39話 野営地の防衛
バンブロックに駆け寄るデン副長。
「隊長、デンですよ。助けに来ました。しっかりして下さい」
それでもバンブロックは半開きの目で、どこか遠くを見つめたままだ。デン副長の声が、聞こえているのかどうかも分からない。
そこで横から、豹獣人のガンプが出て来た。
「ここは俺に任せろ」
そう言ったかと思うと、いきなりバンブロックの頬を叩く。しかも往復ビンタ。
頬を張った位では出るはずの無い音が、深々《しんしん》と降る雪の中に響いた……しかも連続で。
するとやっと目に生気が戻る。
「な、何がどうなってる……そうだ、ポポ、背中のポポは生きてるか!?」
やっと意識を取り戻したバンブロックが、慌てて起き上がろうとする。
すると今度はフンドルが言葉を挟む。
「隊長、ポポは心配入りません。隊長の体温のおかげで、呑気な顔で眠ってますよ」
それを聞いてバンブロックは、安堵の表情をした。
その後バンブロックとポポにはポーションが配られ、何とか元気を取り戻す。
倒れたオーク兵も、ポーションでなんとか命は繋ぎ止めた。しかし体力はまだ完全ではない。
その後オーク兵らは戦闘があった場所へ行き、痕跡からラットマンの遺体を確認し、武器などの戦利品を回収していく。
そしてここに長居は無用と、早々に移動を開始した。
もちろんバンブロックとポポも、ソリを引く人員に入っている。
オーク兵にしたら、ちょっと高いが単なる奴隷である。多少弱っているからといって、働かせない理由など無い。
まだ体力が戻らないオーク兵はソリに乗せ、再び5人の奴隷剣闘士でのソリ移動が始まった。ただし今回は救援部隊として付いて来た、3人の雑用奴隷がソリを押してくれていた。戦闘には不向きらしいが、3人共に半獣人なのでそこそこの力はある。居るのと居ないのとでは格段に違う。
バンブロックとポポにとっては、先程までの苦しい時間を考えると、今回のソリ移動は夢のような待遇にすら感じだ。
そして何事もなく野営地に到着した。
疲れた体に鞭打って、バンブロックが荷物の積み下ろしをしていると、トコトコと目の前にププが現れた。
バンブロックは、先程の夢の中の出来事を思い返す。すると何だかププを見る目が変わってしまう。
ププはいつものように、バンブロックの目の前に立つ。
「しょ、食事の用意が出来ています。荷物の積み下ろしが終わったら来てください」
いつものププとは様子が違う。
目に涙を浮かべている様にも見えた。
「分かった。直ぐに終わらせて行く」
「でも無事で良かったです……し、心配しました」
そう言ってププは、表情を隠すように去って行った。
バンブロックはその言葉に、胸の奥が熱くなる。そしてププの立ち去る後姿が、亡き娘の姿と重なって見えた。
バンブロック達が作業を終えた頃には雪は止んで、代わりに雨が振り出した。そうなると地面は厄介な泥濘みへと変貌する。
食事を終えると今度は罠の設置やら、鳴子の設置やらで忙しい。
現在のここの戦力は、まともに戦えるオーク兵が5人と、ゴブリン兵が5人。そしてバンブロック達の5人である。
副長オークは結局片腕となり、とても戦力にはならない。それに雪の中倒れたオーク兵も、歩くのがやっとの状態だ。
そこで指揮官オークはある決断をした。
奴隷剣闘士達の足枷を、夜の間だけ外すと決めたのである。襲撃されてから外したのでは、遅すぎると判断したからだ。
しかし魔術封じの首輪だけは、相変わらず外す許可は下りなかった。
それに加えて、使役獣を外した獣車を壁代わりに、野営地を守る様に置いた。
そして小川の側の大木を、倒れるギリギリまで削った。
最終手段として、大木を倒して小川の向こう岸に渡って逃げる作戦だ。
そしてその夜、またしてもラットマンは現れた。襲撃は予想はしていたのだが、襲って来たラットマンの数は予想外だった。
昨日の2倍近い人数、20人以上はいると思われた。
最悪の場合はラットマンの戦利品であるショートスピアを、雑用奴隷にも持たせる考えだったが、既に最悪の場合と考えて雑用奴隷にも武装させていた。
野営地の周囲に張り巡らした鳴子の仕掛けは、早々《はやばや》とラットマンに解除された。
だが幾つか仕掛けたトラップで、何人かのラットマンを負傷させた。それくらいで形勢が変わる訳もないが、少なくとも警戒して奇襲は出来ない。
ラットマンは初めに槍を投げてきた。
しかし今回は獣車の壁があるので、そう簡単にはやられない。
逆にショートスピアを投げ返し、ラットマンの数を減らしていく。
それでもラットマンからは、ショートスピアによる投擲を続けてくる。
そんな攻防をしていると、バンブロック側にも負傷者が出た。
豹獣人のガンプが、ショートスピアを投げ返そうとしたところを狙われた。
「ウグッ」
投げられたショートスピアが、ガンプの太ももを掠めたのだ。
直ぐにバンブロックが命令する。
「ガンプ、一旦下がれ!」
「これくらい何ともねえ!」
突っぱねるガンプ。
しかしバンブロックは更に強く言う。
「指示に従え。応急処置してから出直すんだ」
「ちっ、仕方ねえ……」
ガンプは文句を言いながらも一旦下がり、ププに応急処置をしてもらう。そして再び戦いに復帰して行った。
その後も奴隷剣闘士の負傷者は続く。
敵の矢面に立たされる奴隷剣闘士は、負傷する確率は高い。
彼らは獣車の後ろからではなく、前に出て槍を投げる。そこを狙われるのである。
ゴブリン兵が革製のスリングを使って、投石による攻撃を仕掛けている。石なら川にいくらでもある。
ポポもシャベルを使って、石弾魔術を放ってくれていたが、動き回る敵には中々当たらない。
だがポポは身体が小さい分、敵の投げ槍が当たらない。それに意外とすばしっこい。
その証拠に剣闘士で負傷していないのは、ポポだけであった。
バンブロック達は時折攻撃はするが、ほぼ防御に徹していた。
そんな戦闘の最中に、突如ラットマンの攻撃が止んだ。
「隊長、攻撃が止みましたね」
デン副長の言葉にバンブロックが返す。
「ああ、そうみたいだな。だけど油断はするなよ。これで終わりとは思えない」
雨のせいで辺りはすっかり泥濘み状態となっているが、その雨も遂には止んで星空さえ見え始めた。
静まり返る野営地。
緊張感が辺りを占有する。
ポポが堪らず言葉を漏らす。
「あいつらはきっと撤退し――」
そこまで言い掛けたところで、周囲の草木が一斉に動く。
バンブロックが叫ぶ。
「接近戦用意!」
その声とほぼ同時に、ラットマンが現れた。
ラットマンによる一斉突撃だ。
野営地を囲むような態勢からの突撃だった。




