35話 銀色狼
獲物は魔物ではなく、普通の狼のようだ。
狼の肉は余り美味しくないが、冬場の毛皮は高値になる。とは言っても、バンブロック達には「食えるかどうか」しか興味がない。
バンブロックとしては、取り敢えず獲物に気付かれないように接近すると決めた。
飛び道具が無い以上、それしか考えられなかった。鎖のせいで回り込むことも出来ないのだ。
姿勢を低くして草木に隠れながら、ゆっくりと確実に接近して行く。
もちろんオーク兵らは動かない。
狼は土を掘り返して、何かの幼虫を食べていた。食べるのに必死で、バンブロック達の接近に気付かない。
バンブロックは一旦立ち止まり、デン副長に相談する。
「大分近付いたが、この後の作戦が思い付かない。何か案があれば聞きたい」
「う〜ん。何にせよ、この足枷が邪魔なんですよね。自分にも良い案が浮かびません」
他のメンバーに聞いても同じである。
結局こんな状況での狩りなど誰も経験が無く、出来るだけ接近して気付かれたら突撃する、と言う意見になった。
右手にロングスピアを持ち、音が鳴らない様に左手で鎖を持った。
10メートルまで接近。
投げ槍なら届く距離だ。
だがロングスピアの間合いにはまだ遠い。
8メートルまで接近。
狼は幼虫を食べるのに夢中だ。
ーーよし、これはいけそうだ!
その時だった。
「い〜くしゅんっ……ずびましぇん」
ポポのくしゃみだ。
狼が一瞬縮こまり、こちらに顔を向けた。
「くそ、全員突撃!」
バンブロックは立ち上がり走り出す。
慌てて他の4人も走り出すが、狼も馬鹿ではない。
魔物であれば向かって来るだろうが、野生動物は逃げる選択をする。
狼はくるっと反転して逃走に入った。
追い付けないと判断したバンブロックが声を上げた。
「全員、投擲!」
ここは訓練のたまものなのか、バンブロックの号令と共に一斉にロングスピアが投げられた。
しかしロングスピアは重い。投げ槍の倍近くの重さがある上に、戦闘様式の違いで重心バランスも全然違う。
早い話が遠くへ飛ばないし、当たらないのだ。
それでも5人が投げたロングスピアは、狼の近くの地面に突き刺さっていく。
その内の1本が、偶然にも狼の後ろ脚を抉った。
狼は「キャンキャン」と悲鳴を上げながら、地面を転がる。
まさにまぐれ当たりなのだが、フンドルとガンプとポポは大喜びだ。その3人は自分が投げだ槍が命中してのだと、お互いに言い張っている。
間違いなくポポの槍は当たっていないのだが、バンブロックは敢えて黙っていた。
その代わりに別の言葉を投げかけた。
「しゃべってる暇があったら獲物を捕まえろっ、まだ死んじゃいねえぞ!」
慌てて3人は狼の方へと足を向ける。
デン副長も苦笑いしながら足を向ける。
すると鎖で繋がれたバンブロックも、引っ張られる様に狼へと走り出した。
ーーそうか、俺も付いて行くんだよな。ったく……
狼に近付くと、地面に横たわったまま後ろ脚を舐めていた。脚が千切れ掛かっていた。
デン副長がつぶやく。
「これじゃ逃げられないな」
バンブロック達に気が付くと、牙を剥き出しにして唸り声を上げる。
そこへオーク兵らも到着。
そしてバンブロック達を押し退けて、弱った狼に止めを刺し、雄叫びを上げた。
美味しい所は持っていくのである。
トドメを刺すと、今度はバンブロック達に解体を命じる。
文句を言いたい所だが、自分達の立場は理解しているので、誰もが黙って作業に取り掛かった。
解体作業にはやはり、オーク兵は手を出してこない。そうと分かればバンブロックは、狼の牙をひとつ防寒着の中へと隠す。
魔物の牙なら価値があるが、普通の狼の牙はそうでもない。これは人間界の常識だから、グリーンスキン社会ではどうだか分からない。
だがオーク兵の反応からして、毛皮にしか興味なさそうである。
そこでバンブロックは、狼の牙を防寒着に隠した。何かの役に立つかもしれない。
解体が終わるとそれらをソリに載せて、今日の所は野営地へ戻って行く。
明るい内に戻らないと、ここの山は危険らしい。
帰りの道中、オーク兵達は上機嫌だった。
冬場の狼の毛皮は高い値が付き、それを獲ってきたオーク兵チームは、ウマッハから褒賞金が貰えるからである。
それらは北方語が話せるガンプが、オーク兵らから盗み聞きして知った内容だ。
当然バンブロック達は何も貰えない。
そして野営地に到着すると、雑用奴隷達が夕食の準備を始めた。
バンブロック達は小川へ水汲みに行くのと、野営地の周囲にロープを張って、鳴子の設置作業であった。
ガンプがぼやく。
「鳴子の設置ってよ、夜にヤバい魔物が寄って来るって意味だよな。ったく、それってよ、夜もゆっくり出来ねえって話じゃねえか」
ロープに多数の木片をぶら下げて、それに触れると木片同士がぶつかり音が鳴る仕組みで、それにより外敵の接近を知るのである。
ただし風が吹いても鳴ってしまう欠点もある。
それと野営地の背面は小川なのだが、その冷たさから渡河は考え難い。そんな理由から、安全な場所ではあった。それで川の近くに、使役獣のビックボアと獣車を置いた。
陽が沈み掛けた頃に、夕食が出来上がった。
まずはオーク兵とゴブリン兵が食事をとり始めた。
獲ってきた狼の肉のスープと黒パン、それにチーズらしきものを食べていた。
そしてグリーンスキンの食事が終わると、やっと奴隷達の食事の番がきた。
配られた食事を見てバンブロックは思う。
ーー分かっちゃいたがな、これだけかよ……
奴隷達の食事は茹でたタルイモと、その茹で汁だけであった。
茹で汁は何の味付けもないものだが、温かいスープがあるだけでも幸いだった。
それだけこの地は寒いのである。
夜は奴隷剣闘士と雑用奴隷の二人組で、交代での夜番となった。
もちろんグリーンスキンも夜番を出す。夜番と言うよりも、奴隷の見張りと言った方が良いかもしれない。
幸いにも、天幕がひとつ奴隷達用に割り当てられた。男女一緒でかなり窮屈だが、これで凍死する危険は低くなる。
男女一緒と言っても、女性はハーフリングのポポとププだけである。種族が違うから襲われる心配は無いだろう。
「何でわざわざ俺の側で寝るかな」
天幕の奥に陣取ったバンブロックだが、その直ぐ横にププとポポが当たり前のように横になったのだ。
「それではおやすみなさい」
「おやすみでしゅ……」
他へ行けとも言えず、バンブロックも横になる。そして疲れのせいか、直ぐに眠りに入った。
それは真夜中だった。
バンブロックはふと眠りから覚める。
彼の夜番にはまだ早い。
ただ、何か嫌な予感がしたのだ。
バンブロックは起き上がろうとして、何かに引っ張られる。
見れば寝息を立てながらププが、バンブロックの服を握り締めていた。
あどけないププの寝顔が、カンテラにぼんやりと照らされる。
それを見たバンブロックの表情が和らぐ。
バンブロックは握り締めるププの手を、ゆっくりと解きながら起き上がる。
バンブロックは起き上がり、天幕の中を見渡す。皆まだ寝ているようだ。
バンブロックが、天幕の入り口に移動しようとした時だ。
「お父さん……」
バンブロックはドキリとして、その声の方を見る。
ププの寝言であった。
だがその時バンブロックの目には、亡くなった娘とププが重なって見えていた。
バンブロックは思わずププに手を伸ばす。
ププを――我が娘を――抱きしめたくなる衝動に駆られたのだ。
しかしププに触れる寸前に、何とか手を止めてしゃがみ込む。
そして強く目を瞑る。
再び目を開いた時には、いつものバンブロックの顔になっていた。
伸ばした手は毛布へと移り、ププに優しく掛け直す。
そしてバンブロックは天幕の外へ顔を出す。
外はまだ暗い。
奴隷の鎖は繋がれたままなので、バンブロックが移動出来るのはここまでだ。
バンブロックは、周囲をゆっくりと見渡し始める。そしてある一点で視線が止まる。
そこでゴブリン兵がバンブロックに気が付き、立ち上がって何かを言おうとした時だった。
バンブロックの視線の先の鳴子が、突然カラカラと鳴り始めたのだ。
風によるものではない。明らかに何かが通ってロープに触れた鳴り方だ。
ゴブリン兵も鳴子の音へ顔を向けた。
その音で夜番のフンドルと雑用奴隷も、何かの接近に気が付いた様だ。
「敵襲〜!」
「◯☓△〜!」
フンドルの声と、見張りのブリン兵の声が重なった。
その声で野営地が騒がしくなる。
グリーンスキンも奴隷の天幕も、一気に大騒ぎとなった。




