20話 幼女の専門家
入れ墨ホブゴブリンは、バンブロックを近付けさせないようにと、残った片腕でメイスを振り回し始めた。
そして味方ホブゴブリンに援護させようと、周囲を見回して愕然とする。
そこに味方部隊は居なかったからだ。
ホブゴブリン部隊は全滅したのである。
しかも最後の1人となった入れ墨ホブゴブリンは、バンブロック達の部隊に取り囲まれていた。
入れ墨ホブゴブリンは一気に力が抜けたようになる。片腕の上に自分1人となれば、そうなってもおかしくない。
そこへ容赦ない鉤爪が、真後ろから襲い掛かった。
スイートは入れ墨ホブゴブリンの頭を両足の爪で掴むと、全力で握り潰す。
すると悲鳴と共に頭が弾ける。
そして頭が無くなった胴体が音を立てて倒れた。
観客は大喜びだ。
歓喜の声や拍手がコロシアムを包んだ。
そこで試合終了のドラムが鳴らされた。
それに応えるように勝利した剣闘士らが、観客席に向かって手を挙げる。
だがバンブロックはそんな事しなかった。
結局バンブロック達は、2人の重傷者と2人の死者を出したが勝利した。
バンブロックにとってそんな勝利よりも大きかったのは、入れ墨ホブゴブリンが持っていたグラディウスである。
こっそり自分のグラディウスと持ち替えていた。
それでも味方の剣闘士達は何も言ってこない。
試合が終わると出入り口で、真っ先に武器は回収されるのだが、回収したオーク兵も何も言ってこない。
これは完全に自分しか見えていないと思い、不敵な笑み浮かべるバンブロックだった。
剣闘士らが使う武器や防具は、全て出場する養成所が用意するものである。それで剣闘士が望めば、毎回同じ武器を用意してくれる。それくらいの融通は利かせてくれる。
元々安い武器というのもあって、物によって重心バランスが結構違う。それで剣闘士によっては、毎回同じ武器を希望する者も多いらしい。
それでバンブロックも、今回の武器を今後も用意してくれるようにと、ププを通して伝えた。
それでも全く怪しまれなかった。
ププはオーク兵と一緒に今日使った武器を確認のため持って来たが、特に怪しんだりする様な様子はない。
やはりこのグラディウスが白く輝くのが見えるのは、自分だけだとバンブロックは確信した。
そもそも魔石が無いのに輝くというのは、見たこともないし聞いた事もなかった。それもずっと輝いたままである。
バンブロックにはとても理解が及ばなかった。
こうしてバンブロックは、白く輝くグラディウスを手に入れた。
バンブロックが養成所に着いて広場へ行くと、そこには先に到着したププが小瓶を手に持って待っていた。
「これを飲めとご主人様が言ってます」
疲労回復のマークが描かれた、陶器製の小瓶だ。
そこでバンブロックは不思議に思う。
独房から出て直ぐの時に、試合があるから体力を戻せと言われて、疲労回復のポーションを貰った。疲労回復ポーションを貰ったのは、それが初めてだった。
それはつまり、また直ぐにでも試合があると言う事。
そこでバンブロックは、ププに恐る恐る聞いてみた。
「えっと、もしかしてだけど、明日も試合に出ろって事なのか?」
するとププは相変わらず、バンブロックの目を見ないで答える。
「前にも言いましたが、あなたが剣闘士を負傷させた為に、冬夜祭の剣闘試合に穴が空きました。その試合は全て責任を持って出場しろと、ご主人様は言ってます。文句や言い分があればご主人様へ伝えますが、いかがなされますか」
子供に露骨に言われたのが癪に障ったのか、バンブロックは嫌な表情を浮かべて声を荒らげた。
「このクソガキがっ、偉そうに言いやがって!」
バンブロックの態度とは反対に、ププはいつもの様に無表情で静かに返答した。
「私は20歳です。ガキではありません。ハーフリングだから子供に見えるだけです」
バンブロックは驚いて目を見開き、ハーフリングの特性を思い出した。
長生きする代わりに成長も遅く、年齢よりも幼く見えるのである。
驚きながらもバンブロックは、負けじと言い返す。
「成人してるのかよ……ま、まあそれは良いとしてだな。成人男子ってのはな、話をする時には相手の目を見るもんだ。それなのに何だ、お前は俺と目を合わせない。軟弱男か!」
言ってやったぜ的な顔でププを見下ろすバンブロック。
しかしププの表情が、僅かに変わった事に気が付いた。
こめかみの辺りがピクピクしている。
そしてププは顔を上げ、バンブロックに視線を合わせながら言った。
「私は“女性”です!」
目が飛び出しそうになるバンブロック。
余りの衝撃に言葉が出てこない。
「は? なに? 女!? あ、えっと……」
何とか言葉を見つけようとしながらも、バンブロックの視線はププの胸の辺りを見つめる。
それに気が付いたププが、胸元に手を当てて言った。
「エロ目線やめろ」
ーー口調が変わった!
そこでププはいつも通りの無表情となり、視線をまたも明後日の方向へ向けて一言。
「話は以上です」
そう言って何かを地面に叩き付ける。
バンブロックから見れば、まるで駄々をこねる子供の仕草だ。
そしてププはくるりと方向を変えるや、足早に建物の奥へと去って行った。
呆気にとられながらもバンブロックは思う。
ーー女だったのか。しかも成人してるとは……
バンブロックが地面を見ると、硬貨が散らばっていた。ププが投げ付けたのは、今日の分のファイトマネーだった。
バンブロックはしゃがみ込み、寂しそうにそれを拾う。
その金額は僅か150ガジャ、エール3杯分だった。
バンブロックはつぶやく。
「少な……でも商人が来るのは月に一度。それまでにはそこそこ貯まるか」
バンブロックは金を腰布の中に仕舞い、立ち上がったところで気が付いた。
広場で鍛錬中の剣闘士らが、こちらを見ていた事に。ププとのやり取りを見られていたらしい。
バンブロックは咳払いをした後、何事も無かった様に木剣を手にすると、的の人形を叩き始めた。
そこでやっと皆からの視線が散った。
しかしその翌日からウマッハ養成所の剣闘士達の間では、バンブロックの呼び名が広まる事になる。
その呼び名とは……
ーー“幼女の専門家”ーー
北方語を喋れないバンブロックだけは、その事を知らない。
さらに言えば、知らない方が良い。
そして翌日の朝、バンブロックを見るなり笑う者が出てきた。
その理由をププに聞いてみるバンブロックだったが、「知りません」の一点張り。
不思議に思うまま、バンブロックはコロシアムへ連れて行かれた。




