23話 蜂蜜牛乳
バンブロックの対戦相手はスケルトンとなったのだが、その数を聞かされていなかった。
加えて味方はバンブロックを含めて3人のはずなのだが、残る2人もまだ決まっていないらしい。
試合は2日後だというのに呑気なものであるが、それはグリーンスキンらしくもある。
この社会を見てきたバンブロックは、グリーンスキンが大雑把な性格なのは分かってきていた。
対戦相手が直前まで分からないのは日常茶飯事で、しかも試合直前になって試合形式がかわるのも当たり前の世界。
それに慣れてきたバンブロックは、特に対戦相手は気にしなくなっていた。
この日バンブロックがウマッハ養成所に戻って来ると、多くの獣車が停まっていた。全て商人の獣車である。
商人も冬夜祭とあって、一儲けしようというのだろう。
とは言っても、バンブロックの懐事情はあまり良くない。今回もファイトマネーを貰ったのだが、ランクDでも下位であるバンブロックが貰えるのは150ガジェ。貯めてきた分もあるが、何かの時の為に少しは取っておきたい気持ちがあった。
娼婦もいるが、金の問題からそれは消える。
となると食い物か酒、それとも今回は我慢するかである。
広場へ行くと鍛錬器具は片付けてあり、露店が並んでいた。
剣闘士を含めた奴隷達は、並んだ露店の前でワイワイ喋りながら買い物を楽しんでいる。
一番人集りが多いのは娼館テントの所である。見るのはただなので、殆んどの男達はイヤらしい笑みを浮かべて眺めているだけだ。
中には金を貯めた勝ち組が娼婦の手を取り、皆の羨望の眼差しの中を通り抜けて行ったりする。
そして養成所の奥の個室へと、手を振りながら消えて行く。
そんな男を皆は“勇者”と呼んでいた。
バンブロックも一応娼館を覗いてみるが、半獣人と獣人しかいない。やはりここにも人間は居ないようだ。
娼館に使う程の金のない者達は、結局は露店の商品を眺めながらワイワイと時間を潰している。
バンブロックは少し離れた所で地面に座り、そんな光景を眺めていた。
そこでふと人混みの中にププを見つける。ミルクを売る露店の前だ。
ププはハニーミルクが欲しいらしい。
コップ1杯で80ガジェ、大コップで120ガジャと値札に書かれている。コップ1杯で80ガジャとは、中々の値段である。
ププはしきりに手持ちの金を数えつつ、鼻をスンスンして匂いを嗅いでいた。
結局悩んだ末に、80ガジェを支払って1杯のハニーミルクを買っていた。
そのププの表情を見て驚くバンブロック。
「あのププが笑ってやがる……まるで子供だな」
その時だ。バンブロックの視線がププの視線と重なった。
ププは「しまった」とでも言いそうな表情の後、直ぐにいつもの様に無表情へと変わる。
だが次の瞬間、「あっ」と言う声と共にププの目が見開く。
そしてハニーミルクの入ったコップが地面に転がった。手を滑らせたらしい。
そのまま地面に両膝を突き、両手をワナワナとさせるププ。
今度の表情はどう表現したら良いのだろうか。バンブロックが見たことが無い表情だ。
敢えて一言で言い表すならば。
―――絶望―――
バンブロックはここまで色々な表情のププを見るのは初めてだったが、やはりどうしても子供にしか見えなかった。
そんな時、ふと、バンブロックの頭に思い浮かぶのは娘の顔。
娘が生きていたら、丁度この位の女の子なんだろうかと思ったのである。
成長した娘の姿とププが重なる。
そこでバンブロックは、ゆっくりと立ち上がりつぶやく。
「仕方ねえな」
そして露店の方へと歩いて行く。
ププはと言うと、その場にしゃがんでジッと地面を見つめるばかり。
そこへ突然、ププの目の前に立ちはだかる影。
ププが見上げると、そこにはバンブロックが立っていた。
「ほれ、これ飲め」
そう言ってバンブロックは、ハニーミルクの入ったコップを差し出した。バンブロックが新たに買って来たのである。しかも大サイズのコップである。
ププは戸惑いながらも口を開く。
「えっと、これはいったい……」
「どうせここへ来たばかりで、余り金が無いんだろ。まあ出世払いで良いからこれ飲んどけ。俺はエールだけどな」
そう言ってバンブロックは、右手の木製ジョッキを持ち上げる。さらにもう片方の手でズイッと、ププの目の前に大コップを差し出す。
ププは一旦はうつ向くが、直ぐに顔を上げて言った。
「ありがとう御座います。いつか必ずお返しします」
「おっ、初めて目を合わせて喋ったな」
それに気が付き、恥ずかしそうにうつ向くププ。
「すいません……」
この日を境にして、ププとバンブロックの距離は急速に縮まった…………様な気もする。
そしてバンブロックはこの日、勢いで有り金を全部使い果たして後悔する事になる。
□ □ □
試合前日になって、やっと味方剣闘士となる2人の情報を持ってププがやって来た。
以前にも一緒に戦ったランクCのモナと、ランクBで元傭兵のオークが味方メンバーだと言う。
ーーまさかグリーンスキンとチームを組むとはな
バンブロックにとってオークは敵であるが、それは胸の奥に押し込む。
そして対戦相手のスケルトンは3体だが、その内の1体はスケルトンメイジらしい。つまり魔術を使う。
ププの話によると、スケルトンメイジしか都合が付かなかったらしい。
それを聞いてバンブロックは不思議に思う。
“どうやってアンデッドを調達したのか”という疑問である。
「まさかププは知らないよな。入手方法なんか知ってるはずもないか……」
バンブロックかそうつぶやくと、ププがバンブロックの目を見て口を開く。
「えっと、それって骨戦士ーースケルトンでしたっけ。それの入手方法の事でしょうか」
「ああ、そうだよ。アンデッドを捕まえて来るなんて、かなり大変な作業だからな。かと言って、グリーンスキンにネクロマンサーみたいな魔術師がいるとも思えないしーーあ、ヤバい。オーク兵が見てる、またあとでな……」
会話する時間は短いが、2人は以前よりも多く話をするようになっていた。
バンブロックにしたら唯一、この養成所で言葉が通じる相手だから仕方ない。しかしそれがますます“幼女の専門家”の名を広める事となる。
そして翌朝、バンブロックを含めたウマッハ養成所からの出場剣闘士が、獣車に揺られてバドの街のコロシアムへと向かった。
コロシアムに到着すると出番が遅いバンブロックは、控え室で簡単に身体を動かしながら、小窓から見える闘技場を見て驚いた。
フィールドが作り変えてあったからだ。
前回の時は草木が生い茂っていた中央の丘には、木が1本生えているだけで、他に植物はなくなっていた。
代わりに墓石が幾つも置かれていた。
一番の問題は中央の木であった。
あからさまに動いている。
バンブロックは苦い顔でつぶやく。
「トレントを植えたのかよ……」
トレントとは木の形をした魔物であり、食肉植物よりも樹皮が硬いから厄介だ。
自ら動く事は出来ないが、沢山ある枝を振り回してくる魔物である。
近付かなければ問題は無いが、丘の中央にいられるとそうもいかない。
バンブロックが他の剣闘士の団体戦の試合を見ていると、トレントを挟んでの睨み合いになっていた。飛び道具があれば、トレント越しに使えて有利に戦えそうであったが、装備可能なのはせいぜい投げ槍が投げナイフだ。
それと接近戦をするには、墓石が邪魔であった。
小競り合いをしている内に、一人の剣闘士がトレントに捕まった。
枝で叩かれて怯んだ隙に、他の枝に片足を絡め取られたのである。そしてそのまま、トレントの大きな口へと運ばれてしまった。
その後どうなったかは、観客の喜びようで想像がつくだろう。
そんな事をしている内に、バンブロックの出番がきたらしい。
オーク兵が迎えに来たのである。




