3話 夜襲
捕虜は男女合わせて20人程。
そこでトラッシュも子供に気が付いたようだ。小声でつぶやく様に言った。
「マジかよ、捕虜の中に子供も居るぜ……」
それに対しバンブロックの反応は早い。
「夜襲を仕掛ける。それまでは待機だ」
その決断に驚くバンブロックの部下達。
そして部下の表情には不安が色濃く出ていた。
見張りを置いた上で、少し離れた所で隊は体を休めた。夜襲を仕掛けるにはまだ時間が早い。しかし夜の森は、焚き火の灯りがないと暗闇である。だから仕掛けるのは夜明けの時間帯とした。
そして陽が昇り始めた頃。バンブロック隊は動き出す。
テントが幾つか見える。見張り以外はその中にいるのであろう。
反対に捕虜の人族はこの寒い森の中で防寒具もなく、お互いに身を寄せ合って震えている。これだと日を追う事に死者が出るだろう。
バンブロックの頭の中には「早く救わなくては」と言う言葉が駆け巡っていた。
今起きているのは見張りのゴブリンが4人だけだ。2人一組で2カ所に分かれての見張りである。オーク兵は全て寝ている。ゴブリンだけなら奇襲はきっと成功する。
そう確信したバンブロックは直ぐに行動に出た。
2人が焚き火の番をしていて、残りの2人は人間の背丈程の太さの倒木の上に座っている。
その2人が周囲を見張っている様だ。どちらも武器は槍である。
寒そうに戦利品の毛布に包まったまま、見張りに付いていた。
焚き火番の見張りへはトラッシュとドラグが向かい、倒木の見張りへはドゥードとバンブロック自らが向かった。
バンブロックが自ら行ったのは、魔術が使えるからだ。
ただしそれを知る者は、この隊にもいない。
魔術が使えるものは、数百人に一人とも言われるほど稀な存在だ。
それに使えたとしても有用な魔術とは限らず、必死に修行を重ねた挙句に指先に小さな炎が出せるだけの者や、コップ一杯の水が出せるだけの者などもいる。
反対に大量に水を出せる者、傷を治せる者、ファイヤーボールを撃てる者など有用な魔術の持ち主もいる。
そう言った有用な魔術の持ち主は、間違いなく国に囲われて抜け出せない。
自由で有りたかったバンブロックは、自分が魔術が使える事を兵士で有りながら隠し通していた。
それと重大な事がもうひとつ。バンブロックは覚醒者だった。
通常ならば魔術は練習した上で、才能があれば使えるようになるのだが、彼はある日突然使えてしまった。これを一般的に覚醒したと言い、その人物は覚醒者と呼ばれていた。
もちろん彼はこれも隠している。
ドゥードとバンブロックは暗闇の中、ダガー片手に倒木に接近する。
ゴブリンは起きてはいるが、2人共に寒さのせいかジッとしている。
バンブロックは倒木の直ぐ下まで来ると、ドゥードと顔を見合わせてお互いに頷く。
そして2人同時に手を伸ばした。
ドゥードは半獣人ならではの跳躍で、ゴブリンの襟首を掴んで一気に地面に引き寄せる。
そして声を上げる隙を与えず、その喉元にダガーが差し込まれた。
バンブロックはドゥード程の跳躍力は無いが、ゴブリンが纏う毛布になんとか手が届く。そして強引に引きずり下ろす。
「ギャッ」
落ちそうになると小さな悲鳴を上げるゴブリン。
だがその時、バンブロックは魔術を発動した。
バチッと何か弾ける様な音が僅かに響く。
それは布が擦れた時の静電気の様な音。
見張りのゴブリンは倒木から地面に転がり落ちるや、ピクピクと痙攣している。
そこへバンブロックのダガーが心臓を一突きにした。
そしてゴブリンの耳元で囁く。
「この命、愛する者へ捧ぐ」
バンブロックは、この死者への祈りの言葉をよく口にしていた。
そしてこの時にゴブリン兵を痙攣させた方法が、バンブロックの魔術である。
麻痺系の魔術であると本人は考えている。
実際は電気ウナギの様に電気を発生させる能力なのだが、バンブロックにその知識はない。かなりレアな魔術であった。
それにこの魔術は、その瞬間さえ見られなければ誤魔化すのも容易だった。
ただし相手に接近しなくてはいけない為、かなり使い勝手が悪い魔術でもある。
対象の服の厚さや鎧の厚さにもよるが、触れている時間が長ければ長いほど効果は大きい。
ただしそれを使うと、疲労度が増す。特に全力で使った場合は、その疲労度は凄まじい。
色々と制約はあるが、使いどころによっては重宝する魔術でもあった。
ドゥードとバンブロックは周囲を警戒する。
物音と小さいながらも悲鳴を上げさせたからだ。
焚き火の見張りが気が付いた可能性もある。
しかし焚き火のゴブリン兵2人は、村から奪って来た干し肉をかじるのに夢中で、周囲を見回そうとさえしない。
バンブロックはホッとして、大きく息を吐く。
そこで今度は、トラッシュとドラグが行動に移る。倒木の見張りが居なければ、焚き火の接近は容易い。
暗闇から出て、焚き火の見張りへと静かに移動する。
身を低くし、足音を立てないように接近する。
暗闇から出て来た2人の顔を、焚き火の灯りが不気味に照らす。
そこで突然、トラッシュとドラグが消えたかのように見えた。
だがそれは消えたのではなく、深く沈み込んだだけだった。
そして次の瞬間、2人の顔は見張りゴブリンの真後ろに出現した。
本能的に恐怖を感じたのか、片方のゴブリンが唐突に振り返る。
しかしその時はもう手遅れだ。
振り向いたゴブリンの首から鮮血が舞った。
驚いたもう一人のゴブリンは慌てて立ち上がろうとするが、口を塞がれて引きずり倒される。
そして直ぐにダガーがゴブリンを静かにさせた。
焚き火のパチパチという音だけが森に響く。
ここまでは順調だったバンブロック隊。
だがその時に捕虜となっていた女性が、焚き火の灯りに照らされたゴブリンの遺体を見つけてしまったらしく、「キャッ」と悲鳴を上げてしまった。直ぐに周りの者が、慌てて口を塞いでくれたが遅かった。
敵のテントからゴブリンが首を出した。
そして叫び声を上げる。
「ギャギャ!」
それを見たバンブロックも声を上げた。
「クソッ、火を放て!」
その言葉が合図となり、隠れていたバンブロック隊が野営地に向かって走り出す。
そして焚き火の側にいたドラグとトラッシュが、火の点いた薪をテントに向かって放り投げた。
またたく間にテントは燃え始める。
そうなるとテントから我先に出ようと大騒ぎだ。
この時バンブロック隊の全員が野営地内へと斬り込んでいて、混乱するゴブリン兵を圧倒していた。
しかしバンブロック隊が有利だったのもここまでだ。
目をこすりながらもオーク兵がゴブリン兵を統制する。すると混乱状態だったゴブリン兵の動きが変わる。
数の多さはグリーンスキンに有利に運び、そのまま混戦状態となる。
それでもバンブロック隊は必死に戦闘を続けたのだが、気が付けばデン副長とバンブロックは2人、倒木を背にして周りを取り囲まれていた。
味方兵士と分断されてしまった訳だ。
幸いなのは、人間の背丈程の太さの倒木のおかげで、後ろからは攻撃されない……とバンブロックは考えていたのだが。
突如、殺気を感じて振り返る。
すると倒木の上に立つ!赤いメイスを持ったオーク兵が見えた。
「しまった!」と思った時には遅かった。
そのオーク兵は真紅に染められたメイスを振り被り、バンブロックの頭上から襲い掛かった。
そこでバンブロックの意識はなくなる。
ただ眠気だけが記憶に残った。




