41話 守りたいもの
長いです
デン副長が、敵の攻撃を払い除けながらも返答する。
「何言ってるんですか。隊長が先にププさんと一緒に渡って下さい!」
しかしバンブロックは頑として譲らない。
大きく首を横に振った。
負傷しているデン副長らでは、多数のラットマンに耐えられないと思ったからだ。
それにバンブロックが先に渡った場合、負傷したデン副長は自分が足手まといになると考え、1人だけ残ろうとするだろう。
バンブロックは、デン副長の性格を良く理解していた。
その辺りはバンブロックに似ているのだが……
その時、後方からラットマンが跳躍して、バンブロックに襲い掛かる。
だが逆にロングスピアで串刺しにする。
そしてロングスピアを横薙ぎに振り回し、目の前の敵を押し退けた。
そしてバンブロックは、どうだと言わんばかりにデン副長に言った。
「負傷してまともに動けない奴らよりな、俺1人の戦闘力の方が上なんだよ。それに俺には“魔術”があるだろ」
そこまで言われると、さすがに何も言い返せなくなる3人。
それでもこの場から動こうとせず、近付こうとする敵を黙って牽制していた。
そこでバンブロックは、さらに強く言い放つ。
「これは命令だ、早く渡れ!」
そこは元兵士だ。命令と言われれば、仕方なく動き出す3人。
しかし負傷の影響は大きく、3人が渡るのには時間が掛かっていた。フラフラと今にも川に落ちそうだ。
ーーあいつらにププを任せなくて正解だったな
対岸で石弾魔術を放つポポからも声が掛かる。
「魔力がピンチでひゅ、急いでくだしゃい!」
そしてやっとの事で、3人が対岸へと渡り切った。
さて、ここからが問題だ。
バンブロックは敵に背を向けて、大木橋を歩いて渡らなければいけない。しかもププを抱えてである。
それにはちょっと無理がある事くらいは、バンブロック自身が理解していた。
それにはまず目の前の敵を、何とかしなければいけない。
バンブロックはププを抱える。
ププは自分が足手まといになっている事くらい、十分に理解している。
それでバンブロックに抱えながら、泣きそうな声で何度も謝ってきたが、それに返答する余裕さえバンブロックにはなかった。
ひたすらロングスピアを片手で振り回し、ラットマンが近付けないようにする。
それでも数の暴力は凄まじい。
押し退けても新しいラットマンが、次々に前に出て来る。
バンブロックは何度か強引に橋を渡ろうとするが、橋に足を掛けることすら出来なかった。
はっきり言って手詰まりである。
だがラットマンの方も味方の人数が減る一方で、次にどう出るか悩んでいた。
そこでラットマンの1人が、何か合図の声を上げた。ローブの色が少し明るいラットマンだ。
このラットマンがどうやら指揮官らしい。
すると攻撃が止んだ。
その指揮官ラットマンが次に、『キキッ』と短い号令を発した。
すると今度は後退を始めた。
「まさか退却……のはずはないよな?」
バンブロックは悩む。
もし敵が少しでも後退するならば、この隙に大木橋を渡れないかと考える。
だが指揮官ラットマンの次の号令で、ラットマン兵達がショートスピアを振り被った。
今度は手持ちのショートスピアを使って、最後の投擲が始まったのである。
近すぎて投げられなかった為、少し離れてから投げ始めたのだ。
バンブロックめがけて、ショートスピアが次々に飛んで来る。
さすがのバンブロックも、全てを避け切れない。
そこで近くの切り株が目に入った。
橋を渡すのに切り倒した、大木橋の切り株である。
無いよりもましと思い、その切り株に走り寄る。そしてププを守るように身を隠した。
ショートスピアが音を立てて地面突き刺さる。
さらには切り株にも突き刺さっていく。
バンブロックの直ぐ横を掠めて地面に刺さる。
防寒着が僅かに裂ける。
ププがバンブロックの腕の中で、「キャッ」と小さく悲鳴を上げた。
「大丈夫だ。俺が守ってやる」
そうバンブロックが言った直後だ。
バンブロックの肩に、ショートスピアが突き刺さった。
さらに別のショートスピアが太もも掠め、肉を抉った。
辺りに血が飛び散る。
「ぐうぅっ」
バンブロックの顔が苦痛に歪む。
そこで槍の投擲は終わった。
手持ちのショートスピアも尽きたのだ。
これでラットマンの武器は、腰に差した短い剣だけとなった。
バンブロックは力を振り絞って、ゆっくりとその場に立ち上がる。
そしてロングスピアを一旦は地面に突き刺し、手が空いた所で肩に刺さったショートスピアを掴む。
何をするかと思えば、それを一気に抜き放った。
その途端、夥しい量の血が噴出した。
泥濘んだ地面が赤く染まる。
出血に気が付いたププの顔が青ざめる。
そして少しの間を置いて絶叫した。
「い……いやぁあああ!」
「落ち着けププ。さっきも言っただろ、俺が守るって……だから心配するな」
バンブロックは血で染まった手で、再びロングスピアを握ると、ラットマン達に向かって悍ましい程の表情で笑って見せた。
ラットマン達の動きが止まっていた。
明恐怖で体が竦んでしまったのである。
そこで指揮官ラットマンが、無理矢理声を上げる。
『キキキ!』
それでやっと兵士達が動き出した。
腰の小剣を引き抜き盾を構える。
そして恐怖で震えながらも前進を始めた。
ププが叫ぶ。
「お願いだから、私を置いて逃げて!」
「馬鹿言うな。ププは俺が最後まで守るに決まってるだろ」
そう言って、バンブロックはロングスピアを振り回す。
しかし1人のラットマンが横に回り込み、ロングスピアの間合いの中へ入って来た。
ーーしまった!
ラットマンの小剣が、バンブロックの膝を切り裂く。
「ぐうっ……まだまだ!」
バンブロックはロングスピアの石突で、そのラットマンの顔面を潰す。
この時点でバンブロックの身体は、負傷と疲労で限界を超えている。それはもう、精神力だけで戦っていた。
武器を振り回す度に鮮血が舞う程だ。
そんな姿を見て、ププの目からは涙が零れ出した。
「もうやめて、これ以上やったら……死んじゃう……」
それでもバンブロックは戦いを止めない。
今やバンブロックの体は、自分の血と返り血で真っ赤である。
ロングスピアも鮮血に染まっていた。
そこへ指揮官ラットマンが盾を捨てて、前に出て来た。
その手にはショートスピアが握られている。
投げずに取って置いたのである。
バンブロックがロングスピアを振り回すと、指揮官ラットマンはそれを避けて、間合いの中へ入って来た。
そしてショートスピアを突いてきた。
狙いはププだ。
バンブロックはロングスピアを捨てて、強引に体を回転させてププを守る。
腕にショートスピアが掠めたが、ププには当たらない。
しかしバンブロックはバランスを崩して、その場に倒れ込んだ。
ラットマンとしたら絶好の機会である。倒れたバンブロックに、小剣を振り上げたラットマンが殺到した。
そこへ石弾が連続して飛ぶ。
あっという間に数人が倒され、ラットマンの足が止まった。
ポポの石弾魔術である。
ただ石弾を放ったポポは、魔力切れ寸前でヒィヒィしていた。
対岸からは必死の声援が聞こえてくる。
バンブロックが倒れるのを見て、デン副長が叫びながら再び橋を渡ろうとする。
だがそれは、無駄に犠牲者を増やすだけだ。
デン副長は橋に足を掛ける前に、味方の奴隷達によって押さえ込まれている。
孤立無援となったバンブロックは、倒れたまま意識が朦朧としていた。
ププがバンブロックの体を揺らし、必死に叫び声を上げる。
「起きて、ねえ起きてよ。死んじゃうよ……死んじゃだめ……」
それでもバンブロックの意識は、戻って来なかった。
ラットマンが警戒しつつ、ジリジリと近付いて来る。
ププは力を振り絞って、バンブロックの腕の中から這い出し立ち上がる。
そしてバンブロックを見つめながら言った。
「今度は私が守る。絶対に死なせない――」
そして落ちていた小剣を拾い、ラットマンらに向かって叫んだ。
「――お父さんは私が守る!」
その「お父さん」の言葉に、バンブロックが反応した。
血だらけの身体で、フラフラと立ち上がる。
その姿にラットマンらが怯む。
そしてバンブロックの手がププに伸びた。
その手はププを優しく抱え上げると、そっと切り株の上に乗せた。
ププの目からは、涙が止めどなく溢れ出す。
「生きてる……うっ、うっ、良かった……うあぁぁ」
ポポの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
バンブロックの手がププの涙を優しく拭う。
「俺が死ぬわけないだろ。ここで少し待っててくれるか。直ぐに終わらせるから」
そう言ってバンブロックは、ラットマンの方へ振り返る。
「この命、愛する者へ捧ぐ」
バンブロックが突然しゃがみ込み、地面に両手を付けた。
「麻痺魔術」
バチバチッと弾ける様な音。
濡れた地面を伝い電光が走る。
周囲のラットマンが硬直し震え出した。
ほんの数秒だった。
バンブロックが地面から手を離すと、ラットマンらがバタバタと地面に倒れていく。
倒れた数は10人を楽に超えていた。
ここにいたラットマンの、半数以上の数である。その中には指揮官のラットマンもいた。
水溜まりを通して感電させたのである。
積雪に降り注いだ雨は泥だけでなく、多くの水溜まりを形成していたのだ。
ラットマン達にとって、これだけの魔術を浴びた経験はない。
生き残ったラットマン達は恐怖のあまり、一斉に逃げ出した。
敵が居なくなるのを確認すると、バンブロックは力が抜けた様に座り込んだ。
ププは座り込んだバンブロックにしがみつき、泣きながら「お父さん」と何度も叫び続ける。
バンブロックはププの頭を優しく撫でながら、薄れそうな意識の中でただ、曇った夜空を眺め続けるのだった。
次回投稿したらストックがなくなります。




