26話 ランクAの戦い
ちょい長めです
ププの説明によると、モナとバンブロックは同じ試合の出場が決まっている。しかし趣向が今までとは少し違った。
「2人は別々の入場扉から入るそうです。対戦相手も同様です。つまり4カ所の入り口を使って闘技場へ入ります。でも、どこから誰が出て来るかは教えてもらえません。それと闘技場内は幾つも仕切りが立てられていて、簡単な迷路の様になっているそうです。上手く行けば対戦相手の後ろを取れますが、逆に後ろを取られる可能性もあります。それに最後まで味方に会えないかもしれませんし、反対に早々と味方と合流出来るかもしれません。勘と運が結果を左右する試合になります」
ここまで聞いて驚くバンブロック。
モナもこの形式は初めてらしい。
「それで対戦相手はどんな奴らだ?」
「はい、ランクDとランクCのコボルトが2人です」
それを聞いたモナが反応する。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ。その状況で対戦相手がコボルトとかってズルいだろ」
その意味が分からず質問するバンブロック。
「モナ、コボルトがズルいってどう言う事だ」
「だってコボルトだろ。鼻が利くんだよ、あいつらは。知らんけど」
それを聞いてピンとくるバンブロック。
そう言えばコボルトって、犬種の獣人だったな。
「臭いで相手や味方の方向が分かるって事か……そう考えると確かにズルいな」
しかしズルいと訴えてもどうにもならないし、ましてやその程度で試合を変更出来るはずもない。
所詮は奴隷剣闘士である。
□ □ □
そして当日の午前中、養成所を出発した。
その中にはあのランクAのオーク、ドンパンもいた。
本日のマッチメークの中には、ドンパンの試合も組まれているからである。
バンブロックとしても彼の鍛錬の姿ではなく、実際に闘技試合をする姿に興味があった。
獣車でバドの街中を走って行くのだが、この間まであった露店がすっかり消えていた。どうやら冬夜祭は終わったらしい。
少し残念そうな顔をするバンブロックだった。
コロシアムに到着すると、各自が控え室に入れられる。
そこでバンブロックの試合は午後から、ドンパンの試合は午前中だと知らされた。
そのドンパンの試合は、ランクA同士の戦いだ。
バンブロックはいつもの様に控え室の細長い小窓から、ランクAの戦いを見る事になる。
闘技場はいつもの様に何も無い、砂地の地面に戻っていた。
そこへオーク種族のドンパンと、対戦相手である獣人族のミノタウロスが現れた。
人間にとってミノタウロス族は危険種であり、決して一人では挑まない相手である。
そのミノタウロスに、オークが一人で立ち向かう。
いくらランクAのオークと言えど、ミノタウロスとは体格や身長に大差がある。本当にランクA同士なのかとさえ、疑問に思えてしまう程だ。
ミノタウロスは両手持ちのバトルアックスで、ドンパンは丸盾とハンドアックスである。
武器だけ見てもオークのハンドアックスが、子供の玩具にさえ見える。
しかしいざ戦いが始まると、そんな考えが消えてしまった。
ドンパンの動きが、想像以上に凄かったのである。
バンブロックが判断した感じでは、剛力のミノタウロスと俊敏のドンパンの戦いだった。
ミノタウロスのバトルアックスが何度も空を切り、何度も地面を陥没させる。
ドンパンは何とか懐に入り込もうとするが、バトルアックスを避けるので精一杯なのか、中々近寄るのも困難そうである。
そんな戦いの最中にミノタウロスは、自分で作った地面の陥没に足を取られてしまった。
ドンパンにしたらチャンス到来である。
素早く陥没穴を避けて、ミノタウロスに接近。
ミノタウロスがバランスを立て直す前にドンパンは、頭上まで振り上げたハンドアックスを、思い切り斜めに振り下ろす。
ミノタウロスの俊敏力では、それを避け切れるはずもない。ましてやバランスを崩した状態から、まだ身体を立て直せてさえいない。
そしてドンパンのハンドアックスが、ミノタウロスの左脚の太股に食い込んだ。
それを気合いの声と共に、強引に振り抜いた。
『ウラァァァ』
太股が大きく抉れ、血と肉片が飛び散る。
そしてミノタウロスの低い叫び声。
『グモモォッ』
ドンパンは足は止めず、そのまま後方へ回り込む。とどめを刺すつもりだ。
しかしミノタウロスの戦意はまだ、衰えてはいなかった。
片膝を突き、片手でバトルアックスを横薙ぎに大きく振るう。
それは自分の体勢など無視した、力任せの一振りだった。
バトルアックスを降り抜いた途端にバランスを大きく崩し、今度は完全に横倒しとなる。
だがそれが功を奏した。
予想の出来ない軌道をとったバトルアックスは、ドンパンの身体能力の上をいった。
避け切れなかったのだ。
バトルアックスの刃が、ドンパンの左足を斬り裂いた。
ドンパンは自分の左足が、ゴロゴロと地面を転がって行くのが見えた。
次の瞬間、ドンパンは言葉にならない咆哮を上げ、片脚のまま数歩進みハンドアックスを大きく振りかぶる。
そして倒れ込む様にしてミノタウロスへと、ハンドアックスを叩き込んだ。
渾身の一撃である。
ハンドアックスは、ミノタウロスの後頭部に突き刺さる。
真っ赤な鮮血が噴き出す。
間違いなく致命傷だ。
そのまま両者倒れたまま動かない。
静まり返る場内。
数秒が経ち、審判がドラムを鳴らそうとした所で、何かを目にしてその手を止めた。
片脚のドンパンが動き出したのだ。
そして這いずる様な体勢で、ミノタウロスの首を何度もハンドアックスで叩き付けた。
それを見た審判は、改めてドラムを打ち鳴らす。
そしてドンパンの勝利を宣言した。
ドンパンはミノタウロスの首を切り落とし、倒れ込んだまま、それを高々と天に掲げて叫んだ。
何度も何度も叫んだ。
観客は総立ちで歓喜の声を上げた。
拍手と称賛の声が止まらなかった。
スタンディングオベーションである。
救護班が担架を持って走り寄る。
そこでドンパンは力尽きたのか、倒れ込んだ。
それら一部始終の戦いを小窓から見ていたバンブロックは、余りに壮絶で凄惨な戦いに複雑な心境であった。
試合と言うよりも一騎打ちである。
片脚を飛ばされドンパンは、命が繋がったとしても一生片脚で過ごすか、脚が繋がったとしても後遺症が残る可能性が高い。
この戦いを見てしまったらバンブロックとしても、試合するにあたっての覚悟が必要になる。
負けたら高確率で死が待っている。
勝ったとしても、その代償が残る場合もあるということ。改めて剣闘士は命がけだと、痛烈に感じていた。
その後に幾つか試合があったが、呆然と見ていたバンブロックは覚えていない。まるで見慣れた景色のように、目の前を流れていったに過ぎなかった。
バンブロックは頭の中が真っ白なまま、控え室で立ちすくんでいた。
そこへ突然少女が入って来た。
男ばかりの、このむさ苦しい控え室にだ。
それはププであった。
またも皆が注目する中、堂々と部屋に入って来てバンブロックの前に立つ。そしてその表情から何かを悟ったのか、いきなりバンブロックの手首を掴んで控え室から連れ出そうとする。
もちろん変な野次や陰口が室内を埋め尽くす。
だがププ全く気にした様子はない。
そのままバンブロックを連れ出して、コロシアム内の奴隷用の食堂へと連れて行った。
食堂には既にテーブルに陣取ったモナが、水を飲みながら座っていた。
ププ達か入って来ると、立ち上がって大きく手を振るモナ。
すると食堂中の半獣人らの視線が、モナに集まる。
「お〜い、こっち、こっち」
次にモナが手を振る方向、つまり視線がププへと集まる。
さらにその視線がププが握る、バンブロックの右手に集中。
ププは食堂の中をチョコチョコと早足で進む。
食堂中の視線が、手を繋ぐ2人を追う。誰もが奇異なものを見る目だ。
モナのいるテーブルに到着すると、ププは口を開く。
「連れて来ました」
すると返答はせず、モナは立ったまま手を繋ぐププとバンブロックを交互に見つめた。そして突然大声でしゃべりだした。
「し、知らんけどさ、な〜に手ななんか握ってんの!」
何故か起こり出すモナ。
その声でさらに注目を浴び始めた。
そこでバンブロックは、初めて手を握っていたことに気が付いた。
慌てて右手を引っ込める。
周囲からは『ヒュ〜ヒュ〜』といった声が聞こえ出す。
さらに前の時のように、あちこちから声が聞こえてきた。それは明らかにバンブロックらを揶揄する声。
『◯☓△◯☓、◯☓△◯☓△□。ヒヒヒヒ』
ただし前回の時よりも声は絞っている。
見張りのオーク兵も気が付いているが、今の所は何もしてこない。
騒ぎになるとマズいと思ったププは、直ぐに平然とした様子で席に着く。
バンブロックもそれに習い、何事も無かったようにイスに座った。
するとモナも軽く咳払いをした後、平然を装い席に着くのだった。
だがしばらくは、バンブロックらの席に視線は集中していた。




