7話 勝利
今回も長いです。
前回よりも文字数多めです。
バンブロックが地面に引き倒されるや、観客のボルテージはさらに上がり大歓声だ。
引き倒されたら終わりだとバンブロックは知っていた。二足歩行の人間が倒された状態で、四足歩行の魔物に勝てる訳が無い。
右腕と左脚に食い付かれた状態で、身動きも殆んどとれない。
観客の誰もがこのままこの人間は、飢えたハイエナに喰い千切られバラバラになるんだと思っていた。
しかし闘技場の真ん中に倒された人間は、そうはならなかった。
ーー麻痺魔術
突然2匹のハイエナが背筋をピンと張り、全身が痙攣を始めた。
それはほんの数秒である。
ーーくそ、続かない。体力が追い付いてないか
そしてバンブロックが魔術を止めると、ハイエナ2頭は唐突に地面に倒れて動かなくなる。
本調子のバンブロックだったら、魔物化したハイエナ2頭だろうが、一瞬で昇天させたに違いない。しかしまだ身体が癒えきっていないバンブロックでは、全力魔術でもここまでだった。
とは言っても、既に戦える状態ではないのだが。
観客は何が起こったのか理解出来ずに、ザワザワする。
そこで先程まで引き倒されて死ぬ寸前だった人間が、ゆっくりと立ち上がり始める。
すると観客席からはどよめきが起こる。
しかも起き上がったバンブロックの手足には、まだハイエナが噛み付いたままである。
こんな光景は誰も見たことがなかった。
喰い殺されると思った人間が立ち上がり、その人間にはハイエナが噛み付いたままズルズルと繋がっているのだ。
この状況には、今どちらが有利なのかさえ判断出来ない。
観客は総立ちとなり、闘技場が喧騒で包まれていく。
ーーくそ、魔術を見せちまったが仕方ない
バンブロックはハイエナにダガーでトドメを刺しながら、その顎を掴んで引き剥がしていく。
「この命、愛する者へ捧ぐ」
祈りの言葉も忘れない。
先程までの観客席の喧騒が、一気に静まり返る。
魔物に喰われ掛けた人間がそのまま立ち上がり、喰らい付いた魔物を引き剥がした上でトドメを刺していく。
そんな光景を見た者など誰も居ない。
だから直ぐに理解出来ないのだ。
事が終わったバンブロックは言葉が通じない事を良いことに、血だらけのダガーを振り上げて観客席に向かって叫んだ。
「いつか見てろよっ、お前ら全員をあの世に送ってやるからな!」
その途端、観客席から大歓声が巻き起こる。
観客は総立ちであった。
観客は勝利のアピールだと勘違いしたのである。
ーーくそ、言葉が通じやしねえ
そこで再び聞き慣れたドラムの音が響いた。
試合終了である。
するとオークの衛兵十数人が闘技場へなだれ込んで来て、あっという間にバンブロックを制圧してしまった。
バンブロックも必死に抵抗するが、魔術を行使する力も残っておらず、地面に押し付けられた。
そして首に何かを装着される。
魔術封じの首輪である。
これを着けていると魔術が行使出来ない。人間界ではかなり高価な品物である。
その後バンブロックは多数のオーク兵と共に、コロシアムの中へと連れて行かれた。
入場扉から中へ入ると、通路にいた剣闘士らが次々に笑いながら手を伸ばし、バンブロックの肩をバンバン叩いて何か言ってきた。
言葉が分からないが賛辞の言葉を言っていると思われた。
しかしバンブロックはそれどころではない。
ハイエナから受けた手足の傷が思ったより深く、かなりの流血をしているからだ。それにオーク兵からは、抵抗出来ない様にボコボコにされ、引きずる様に運ばれている。
バンブロックはこのまま檻に戻されると思ったのだが、オーク兵に連れて行かれたのは医務室らしき部屋だった。
その部屋では変わった亜人がテーブルに着いて仕事をしていた。
その後ろ姿は一見すると人間の様なのだが、髪の色が人間には無い緑色の上に、何より耳が尖っている。
部屋に入るとバンブロックは寝台に転がされた。もちろんオーク兵の監視は付いている。
耳の尖った亜人が振り向き、バンブロックに近付く。その瞳は鮮やかなエメラルドグリーンだった。
ーーまるで妖精みたいだな
バンブロックの最初の感想だ。
不思議なのは魔術封じの首輪が首ではなく、足首に装着されていた。
「あら、人間の患者なんて珍しいですね」
「言葉が通じるのか……」
「ええ、人族語も話せるわよーーしかし酷くやられましたわね。これだとハイヒールを使う必要がありますね」
「ちょっと待ってくれ、色々と聞きたい事があるんだ」
するとその亜人は眉間にシワを寄せながら言った。
「オーク兵がいるから、あまり会話はしない方が良いと思いますよ……」
バンブロックが亜人の後方に視線を移すと、そこにはオーク兵が剣の柄を握っているのが見えた。
慌てて言葉を止めるバンブロック。
亜人はフッと柔らかい笑みを見せるや目を瞑り、両手を一番深い傷の足にあてる。
そして詠唱。
すると足の傷の痛みが和らいでいく。
まるで皮膚が再生するかのように、ゆっくりとだが傷が塞がっていく。
バンブロックは知識として治癒魔術がある事は知っていた。だがこうも目の前で見せつけられるとは思ってもみなかったから、言葉が出ないほど驚いた。
だが魔術封じの首輪を足首にしていた意味が、これで何となく理解出来た。
ちなみに人間社会で治癒魔術が使える者は、上級貴族が囲って手放さない。よってバンブロックみたいな平民は、出会う事さえなかった。
さらに腕も同様に治癒魔術によって癒された。
そこでバンブロックは過去の記憶を呼び起こす。
ーー魔術に長けた亜人族で森に住む半妖精。その種族の名は確か……エルフ、そうエルフだ!
「君はエルフ族なのか?」
バンブロックの問に頭を縦に振る亜人。
そして魔術を続けながら答えた。
「……西の森のエルフ族、ルミナスと言います」
色々聞きたい事があるが、奥で監視しているオーク兵が睨んでいる様に見えるため、バンブロックはそれ以上の会話は控えた。
エルフと分かれば、魔術に長けているのも理解出来る。エルフは魔術に秀でている種族だからだ。
施術が終わると多少の傷跡は残ったが、傷口は完全に塞がっており、バンブロックはただ驚くばかりであった。
医務室を出る寸前、バンブロックは思い出した様に振り返り叫んだ。
「そうだ、俺の名前はバンブ村のロック、バンブロックって呼ばれてる!」
するとルミナスのリアクションを見る前に、オーク兵に怒突かれて部屋を出た。
そのまま控え室に向かう。
今度は檻ではなくちゃんとした部屋だった。
テーブルとイス、そして水もある。
ただし他の剣闘士達も一緒の部屋だ。
その部屋にには明かり取り用の細長い小窓があり、そこから闘技場を見ることが出来た。
特にやることも無いバンブロックは、そこから試合を観ることにした。
何試合目かにあのコボルト2匹が登場した。対戦相手は半獣人が2人である。一緒にここに来たコボルトだ。
ダガー1本だったバンブロックとは違い、コボルト2人は丸盾とショートソードを持たされていた。
対戦相手は魔物では無く、リザードマンが2人。
「何でだよ、どうも納得いかねえなあ」
そんな事をつぶやきながら試合を見物。
結果、奮戦はしたのだが、コボルト2人は負けた。一人はかなりの深手を負っていて恐らく助からないが、もう一人は先程の医務室に連れていけば助かりそうだ。
その後の試合は女性剣闘士が出て来た。
バンブロックは身を乗り出すようにして、その試合を観戦した。
ーー剣闘士には女もいるのか
彼女は肌の露出多めの革鎧で身を包み、革のグローブを装着した狼系の半獣人であった。
バンブロックはあれで鎧の意味があるのかと疑問に思うが、良く考えたらこれは観客が見ている戦いだったと思い出し、自分なりに納得した。
半獣人と言っても、かなり人間に近い様に見える。尻尾と獣耳を隠したら人間にしか見えない。それとキリリとした女戦士的な顔付きは、いかにも観客ウケしそうである。
特筆すべきは、彼女は変わった武器を使う事だろうか。鎖ダガーと言って、鎖の先にダガーが取り付けられた武器である。飛び道具に近いだろうか。
見世物という意味合いのある、剣闘士ならではの武器なのかもしれない。
対戦相手はホブゴブリンで、少し大きめの丸盾とハンドアックスという装備。
やはり彼女は人気があるらしく、入場から大歓声だった。
しかし彼女は身体の線は細いし腕も細い。あれで戦えるのかとバンブロックは興味津々で見物していると、見たこともないステップを多用して対戦相手のホブゴブリンを翻弄していく。
それはまるで闘技場と言う舞台で、踊っているかの様に見えた。
それを見た観客は大喜びだ。
ホブゴブリンは何度も接近戦を試みるが、それを彼女は許さない。
踊る様に距離を取りつつ鎖を伸ばす。
鎖の先についたダガーがホブゴブリンの足を狙う。
ホブゴブリンが盾でそれを受け流すや、声を上げて突進する。
『フガアッ』
そこで彼女は鎖を勢い良く手元に戻すのだが、その軌道はホブゴブリンを背後から襲うものだった。
ダガーがホブゴブリンの背中に迫るが、ホブゴブリンは気が付かない。
そして防具もない剥き出しの背中にダガーが突き刺さる。
「ガアァッ!」
ホブゴブリンの口から悲鳴が漏れる。
ホブゴブリンは足を止めて片膝をつく。
その顔面には冷や汗が噴き出していた。
彼女は鎖を引いて手元にダガーを戻し、いかにも「まだやる気?」とでも問い掛けるように首を傾げて見せる。
それを見て観客がさらに盛り上がる。
だがホブゴブリンは悔しそうな表情で、再び立ち上がる。
すると彼女は残念そうな表情を浮かべつつも、再び鎖を放った。
ホブゴブリンの首に巻き付く鎖。
慌てて武器を手放し首の鎖を両手で掴むホブゴブリン。
そこで彼女は思いっ切り鎖を引いた。
するとどういう訳か、ホブゴブリンの首から鮮血が舞った。
ーーあの鎖、ただの鎖じゃないって事か
ホブゴブリンが声にならない悲鳴を上げたところでドラムが鳴り響く。
彼女の勝利であった。




