21話 幼女ビンタ
バンブロック達がコロシアムに行ったのは、昼の少し前であった。午前中の試合出場者がいなかったからだ。
バンブロックの他にも、獣人と半獣人の出場剣闘士がいた。
到着して少しすると、ちょっと早い昼食となる。
そこでバンブロックは、コロシアムの中の“奴隷専用食堂”に初めて入った。
同じ養成所の剣闘士2人とププを合わせた4人で入って行くと、昼前と言うのに中は結構混んでいる。
テーブルはいくつもあるが、殆んどが埋まっていた。
そこに居る種族も多様である。
殆んどが半獣人だが、獣人やコボルトにリザードマン、それに見たこともない種族もいた。
ププは「席を確保します」と言って、人混みの中をチョコチョコ進んで行き、空いたテーブルにススッと移動するやチョコンとイスに座った。
バンブロックと仲間の剣闘士2人も、人を掻き分けて何とかそのテーブルに付く。そして壁に貼ってあるメニューを見始めた。
メニューは5種類しか無くププに訳してもらったのだが、グリーンスキンの調理方法など理解及ばず、結局は仲間と同じ食事を選ぶ。
料理を待つ間、仲間の二人は会話を始めるのだが、いつもの様にププは無言。
北方語が話せないバンブロックも無言。
気まずい時間が過ぎていく。
やっと出てきた食事は、野菜屑のスープと大きな固い黒パン。
ウマッハ養成所の食事と大差はなかった。バンブロックのランクD食事に比べると、少しだけマシではあるが。
そこでバンブロックはふと思う。
「そう言えば食事代はどうなるんだ?」
バンブロックは余り金が無い。
それでププに聞いたのだが、“彼女”はバンブロックが散らかしたパン屑を見つめながら返答する。
「相変わらず食べ方が汚いですね……あ、食事代ですね。それはご主人様から預かってますので問題ありません」
ーー食べ方が汚い?
バンブロックはウマッハが支払うと知った以上に、ププが自分の感情を口にした事の方に驚いた。
「ププ、お前でもちゃんと感情を伝えられるんだな。いやぁ、安心したよ」
そう言ってもププは返答せず、黙ったままパンをかじっている。
しかしバンブロックは、ププの耳が赤くなるのを見逃さない。
「おお、耳が赤くなったぞ。何だ、ププも照れたりするんだな。はははは」
笑いだすバンブロック。
仲間の剣闘士2人は何事かと、バンブロックを見つめ始めた。
すると耳を赤くしたププが、いきなり椅子から立ち上がる。そして無表情なまま、右手を大きく振るった。
ペチン、と言う乾いた音が食堂に響く。
ププがバンブロックの頬を叩いたのだ。
バンブロックは唖然とした顔で、叩かれた頬を手で押さえて固まる。
目がカッと見開いたままだ。
何が起きたか、直ぐに理解出来なかったのである。
それを見た仲間の2人が、「プッ」と吹き出して笑いだす。しかも食事中の他の客の視線も集まりだし、自然と笑い声や話声まで聞こえてくる。
『◯☓、◯☓△◯☓△□』
『◯☓△』
『◯☓△◯☓△□、◯☓△◯☓△□』
『グハハハハ』
そこで壁際に立っていた数名のオーク兵が、異変に気が付いてバンブロックらのテーブルに近付いて来た。
そうなると瞬時に食堂の中は静まる。
そこでやっとバンブロックは、“公衆の面前で幼女に頬を叩かれた”という状況を理解した。
その日以来、コロシアムでも“幼女の専門家”の呼び名が広まる事になるのだが、バンブロックがそれに気が付くのは、ずっと先の事であった。
食事を終えたバンブロックは、控え室の小窓から他の剣闘士の試合を観ていた。相変わらず闘技場は、食肉植物が生えるフィールドとなっている。
しかし控え室が低い位置にあるため、そこから見える景色も低い。そうなると、フィールドの草木が邪魔でよく見えない。
こうして時間を潰している間に、オーク兵が控え室にバンブロックを迎えに来た。
バンブロックは控え室から連れ出され、いつもの様に入場扉の前で武器の準備である。
今回は剣と丸盾しか選べない上に、鎧はなく腰布だけだ。
まともに喰らったら終わりの装備。
そんな状況で武器ラックの中に見つけたのは、薄っすらと白く輝くグラディウスがあった。
バンブロックの顔に笑みが浮かぶ。
もちろんそのグラディウスを選んだ。
ーーさて、あとはこの剣の使い心地がどうかだな
さらにそこで、不安材料がもうひとつある。
入場扉の前にいるのは、バンブロックただ一人だと言う事。つまり1対1の試合らしい。
しかし対戦相手の情報は一切なし。
昼食の時にププから聞いた話では、対戦相手が急に出られなくなったとかで、代理の剣闘士が到着するのを待っているらしい。
だから選手情報はなし。
結局は対戦相手を知らないままで、首輪を外され入場扉が開いた。
ーーこのフィールドで俺一人なのか
先が見えにくいこの場所は、目が良い半獣人や獣人が有利に働く。
バンブロックは右側の壁際に進む。
うまく行けば側面に回り込めるが、相手も同じ考えで右側に回ろうとするかもしれない。そこは運次第だ。
前回ここで試合をしているから地形は大体分かっているし、それにいくつかの食肉植物の位置も分かっている。
そういった情報は、連戦のバンブロックに有利に働く。
バンブロックは、ゆっくりと警戒しながら進んでいて気が付いた。
観客の視線の方向である。
ひとつはバンブロックを見ているが、もうひとつは違う方向を見ていた。
「なるほど。観客の視線の先を見れば相手の位置が分かるのか」
それに気が付いたバンブロックは、速度を上げて歩き出す。
相手の位置はほぼ中央。このまま行けば側面を取れる。
バンブロックが隠れながら、中央の丘の上に到達した。
しかし、いくら探しても相手が見当たらない。
観客が丘の中央辺りを指を指して騒ぎ出すのだが、バンブロックはキョロキョロするばかり。
いくら探しても見当たらず、仕方なくバンブロックは姿をさらして、丘の中央へと武器を構えて歩き出した。
それでも観客は、どこか指を差して声を上げている。
ーー俺に相手の居場所を教えているのか?
人間であるにも関わらず、バンブロックは思った以上に人気がある様だ。
バンブロックは観客が指し示す方に向きを変え、出来るだけ盾に身を隠す様にする。
だが、やはり草木しか見えない。
ーーどこにいやがる!
その時だった。
バンブロックの目の前で何かが動いた。




