42話 養成所への帰還
長めです。
バンブロックがふと目が覚めると、そこは天幕の中だった。
昨夜の記憶が曖昧で、踏み潰された天幕を張り直した辺りから、記憶が欠落している。
気を失ってしまったのである。
バンブロックは取り敢えず、体を起こそうと力を入れる。すると左肩の傷が痛み、思わず手を当てる。
そこには布が巻かれていた。肩だけでなく、足などの傷が深い箇所は全て、応急処置の跡があった。
ラットマンの体格は小さい。それ故に武器も小さく威力も弱い。それで傷は多くても、こうして何とか命を繋ぎ止めたのであった。
バンブロックは、痛みに堪えて立ち上がる。
すると魔力封じの首輪と足枷が、元通りに嵌められているのに気が付いた。
バンブロックの表情が少しだけ緩む。
ーー自由になったのは一時だけか
まずは体の動きを確認する。
体の各部を動かしてみる。
「何とか動けそうだな」
バンブロックは歩き出す。
天幕の中を少し歩いて、傷の影響を確認した。
「良し、これなら自力で十分歩ける」
そのまま天幕の外へと、足を踏み出した。
そこに見えたのは、小川の近くの野営地。結局は元の野営地に戻ったのである。
逃げたオーク兵とゴブリン兵も戻って来ていて、奴隷達と一緒に戦闘の後始末で忙しそうであった。
天幕から出て来たバンブロックに、最初に気が付いたのはププである。
一目散に走り寄って来るのだが、片足を引きずっていた。負傷の影響だ。
ププが目の前まで来ると、バンブロックはその露わになった顔に少し驚く。
泣き腫らした顔が、凄いことになっているからである。
ププが目の前に立つと、モジモジしながら恥ずかしそうに口を開く。
「あの……昨夜の事は忘れて下さい」
ーー「お父さん」と呼んだ事か
「……えっと……そのこと何だが――」
バンブロックが言葉を返そうとしてのだが、ププはそれを聞かずに、逃げる様にして立ち去ってしまった。
言いたい事があったバンブロックだが、どうしようもない。
バンブロックがププを抱えて戦っている時、意識が朦朧としいて記憶が混濁していた。
それでププと亡き娘との区別がつかなくなっていて、ププを自分の娘と勘違いしていた。
だから「お父さん」と呼ばれても、全く違和感はなかった。
それよりも、何故ププが「お父さん」と呼んだのかである。バンブロックとしては、一番それについて聞きたかったのだが。
「まあ、いずれ話す機会もあるだろ……」
そうつぶやくと、バンブロックは作業に加わって行った。
ラットマンからの戦利品を集めるのと、狩った獲物肉の長期保存の為の燻製と塩漬け。それに壊された野営地の整備とやる事は多い。
誰もが負傷していたが、誰もが動いていた。
片腕を無くした副長オークもだ。
グリーンスキンの半数は、山の中で必死にビッグボアを探していた。
そして気が付けば陽が沈みかけていた。
昨夜の襲撃が嘘のように、辺りは静かてある。
野営地に良い香りが漂う。
食事の準備をしているらしい。
しかし奴隷であるバンブロック達に配られたのは、いつもと同じタルイモだった。ただ今日は焼いたタルイモだ。
バンブロックはタルイモを受け取ると、近くの岩に座り大きく息を吐く。
そこへデン副長がやって来て、バンブロックの近くに座る。体中傷だらけだ。
次にフンドルが来た。
こちらも傷跡が生々しい。血が布から滲み出ている。
そしてガンプが来て、どかっと岩の上に腰を下ろす。
「たまには温かいスープが飲みてえなあ、ふはははは」
そう言って焼きタルイモを頬張る。
彼の豹柄の体毛は至る所が赤く染まっていて、痛々しいと言うよりも恐ろしげに見えた。
そしていつの間にかバンブロックの周りには、生き残った奴隷らが集まっていた。
雑用奴隷も含め、誰もが負傷している。
特に剣闘士らは、まともに戦える状態ではない。
しかし今は呑気に焼きタルイモを、ハフハフ言いながら食べている。
そこへ1人のオーク兵が歩いて来た。
通訳が必要かと思ったププが立ち上がり、そのオーク兵の前に歩いて行く。
しかしオーク兵は通訳は必要ないとばかりに手を横に振り、大きな鍋をひとつ置いてそのまま立ち去った。
ププがその鍋の中身を見ながら言った。
「スープが入ってます。皆で飲めと言ってるみたいです……あ、お肉も入ってます」
そこにいた全員の目が見開いた。
奴隷の食事に肉が入ることは、まず無いからだ。ラットマン達が持っていた携帯食の乾燥肉を、スープに入れたのである。
驚いたバンブロックが、オーク兵達の方に視線を持っていくと、指揮官オークと目が合った。
すると指揮官オークは“食べろ”と言いたげに頷いた。
バンブロックは“礼”として、軽く手を挙げて返す。
ーーまさかオークと交流するとはな
鍋の肉入りスープは、あっという間に無くなったのだった。
食事の最中にガンプから、バンブロックの麻痺魔術についての質問があった。
「あの麻痺の魔術だったか。どうやってあんな人数に発動出来るんだ?」
ここにいる奴隷達の殆んどが、同じ疑問を持っていただろう。見たのが初めての者も多く、誰もが聞きたがっていた。
それに皆で会話など、養成所では絶対に無理である。こんな機会は滅多にない。
だがバンブロックは経験上、水溜まりを介して麻痺《本当は電流》出来るのは知っていたが、それが何故だかは知らない。電気ウナギの様な存在を知っていれば、また話は違うのだが。
そこでバンブロックは口を開く。
「俺の麻痺魔術はな……便利なんだ」
話はそこで終わった。
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彼らは翌日の朝早くに野営地を出発した。
死傷者が多数出たので、一旦は養成所へ戻るのである。
結局ピッグボアは1頭がどうしても見つからず、その足りない分は傷付いた奴隷達が押す事となった。
バドの街に近付くと、景色が徐々に白くなっていく。
街に着く頃になると、辺りは真っ白だった。
雪の中、苦労してウマッハ養成所に戻ると、他のグループの遠征隊も何組か戻って来ていた。
戻って来た剣闘士を見るに、どのグループも苦戦した様だ。負傷者は多数出ているが、戦死者が出たのはバンブロックのチームだけだった。
それにバンブロックのチームは、他のチームに比べて狩った獲物が少ない。その代わり、ラットマンの戦利品を多数持ち帰っていた。
だがこれだけでは、冬場を越す食料には足りないという。
つまりまた、狩りに出掛けなくてはならない。
と言ってもバンブロック達は全員が負傷で、直ぐには動けない。
そこでポーションを使って強引に治癒された。
そして2日もするとバンブロック達は、再び狩りに行けという指示が出た。
ただ全員ではなかった。
バンブロックの前にププが、トコトコと歩いてきた。まだ少し足を引きずっている。
「ご主人様からの伝言です。“剣闘試合の遠征”に行くから直ぐに準備しろと言ってます」
ーー他の街で試合するのか?
「出発はいつだ?」
「準備出来次第です」
「分かった。直ぐに準備する」
それだけ言ってププは立ち去る。
どうやらいつものププに、戻っているみたいだった。
バンブロックにとって、バドの街以外の闘技場は初めてである。少しだけ興味が湧いていた。
それにラットマンの襲撃を経験した身では、剣闘試合の方が楽だと思えた。
準備と言っても大した私物はない。お金は基本的に養成所に預けてあるし、ちょろまかした魔石の破片と狼の牙は、寝床に隠してある。
ほんの数分で準備は終わり、広場の出入り口へと向かった。
そこにはモナがいた。
いち早くバンブロックを見つけると、声を掛けてきた。
「あれ? ロックも遠征試合行くって言われたのか、知らんけど」
「ああ、モナもなんだな。それは心強いな」
そんな会話をしていると、バンブロックの後ろから声が掛かった。
「おお、隊長も行くのか。こりゃあ面白くなりそうだ。ふははは」
バンブロックが振り返ると、そこには牙を剥き出しにして笑う豹顔があった。
獣人のガンプである。
バンブロックの口から、少しだけ言葉が漏れる。
「何でまた……」
モナやバンブロックは人気があるから分かるのだが、ガンプはまだ駆け出しの剣闘士であり人気が高い訳でもない。
だから「何故お前が選ばれたんだ?」と本当は聞きたかったのだが、さすがにそれを口にする事は出来ずに、途中で止めたのだった。
しかしガンプは勝手に解釈した。
「俺の強さがバレたらしいな。ふはははは」
と、あっけらかんと言っていた。
ーー獣人剣闘士は他にも沢山いるのにな
気にしても仕方無いので、バンブロックは考えない様にした。
今回の遠征にあたり、獣車は4台とかなりの数である。それに空の牽引車まで引っ張っている。
長期間だからなのもあるが、それにしても多い。
ウマッハも同行するから、他の街で何か買い付けるのだろうか。
雪の中を獣車が進む。
街道に出ると雪かきをした後があり、走りやすくなっていた。
すべて奴隷の作業によるものである。
その証拠に街道の隅で時々、木製のシャベルを担いで足に鎖を着けた者達が通り過ぎる。雑用奴隷の集団だ。
寒さに強い獣人が殆んどである。
そんな風景を見ながら、バンブロックは獣車に揺られ、見知らぬ土地へと入って行くのだった。
ストックが完全になくなりました。
少し時間を下さい……




