17話 新通訳
ドラグとの試合後、バンブロックは無気力な状態となっていた。
自分の部下とは知らずに対戦し、殺してしまったかもしれないからだ。
だが救護班がドラグを運んで行ったのは確認している。医務室まで命があれば、きっとルミナスが治癒してくれたはずだ。
それにもう一つ気に掛かる事があった。
アデンである。
試合後のアデンの様子を思い浮かべるに、助からなかったかもしれない。
そうなると1日で、2人も戦友を失ったかもしれないのである。
今まで生命が非常に軽い戦場を生き抜いて来たバンブロック。多くの生命がバンブロックの前から消えていった。それは敵だけでなく、仲間の生命も同じであった。日々繰り返すほどに、それは日常となった。
そうなると人の死を、あまり気にも止めなくなる。まるで感情が薄くなった様であった。
それでバンブロックは、ずっと自分をこう考えていた。
「人が感じる感情は俺から消えた」と。
それは愛する者の死も大きく影響している。
だがそんな事はなかった。
アデンの最後の顔が、ドラグの青白い顔が脳裏にこびり付いて離れない。
バンブロックはコロシアムの控え室で、自分の感情に揺さぶられていた。地面に座り込み、頭を抱えて震えていたのである。
そこへウマッハの私兵であるオーク兵が迎えに来た。
養成所へ帰るようだ。
バンブロックは引きずられる様に運ばれ、獣車の檻に入れられた。そして獣車はいつもの様に走り出す。
だがそこにアデンは居なかった。
予想はしていたが、助からなかったという事である。
バンブロックは揺れる檻の中で一人、へたり込むように座り込んだ。
何もやる気が起きなかった。
ガタゴトと走る獣車から、ただ呆然とバドの街並みを眺めていた。
しばらく進んだところで、いつもとは違う通りを走っている事に気が付いたバンブロック。
そしてとある建物の近くで停車した。
奴隷商である。
とは言ってもバンブロックが何かやらされる訳でもなく、獣車の檻の中で待つだけである。
バンブロックが檻の中でぼ〜っとしていると、護衛のオーク兵とウマッハが店から出て来た。
ただそれだけではなかった。
子供を連れていたのである。
一瞬だけその子供を凝視するバンブロックだったが、直ぐに興味を無くして視線を街並みへと戻す。
自分には関係ないと思ったからである。
そして獣車は再び走り出した。
養成所にはまだ明るい内に到着した。
バンブロックは檻から出されたので、そのまま宿舎へ行こうとするのだが、オーク兵が槍でそれを制止する。
バンブロックが仕方なくその場で立ち止まって待機していると、オーク兵が子供を連れて近付いて来た。
街の奴隷商から出て来たあの子供である。
そしてバンブロックの目の前で立ち止まった。
オーク兵が子供を指差しながら何やら言ってくるが、北方語が通じないバンブロックには理解出来ない。
『◯☓△◯☓△』
「いや、だから北方語は分からない。人族語で話してくれるか、って言っても通じないのか」
そこで突然、子供が口を開いた。
「そのオーク兵は“新しい通訳を連れて来た”と言ってます」
その子供はバンブロックに視線を合わさず、そっぽを向いたまま口だけが動いた。
その顔からは、何も感情が伝わってこなかった。
無表情というやつだ。
バンブロックにしたら単に「変わったガキだな」くらいだが。
しかしアデンの死で、通訳がいなくなったのは辛い。バンブロックにとって通訳は、生活する上で必要不可欠だ。
「小僧、お前がアデンの代わりの通訳って事か……」
「名前は小僧ではなく、ププです」
そのププと言う子供は見るからに痩せ細っていて、貧民街のストリートチルドレンそのものだ。
耳が尖っていて髪の毛が赤い事から、ハーフリング種なのかもしれない。異種族となると、さらに年齢の判別は難しい。
幸いなのは言葉はしっかりしているから、通訳としては問題ないという事。
ただ感情が見えないという恐ろしさがあった。
そこでププに聞いてみると、種族はやはりハーフリングであった。
バンブロックから見たら、人間の8〜9歳児の小僧である。
通訳奴隷として売られていて、北方語、人族語、南方語を話せる。
頭は良いのかもしれない。
しかし会話中もバンブロックとは、目を一度も合わせなかった。精神的にかなり辛い事が、過去にあったのかもしれない。
その日からウマッハ養成所の中では、「ププ」と言う子供が彷徨くようになった。
もちろん剣闘士ではなく、使用人兼通訳としてである。
この日、バンブロックはファイトマネーを貰った。ランクD剣闘士としての金額である。貰った金は100と描かれた硬貨3枚。300ガジャ。エール6杯分でしかない。
どうせ金が使えるのは月に一度、来月になってからだと思い、バンブロックは全ての金を腰布に入れた。
ランクDとなったバンブロックだが、宿舎も当然ランクDの部屋となっている。
この宿舎では数週間に1度だけ、深夜にこっそり賭け事をするらしい。
バンブロックは博打に興味が無い訳じゃないが、そもそも通訳が居ないと他の剣闘士と話が通じない。
しかし通訳のププは使用人の部屋で寝泊まりするから、当然ここには居ない。
それでバンブロックは博打の時間になると、遠巻きに眺めているだけであった。
どのコップに石が入っているかを当てるのが、こかでの一番人気の賭けの様だ。単純で誰でも理解出来るルールである。
そんな賭博を開催している夜だった。
『◯☓△◯☓△!』
『△◯☓△◯!』
突然喧嘩が始まった。
遠巻きに見ていたバンブロックは、とにかく被害が自分に及ばない事を祈っていた。
しかしそんな心配をよそに、喧嘩は殴り合いへと移り変わっていく。
バンブロックは部屋の隅で毛布を被り、丸くなってやり過ごそうとするのだが、物が飛んで来ては体や頭ににぶつかる。
当直のオーク兵も一応来るのだが、いつもの事かと言った具合に、慣れた感じで手出しをしてこない。面倒は避けたいのだろう。
その内バンブロック以外の全員、つまりランクDの部屋全員での大乱闘へと変わっていった。
そんな中、取っ組み合いをしていた3人が絡み合い、バンブロックの上へとなだれ込む。
その時バンブロックの中で何かがプツンとキレた。
「ふっざけんじゃねえぞっ、コラ〜!!」
倒れ込んだ3人が突如硬直し、小刻みに震え出す。
麻痺魔術である。
直ぐにやり過ぎたと思い、バンブロックは麻痺魔術を解くのだが既に遅かった。
3人の剣闘士達からは、薄っすらとだが煙が出ていた。完全に感電していたのである。
静まり返るランクDの部屋。
もちろんバンブロックは、まだこれを麻痺たと思っている。
そしてこの乱闘事件が波乱を巻き起こす。
ランクDの剣闘士の3人が重傷となったからだ。
さらに悪い事にその3人には、何日か後に試合が組まれていた。
だがその情報は、後になってバンブロックは知る。
バンブロックはその場でオーク兵らに抑え込まれ、魔力封じの首輪を嵌められ独房へと直行だ。
奴隷に言い訳が許される訳もない。
バンブロックにとってせめてもの救いは、死者が出なかった事であった。




