36話 大兎
野営地が大騒ぎになった頃、バンブロックは侵入者の姿を確認した。
月明かりに照らされ多数の影が、草木の間を動いている。
そして突然、先程まで鳴っていた鳴子の音がピタリと止んだ。
いつの間に起きて来たのかデン副長が、バンブロックの横でつぶやく。
「鳴子のロープを切ったらしいですね」
バンブロックは返答する。
「そうなると、奴らに知能があるって事になるな。野盗の集団あたりか」
「それはちょっと厄介ですね」
「鳴子の音で奇襲が失敗したんだから、諦めてくれると助かるんだけどな」
話している内にゴブリン兵が来て、邪魔だった両足の足枷を外し、片脚だけの枷に付け替えられた。ただし石の重しが鎖で繋がれていた。
だがこれなら前の足枷よりも全然動ける。
剣闘士は全員がそれに付け替えられた。
そしてロングスピアも配られた。
だが、魔力封じの首輪だけは外してもらえない。
デン副長がバンブロックに質問する。
「しかし攻めて来ないですね。いったいどんな種族なんでしょうか」
その疑問には、豹獣人のガンプが答えた。
「この臭いはラットマンだよ」
バンブロックは、聞いたことない名前に聞き返す。
「ラットマン?」
「ああ、北部の山の穴倉に住むネズミ系の亜人で、ゴブリンより身長は低いぜ。前に1度だけ見たことがある。そのまんま2足歩行のネズミだったよ。陽の光が苦手で、昼間はあまり行動しないらしいな。それでいつでも陽の光を遮れるように、フード付きのローブが奴らの制服だよ」
「どうやらそのラットマンに、囲まれたみたいだな」
こちらはオーク兵が8人とゴブリン兵が5人。そして剣闘士が5人の18人。
雑用奴隷の5人もいるが、恐らく戦力にはならない。
対する敵の数は、動き回っていて良く分からない。それでも20人はいると予想された。
こちらと同数以上という事になる。
オーク指揮官の指示により、小川を背にして半円の陣形をとった。
雑用奴隷は陣形の近くの焚き火に、薪を焚べて周囲を明るくらする役割も担う。
しかしこのまま燃やし続ければ、薪が足りなくなる。
野営地に緊張感が立ち込める。
こちらは臨戦態勢の準備は整い、いつでも攻めて来い状態なのだが、ラットマンは野営地の周囲を行ったり来たりするだけで、全く攻めて来る気配がない。
時間だけが過ぎていく。
その内ラットマンの数が、徐々に消えて行く。
そして陽が昇る頃になってやっと、姿が見えなくなった。
どうやら引いてくれたらしい。
そのまま朝を迎えた。
誰もが寝不足のまま作業をこなし、バンブロック達は狩りへと出発した。
昨夜の事があったからか野営地には、ゴブリン兵5人の他に指揮官オークとオーク兵の1人が残った。
バンブロック達5人と、副長オークを含めたオーク兵6人での狩りである。
また剣闘士達は昨日の狩りの時とは違い、剣闘士全員が繋げられていた鎖に変更があった。
デン副長とガンプとフンドルの3人組で、長めに鎖を繋げられた。
そしてポポとバンブロックの2人組で、同様に長めに鎖を繋げられた。
足枷は片足のままである。
5人で繋がった時よりも、全然動き安くて良い。ただバンブロックの相棒がポポというのが、バンブロックにとってはやり難そうであった。
昨日よりも鎖は長くはなったが、ポポの走る速度や自由に動きたがる性格から、明らかに足を引っ張られる。
何よりも問題なのは、ポポは一流のポンコツであると言う事。
バンブロックとポポが、先頭で獣道を進んでいた時だ。数メートル先に3匹のジャイアント・ラビットを見つけた。体長80センチほどの魔物ウサギである。
この寒い季節のジャイアント・ラビットの毛皮は、普段よりも金にはなるが、それでも大した値は付かない。
その代わり肉は魔物の中でも美味い部類であり、そっちの方が人気が高い。
それも目の前に3匹も居れば、今晩の奴隷達のスープも少しは豊かになるのではと、淡い期待があった。
バンブロックは、ポポの頭を押し下げながらしゃがみ込む。
「うわっ、何、何? 何でしゅ――んぐぐっ」
すかさずポポの口を押さえるバンブロック。
そして手を軽く挙げで、後続へ獲物がいる事を伝えた。
獲物がジャイアント・ラビットだと分かると、剣闘士やオーク兵までも目の色が変わる。
狩りに加わらないはずのオーク兵が前に出て来て、剣闘士らに指示を出し始める程だ。
何としても仕留めたいのであろう。
通訳のガンプを通して、副長オークの指示を受けるバンブロック。
作戦はこうだ。
バンブロック達と迂回したオーク兵とで、挟み撃ちにするという作戦だ。
迂回するオーク兵は4人で、残るオーク兵2人はバンブロックらの監視役となった。
そして話し合いもそこそこにオーク兵4人は、獣道から逸れて茂みの中へと消えて行った。
しばらく待つと、「フォーフォー」と野鳥を真似た声が聞こえた。
作戦開始の合図である。
バンブロック達は立ち上がると、ロングスピアを構えながら走り出した。
「一匹も逃すな!」
だがその走る速度に追いつけないポポは、早々に足がもつれて転びそうになる。
「うわあっとと――」
バンブロックが直ぐに小脇に抱えた。
「――しゅ、しゅみましぇん……」
そのままバンブロックは走る。
そしてジャイアント・ラビットの目の前まで来た。
デン副長達3人もバンブロックに並ぶ。
3匹のジャイアント・ラビットは、直ぐに鋭い前歯を剥き出しにして威嚇してきた。
その絶妙なタイミングで、迂回したオーク兵が攻撃を開始した。
ジャイアント・ラビットに向かって、手に持ったショートスピアを投げ始めたのである。
問題はその射程圏内に、バンブロック達もいる事だった。
バンブロックは咄嗟に叫んだ。
「下がれっ、槍が来るぞ!」
下がるだけなら簡単だが、目の前には魔物であるジャイアント・ラビットが、今にも襲い掛かりそうだ。その噛む力は人の手を食い千切る程。
隙を見せれば襲い掛かって来るだろう。
目の前の魔物と、飛んで来る槍の両方に気を付けるのは難易度が高い。
バンブロックの足元に、ショートスピアが刺さる。
バンブロックに抱えられていたポポが、小さく悲鳴を上げる。
「ひゃっ」
バンブロックの意識が一瞬だけ槍に向けられるが、強引に後方へ下がって行く。
だが魔物と化したジャイアント・ラビットの脚力は、想像以上に凄まじい。
数メートル離れた所から一足飛びに、後退したはずのバンブロック位置まで飛び跳ねた。
「くっ!」
バンブロックは慌ててロングスピアを構えるが、それは少しばかり遅すぎた。
槍の穂先をすり抜けて、ジャイアント・ラビットがバンブロックに飛び掛かる。
鋭い前歯がバンブロックの目の前に迫る。
その時だ。
目の前のジャイアント・ラビットの顔が弾けた。
「隊長、早く起き上がってください!」
デン副長の声だ。
フンドルとガンプとデン副長の3人のロングスピアが、ジャイアント・ラビットの頭を串刺しにしたのだった。
残るはジャイアント・ラビット2匹。
バンブロックは立ち上がりながら言った。
「助かった。ここからは密集隊形でいくぞ」
「了解」
バンブロック達は身体を寄せ合い、ロングスピアを前に構える。5本の槍が向けられた中へは、さすがに飛び掛かっては来れないだろう。
だがもう1匹のジャイアント・ラビットが、なんの躊躇もなく飛び掛って来た。
バンブロックがタイミングを計って叫ぶ。
「突刺!」
一斉にロングスピアを大きく突き出した。
それは熟練兵士の動きそのもの。バンブロックの訓練指導の賜物であった。
ジャイアント・ラビットは5本の槍によって、串刺しとなって地面に落とされた。
残るは1匹だけだ。
その最後の1匹はオーク兵に向かった。
ジャイアント・ラビット葉ジグザグに走る。
オーク兵達は2投目のショートスピアを投げるが、それらは全て外れ。走る標的には中々当たるものではない。
オーク兵達は直ぐに剣を引き抜き、丸盾を構えて防御態勢をとった。
オーク兵は革鎧で身を包んでいるし、邪魔な足枷がある訳でもない。
所詮はジャイアント・ラビット程度の魔物。
6人も兵士が揃っていれば、全く問題ないはずであった。
ジャイアント・ラビットが、ジグザグに走りながらオーク兵の間をすり抜ける。
オーク兵達の剣が次々に空を切る。
それを見たバンブロックの口から言葉が漏れる。
「あいつら、訓練不足だな」
オーク兵達は連携も取れていないし、剣の腕も低いとしか言いようがなかった。




