25話 移籍
入場扉を抜けて闘技場から出ると、モナがバンブロックに笑顔で話し掛けてきた。
「知らんけど、やったなロック。あの観客の熱狂ぶりを見たか」
バンブロックは武器をラックに返しながら返答した。
「ああ、連勝続きだな」
「そう言えばな、ここだけの話なんだけど――」
モナはそう言いってオーク兵を警戒しつつ、バンブロックに耳打ちする。
「実はな、お前んとこの主人、えっと……」
「ウマッハか?」
「そう、それだ。そいつがうちの主人とな、話してるのを聞いちまったんだけどさ――」
「〇□◯☓△!」
そこまで話をしてオーク兵に遮られた。
バンブロックとモナは引っ張られる様にして、それぞれの控え室へと押し込まれた。
ーーモナは何を話そうとしてたんだ?
「ああ〜、気になるな!」
その後しばらくして、バンブロックはいつもの様に檻に入れられて、ウマッハ養成所へと帰って行った。
養成所に着くと、露店はすっかりなくなっていた。
今度は街の城壁近くに出店するらしい。
城壁内は場所代が高いので、城壁外での出店だとか。
そして商人達がすっかり居なくなった後、バンブロックはファイトマネーを受け取った。
「商人が帰っちまったら使えないじゃね〜か。楽しみにしていた俺の勝利の美酒がああっ!」
ひとり叫ぶのだった。
□ □ □
それからしばらくしたある日。
広場の外に獣車が止まった。
剣闘士達は何が来たんだと注目する。
正面玄関ではなく、広場の横に止まったと言うことは、身分の低い者が来たという事になる。
もしくは魔物や猛獣だ。
バンブロックはそれほど興味を示さない。
獣車の音でチラリと視線を向けただけで、直ぐに鍛錬を続けた。
少しするとオーク兵に囲まれて、誰かが広場に入って来た。
半獣人どもから「おお」と感嘆の声が上がる。
中にはイヤらしい目で見る者もいた。
「ロック〜、知らんけど来ちゃったよ〜」
その聞き覚えのある声に振り返るバンブロック。
するとその半獣人は、バンブロックに抱き着いてきた。
「おうふっ」
突然抱き着かれて驚くバンブロック。
男ではない柔らかな感触。
「何でここにいるんだよ」
「へへへ、来ちゃった」
「来ちゃったって……どう言う事だ」
「何だ何だ。知らんけど、冷たい歓迎じゃないか。ロック〜」
バンブロックは、そこで周りの視線に気が付いた。
羨望の眼差し、あるいは妬みの視線。それらは全て、半獣人達からの視線である。
やはり同種族の女だからだろう。
他の種族の男らは見向きもしない。
しかし人間であるバンブロックから見たら、半獣人も人と大して変わらない。抱き着かれると色々と反応してしまい困るのである。
「モナ、と、と、取り敢えず離れてくれるか。皆が見てるから……」
「ああ、すまんすまん。ちょっと興奮しちゃったな」
ーー俺もだがな……
そこでやっとモナは、バンブロックから離れた。
「それでモナ。何でここに来たんだ?」
「ここの主人に買われたんだよ。養成所間の取り引きみたいな感じかな。知らんけど」
「へえ〜、そんな事もあるんだな。でもモナって売れっ子だよな。そんな簡単に移籍して大丈夫なのか」
するとモナはニンマリする。
「まあ、私が売れっ子なのは間違いないけどな。それでも養成所が抱えた借金は、簡単に返せる程の金額じゃなかったんだよ。この人気者の私を移籍させるほどにな、むふふふふ」
「そうか、俺としては助かる。人族語が話せる奴がここにはいなくてな。何かと不便なんだ――ん、何?」
バンブロックは後ろから誰かに突かれた。
振り向くとそこにはププがいた。
「私は人族語を話せますが?」
「あ、あ、そうだったな。えっと……」
「そちらさんは……知らんけど、ハーフリング種かな。私は剣闘士ランクCでモナって言うんだ。よろしくな」
するとププは何故か、鋭い視線をモナに浴びせる。
「私はププと言います。ここでは主に通訳をやってます。お二人は仲が良さそうですが、どういった関係なのでしょうか」
何を言い出すんだとばかりに、バンブロックが口を挟む。
「おいおい、モナと俺は闘技場で共に戦った事がある剣闘士だ。変な関係を想像するなよ」
「知らんけど、ププって面白い奴みたいだな。良いぞ、気に入ったぞ」
ププは鋭い視線をモナに向けたままだ。
そこで主人であるウマッハが、オーク兵数人と共に現れた。
モナの紹介である。
そしてもう一人紹介者がいた。
護衛のオーク兵と思っていた者の一人が、剣闘士奴隷だったのだ。
ププの訳した説明によると、ランクAの剣闘士だそうだ。
少し前にこの養成所のナンバーワンの剣闘士が試合で亡くなり、しばらくこの養成所にはランクAが居なかった。
これでやっとウマッハ養成所の顔となる、ランクA剣闘士が在籍する事になる。
ウマッハにとっては、喉から手が出るほど欲しかったに違いない。
このオーク剣闘士の名は『ドンパン』と言い、知らぬ者はいないとまで言われた、盗賊団であるドンパン団の元頭目だ。
ただし有名なのは、グリーンスキン社会の中の事である。だからバンブロックは全く知らない。
その日からこのドンパンとモナが、バンブロック達と一緒にこの養成所で鍛錬をすることになった。
だがバンブロックは思う。
「まさかオークと肩を並べて戦闘訓練をするとはな」と。
兵士の頃はオークと言えば全て『敵』であり、『抹殺』の対象であった。
それが今では『監視役』となり、『仲間』となる者も出来てしまった。
余りにも変化が目まぐるしく、変わり過ぎであった。
しかし数日もすれば、それにも慣れてしまう。当たり前のように広場で鍛錬をし、当たり前のように剣闘士仲間として過ごした。
バンブロックの心情は人間社会の時に比べて、大きく変わってきていた。それは『復讐』という言葉さえ消える程である。
バンブロックにとって大きな変化は、そのドンパンと言うオーク剣闘士の存在だけではない。
「おい、モナ、くっつくな」
「え〜、ロック冷た〜い」
いつものあの勇ましい口調とは違い、甘ったるい声色を発するモナだ。
鍛錬中にも関わらずわざとふらついて、バンブロックにぶつかって来たりする。
すると何故かププが出て来て、騒ぎが大きくなる。
「モナさん。何度も言いますが、周りに気を付けて練習して下さい」
「知らんけど、おかしいな。これでも気を付けてはいるんだぞ」
そうモナが言い訳するが、今日これで3回目である。
「あのですね、バンブロックさんに引っ付くのは、これで3回目ですよ。なんで同じ人に何度も引っ付くんですか」
「“引っ付く”じゃなく“ぶつかる”だからな、知らんけど。それにたまたまそこにロックが居ただけだろ。そんな目で見るなよ。ところで何でここにププが居るんだ?」
「……そうですね。バンブロックさんとモナさんにご主人様からの連絡があります」
それを聞いてバンブロックは、試合の事だろうと予想した。
「試合か?」
「そうです。お二人の試合日程が決まりました。2日後です」




