整備も行いました。
この桶狭間の合戦の戦力は、
今川義元は2万5000人。対する、
信長様は4000人。圧倒的な戦力差である。
当然、戦局は不利に推移した。
「佐久間盛重殿、お討ち死に!」
盛重は丸根砦の援軍に向かったのだが、
松平元康(後の徳川家康)の猛攻を受け、
戦死したようだ。
「何だと、盛重が!」
この知らせを善照寺砦で聞いた信長様は、
一瞬、狼狽しだが、すぐに、
冷静さを取り戻したように振る舞う。しかし、
「織田秀敏殿、お討ち死に!」
「飯尾定宗殿、お討ち死に!」
と、鷲津砦が陥落したとの報が入り、
中嶋砦の前衛部隊も、
「佐々政次殿、千秋四郎殿、お討ち死に!」
敵の攻撃を受け敗退した。
今川軍は圧倒的な戦力差で軍を進めるようだ。
その時、
「緒戦に勝ちを重ねた義元は、ご満悦のようで」
と、信長様に報告したのは岩室重休である。
彼は忍びの集団の頭目であった。
加えて重休は報告を続ける。
「義元は桶狭間山に本隊を布陣して」
そこで休憩しているという。その様子は、
「まるで宴のようでして、酒を飲み、謡を歌う」
有り様だと、重休は言った。
それを聞いた信長様は、
「義元の奴め、慢心して油断したな」
一言、言葉を吐き、座していた姿勢から、
「千載一遇の好機が到来したぞ」
と、立ち上がると、さらに、
「これより桶狭間山に攻め入る!」
叫ぶように号令を発した。
「おおおおおおおおおーっ!」
応じる兵の士気は高い。
「皆の者よ、狙うは義元の首、ただ一つ!」
善照寺砦からは次々と兵が飛び出し、
その先頭を馬で駆ける信長様は、こう言った。
「絶体絶命の危機から、大勝利をつかむぞ!」
「勿論ですとも、義元の首級を必ず取ります」
俺は信長様を追い越して、
矢のような速さで馬を駆り桶狭間山へと向う。
「義元の矛先には魔物だろと鬼だろうとかなうまい」これは今川義元が大軍を率いて尾張に攻め込んだ時の言葉です。彼は圧倒的な戦力差で勝利を確信したのでしょうが、結果から見ると、慢心と油断が言わせた言葉だったのです。




