40話 ラットマン襲撃
ネズミの鳴き声が山に響く。
フード付きローブを着たネズミ顔の亜人が、盾に身を隠す様にして突っ込んで来た。
全方位からの襲撃に、バンブロック達は大慌てだ。それは全方位から攻撃が可能なほどの人数が、ラットマン陣営にはいるってことだ。
それはかなりの驚異となる。
指揮官オークの慌てぶりはもっと酷く、自分達の防御に必死で奴隷達は放ったらかしだ。
それでバンブロック達は、雑用奴隷を守る様に構える。
投げ槍攻撃は無く、一気に接近戦となった。
オーク兵は真っ先に、使役獣のビックボア4匹を解き放つ。獣車を牽引していた獣だ。
尻を叩かれたビックボアは、ラットマンの真ん中を真っ直ぐに突き進んだ。
その突進力は凄まじく、ラットマンを次々に弾き飛ばして走り抜ける。
ビックボアはそのまま、山の中へと消えて行った。
一瞬バンブロックは「帰りの獣車はどうするのか」と言う疑問を思い浮かべるが、今それを考える時ではないと戦闘に専念する。
そして遂に接近戦に入った。
個々の戦闘力では、圧倒的にバンブロック達の方が上である。やはり体格差が大きく影響していた。
しかしラットマンの本領はその数である。
倒しても倒しても、次から次へと現れる。
当初は20人くらいと考えていたが、実際はそれ以上の人数で攻めて来ていた。
本来ならば奴隷とか関係無しに、グリーンスキンとバンブロック達で連携をとるのが得策なのだが、今はグリーンスキンとバンブロック達の2カ所に別れて戦闘している。
バンブロックはグリーンスキンと共闘などしたくはないが、そんな事を言っていられる程の余裕などなかった。
バンブロックの指示が飛ぶ。
「少しずつオーク兵に近づくぞ。間違ってもオーク兵を攻撃するなよっ」
その言葉に呼応し、防御陣を取ったまま彼らは移動して行く。
指揮官オークはそれを察して、オーク部隊も接近して来た。
そして何とかオークらと共闘する。
ラットマンらは盾で防御しながら、ショートスピアで突いて来る。邪魔なのはその大きな盾であった。
盾に邪魔されて攻撃は当たらないのだ。
その代わりラットマンは体重が軽いので、上手く当てれば盾ごと吹っ飛ばせる。ただしほとんどの場合、吹っ飛ばせるが致命傷にはならずに、直ぐに戦闘に復帰してしまう。
かなりの人数を倒しはしたが、バンブロック達の体力が持たない。特に雑用奴隷は、あっという間に体力が尽きた。
雪と雨のせいで、地面が泥状態というのも災いした。足を取られての転倒が、徐々に多くなってきたのである。それは敵も同じだが、体が軽いラットマンは、簡単に起き上がる。
反対にバンブロック側が倒れたら、ラットマンがここぞとばかりに集まって来る。
その為バンブロック達は、守り重視の戦いとなった。
そして時間ばかりが過ぎていく。
オーク兵やゴブリン兵は、早い段階から肩で息をするようになり、極端に手数が減っていった。普段から鍛えていない彼らは、体力が落ちているのである。
結果、早い段階から負傷者が出た。
バンブロックらも疲労はあったが、毎日の鍛錬が大きく影響していた。余力を残しながら戦っているである。
だが疲労の蓄積は徐々に、バンブロックらの動きを重くしていった。
そして剣闘士達にも負傷者が出始めた。
ここで指揮官オークは、奴隷剣闘士へのポーション使用の許可を出した。
もはや背水の陣である。
これで剣闘士達の戦闘復帰が早くなった。
そこでラットマンは戦法を変えてきた。
仲間の背中を利用して跳躍し、バンブロック達の後方へ入り込もうとして来た。
後方には雑用奴隷がいる。
そこへラットマンが降り注いだ。
雑用奴隷達は大混乱だ。
急に雑用奴隷の1人がパニックを起こし、陣形の外へと走り出した。
それはラットマンの格好の餌食となる。
槍で突き刺されたかと思うと、ラットマンの中へと引きずり込まれ、その姿はあっという間に見えなくなった。
代わりに叫び声だけが、山の中に反響した。
バンブロック側も直ぐに入り込んだネズミを倒したが、ラットマンは次々に飛び跳ねて来た。
「嫌っ!」
それは小さな悲鳴だった。
その声に一番に反応したのはバンブロックだ。
「ププ、今行く!」
バンブロックは声を上げながら、地面に着地したラットマンに襲い掛かった。
それはロングスピアの一突きでこと足りた。
串刺しのラットマンを槍で放り投げると、バンブロックはププに視線を向ける。
足を負傷していた。
直ぐに他の雑用奴隷が気が付き、応急処置が始まった。だがポーション使用が許されたのは剣闘士だけであり、雑用奴隷への使用は許可されていない。
幸いな事に、傷はそれ程酷くはなかった。
それを確認したバンブロックは、何も言わずに最前列の戦闘に戻る。
その時バンブロックの背中に、小さい声が投げ掛けられた。
「ありがとう……」
いつもの敬語では無い。感情が入った言葉。
バンブロックは一瞬振り返りそうになるが、それを振り切って戦いの渦へ入って行った。
ラットマンの飛翔攻撃はまだ続いた。
オーク兵側に負傷者が出ている。
雑用奴隷にも負傷者が出始めた。
そこで指揮官オークは、最後の決断をする。
「◯☓△◯☓□!」
その掛け声でオーク兵の2人が、斧を持って切り掛けの大木に走り寄る。そして2人がかりでその大木に、斧を叩き込み始めた。
2人抜けるだけで戦闘はキツくなる。
だがここで踏ん張らないと後がない。
既にポーションは、完全に底を突いて残っていない。そのせいで、負傷からの復帰が無くなった。
ほぼ全員が何かしらの傷を負っているのだが、特にゴブリン兵の負傷が深刻となった。
1人は腹に裂傷、もう1人は膝に槍を受けている。もはや戦うことも出来ない。
奴隷剣闘士達も体中に傷だらけで、自身と敵の流血で身体が赤く染まっている。
このままでは全滅の危機であった。
そこへ『ギギギ……』と鈍い音がして大木が倒れ、激しく水飛沫を上げた。
遂に大木が切り倒され、小川に橋を作ったのだ。
『◯☓△、◯△☓△□!』
その指揮官オークの声で、他のグリーンスキンが動き出した。
真っ先に機敏なゴブリン兵が難なく橋を渡り、対岸の安全を確保。そして倒れた大木の、邪魔な枝を切り落とす。
そしてオーク兵達が渡り出すのだが、その時に指揮官オークは奴隷達に、時間を稼げと命令した。
それを聞いたバンブロックは、ポポを通して首輪の解除を頼んだ。
すると指揮官オークは少し考えた挙句、鍵束を投げて渡した。
オーク兵が小川を渡り始めると、急激に戦闘が激しくなった。
なんせオーク兵らが一気に居なくなったのだから、そのバンブロック達への負担は大きい。
ちなみに負傷したゴブリン兵2人は、居残りだった。それは死ねと言っている様なものだ。
だが戦場ではよくある事。
部隊全体の事を考えた結果だろう。
丸太を渡りきったグリーンスキン達は、さっさと森の中へと消えて行った。
残されたバンブロックは真っ先に首輪を外し、まずはポポを対岸へと渡らせた。
対岸から石弾魔術で、援護してもらう作戦だ。
難なく渡り切ったポポは、早速シャベルを構えて石弾攻撃を始めた。無駄に放つ連続攻撃ではなく、狙い澄ました攻撃である。
魔力の残量が心許ないのだ。
そして次は雑用奴隷達だ。
だが丸太の上をバランス良く歩くのは、思った以上に難しい。普段運動をしない雑用奴隷には、ちょっと難易度が高い。
特に足を負傷しているププには、難易度が高いと思われた。
仕方なくププは後回しとし、一番最後にバンブロックが抱えて渡る決断をする。
こうして最初に、雑用奴隷達が大木橋を渡り始めた。
今度は大木橋の周りだけを守れは良いので、少しは楽になると思ったのだが、そう上手くはいかない。
ラットマンが橋を渡る者に対して、ショートスピアを投げてきたのである。
だがショートスピアの数にも限りがある。その攻撃は直ぐに止んだ。
その後も激しい攻防が続いた。
恐らくラットマン個々は、ゴブリン兵よりも弱い。しかしそれを補う程の人数だ。
それでもここまでに、相当な人数を倒したはずだった。
それでもまだ攻めて来る。
鍛えられた剣闘士達も、既に疲労の限界にきていた。それに全員が負傷している。
片手で戦っている者、足を引きずっている者、頭から血を流している者。誰もが満身創痍だった。
雑用奴隷が何とか渡り切ると、バンブロックは残った剣闘士達に命令した。
「先にお前達が渡れ」
デン副長、フンドル、ガンプが驚きの表情でバンブロックを見た。




