16話 執行人
またまた長いです。
バンブロックが力なくうな垂れていると、そこへ数名のオーク兵が来た。試合の始まりが近いのである。
オーク兵達は消沈したバンブロックを連れ、入場扉の前へと移動した。
落ち込むバンブロックに対して、オーク兵は淡々と決められた作業を行っていく。
いつもの様にヒーターシールドとグラディウスを渡し、ドクロヘルムを被る様に仕向ける。
バンブロックは小声で悪態をつきながらも、それに従って準備を進めた。
そして最後に首輪が外される。
装備が整うと早くも入り口扉が開き、外の明るい陽射しがバンブロックを照らす。
すると先程までの落ち込んでいた雰囲気と変わって、力強い足取りで闘技場へと向かうバンブロック。
行き場の無い今の感情を、対戦相手にぶつける事にしたようだ。
バンブロックが闘技場へ出ると、観客席から歓声が上がる。
人間は嫌われていると言うのに、バンブロックの人気だけは比較的高い。異質なドクロヘルムも、その人気のひとつかもしれない。
歓声の中、ゆっくりと中央付近まで進むと、対戦相手の半獣人が立っていた。
手には両手持ちのダブルアックスを握り、目の部分だけが穴の空いた、革製の黒い頭巾を被っている。さらに鎧とまではいかないが、身体の要所には黒く染められた革を纏っていた。
まるで死刑執行人の様な出で立ちである。
これも演出なんだろうが、今のバンブロックにとってはどうでも良かった。叩き潰す事に変わりはない。
そして開始のドラムが鳴り響く。
開始と共に一気に畳み掛けるつもりだったバンブロックなのだが、執行人のただならぬ佇まいに足を止めた。
ーー強者か
ここでバンブロックは、冷静さを取り戻していく。戦いの場で冷静さを失うのは、自らの首を絞める様なものだ。それを思い出したのであった。
ーー俺はまだ死ねない!
そこから両者は警戒し、慎重に近付いて行く。
間合いに近付くとお互いに、前に出ては引いての小競り合いとなった。相手の力量を見計らっているのである。
先に大きく出たのは執行人の方だ。
大きく一歩踏み出すや、ダブルアックスを横薙ぎに大きく振るった。
バンブロックはヒーターシールドを引っ込めて、それを辛うじて避けた。
避ける選択をした理由は、盾で受けたらふっ飛ばされると判断したからだ。
相手は大きく空振りして体勢を崩すが、なんとか元の体勢へと強引に戻した。
これが普通に出来る人間は殆どいない。半獣人族の鍛えられた腕力と、バランス感覚が為せる業であった。
お互いに攻防を何度か繰り返して行く内に、バンブロックはこの剣闘士に違和感を覚えていた。
違和感とは。
恐らくこの執行人の格好した剣闘士は、元々こんな戦い方じゃなかった。主人から強制的にこう言う戦い方をしろと言われて、仕方なくやっているんじゃないかとバンブロックは感じていた。
簡単に言えば、バトルアックスの扱いに慣れていない。
重い武器を扱う動きではないのである。
その証拠に、時々槍のような扱いをしようとして、慌てて持ち直す時があった。
“もしかしたら元は兵士だったんじゃないだろうか”と言う考えが脳裏を過ぎる。
そんな事を考えていたバンブロックだが、戦闘が激しくなり戦いに集中した。
この半獣人の身体能力は凄まじい。
パワーとスピードで圧倒される。
特にダブルアックスの薙ぎ払いは要注意であった。
大きく踏み込まれてからそれを振るわれると、間合いが広くとても回避が間に合わず、多少なりともヒーターシールドで受け流す事になる。
何とか受け流しに成功したとしても、盾越しに伝わる衝撃が物凄く、大きくふっ飛ばされる。それを必死に転ばないようにバランスを取るのも一苦労だった。それこそ転倒したら終わりである。
だが慣れていない武器を扱う相手なら、いくら身体能力が高くても戦いようはあった。
バンブロックは持久力には自信があったからだ。
前に踏み込んで軽く攻撃を繰り出し、その後直ぐに下がるを繰り返すと、相手は重い武器を無意味に振り回すことになる。それを繰り返して行くと、執行人の動きが徐々に鈍くなってきた。
ただそうなると、執行人も簡単にはフェイントには引っ掛かってはくれなくなってきた。
そうなるとお互いに攻撃が当たらない。
時間だけが過ぎていく。
自然と観客席からは不満の声が出る。
観客達は血が舞う光景が早く見たいのである。
そこで突然角笛が鳴り響いた。
それを聞いた途端、嫌な記憶が蘇るバンブロック。
前にも聞いたことがあった角笛の音だ。
初めてのこのコロシアムでの戦いの時、ハイエナに勝ったと思ったら、角笛の音と共に新たに2匹のハイエナが現れたのを思い出したのである。
焦り出すバンブロック。
すると突然、衛兵用の出入り口が次々に開き始め、中から次々とオーク兵が列をなして現れた。そしてあっという間にバンブロックと執行人をぐるりと囲んでしまう。
そしてリーダーらしきオーク兵の掛け声に合わせ、バンブロックと執行人に対し一斉に槍が向けられた。それは良く訓練された兵士の動きだった。
とても逆らえる状況ではないと、バンブロックは悟る。
ーー決着を付けろと言う訳かよ
所詮は囚われの身である奴隷剣闘士だ。
戦わなければ意味が無い存在。
それを思い起こさせられたのである。
対戦相手の執行人もこの流れの意味を理解した様で、深く深呼吸するやバトルアックスを構え直した。
ただ、それだけでは終わらなかった。
オーク兵達が取り囲む輪を掛け声と共に、ゆっくりとだが狭めて来たのである。
そうなると嫌でも、お互いの間合いに入る事になる。
もう後ろへ下がる事も出来ない。
バンブロックは覚悟を決め、ヒーターシールドでの防御姿勢のまま、勢い良く前に出た。
その時グラディウスの刃先で地面の砂を巻き上げるのを忘れない。
恐らくこの執行人には利かないと理解した上での、目潰しという小技である。少しでも怯んでくれたらラーキーくらいな考えだ。
「これでも喰らえ!」
案の定、執行人は軽く首を曲げて砂を避けた。
しかしそこで執行人の動きに変化があった。
避けた後に少しだけだが、動きが止まったのである。普通では気が付かないかもしれないほどの瞬間だが、バンブロックはそれに気が付いた。
そして執行人は、何か言いたげにバンブロックを見る。
その一瞬の隙をバンブロックは見逃さなかった。
低い姿勢から執行人の足を切り裂く。
「ぐうっ」
堪らず片足を後ろに引く執行人。
それでも執行人は、到底無理な姿勢からでもバトルアックスを叩き込んできた。
バンブロックは盾でそれを受け流すも、一発で木製のヒーターシールドは粉々に砕ける。
だがバンブロックはヒーターシールドから直ぐに手を離し、グラディウスで執行人の腕を切り裂く。
鮮血が舞う。
観客の声が一際大きくなる。
それでも執行人の戦闘意欲は衰えない。
「まだまだ〜〜!」
そう言って、なんと片手でバトルアックスを振るう。
そこで今度はバンブロックが、一瞬だが戦いを躊躇した。
ーー人族語?
その片手で振るったバトルアックスが、周りで囲むオーク兵の一人を巻き込んだ。
おかげでバンブロックに被害はない。
バンブロックは、その巻き込まれたオーク兵を盾にして接近。
盛り上がる観客。
そこでさらに片手でダブルアックスを振るう執行人。
そこで思い掛けない事が起こった。
血で滑ったのか、はたまた片手振りがいけなかったのか、執行人はダブルアックスから手を離してしまう。
バンブロックにとって、これ程のチャンスはない。
直ぐに執行人に接近、渾身の力でグラディウスを突き出した。
執行人の腹に食い込む切先。
それをゆっくりと押し込む。
「ごふっ……」
致命傷となる一突きだ。
勝利を確信したバンブロックは、執行人の耳元で囁く。
「この命、愛する者へ捧ぐ」
その言葉を発っすると、驚いた様子で執行人が顔をバンブロックへと向けて言った。
「ま、まさか……隊長っすか……」
驚いたバンブロックは、慌ててグラディウスを引き抜く。
大歓声が闘技場に響く。
その歓声の中、崩れる様に地面に横たわる執行人。
オーク兵は負傷した仲間の処置で手一杯だ。
それを良いことに、バンブロックは執行人に走り寄り抱きかかえた。
「おい、どう言う事だ!」
すると執行人は、黒い革製品の頭巾に手を掛けながら答える。
「そ、その声……やっぱ隊長っすよね」
頭巾を自ら脱ぐ執行人。
そこにあったのは懐かしい顔。
バンブロックもドクロヘルムを脱ぎ捨てる。
「お前、ドラグ、ドラグじゃねえか……」
一瞬オーク兵達が近付こうとするが、観客席からの『とどめを刺せ』の声が上がる。すると隊長らしきオーク兵が、全員を制止させた。
試合はまだ続いているのだ。
バンブロックはさらに話し掛ける。
「何で、何でここにいるんだよ……」
質問して後悔するバンブロック。
何故ここにいるかなんてのは、聞くまでもないからだ。バンブロック同様に捕虜となり、奴隷剣闘士にされたに他ならない。
「やっぱ、隊長っすね……良かったっす……生きていて……」
そこまで会話してバンブロックは我に返って叫ぶ。
「終了のドラムを鳴らせっ!!」
オーク兵の隊長が手で合図を送ると、担当者がドラムを鳴らした。
バンブロックはドラグの腹の傷口を押さえる。
救護班が担架を持って走って来た。
その間にもドラグの顔が見る見る青ざめていく。
「ドラグ、直ぐに医務室へ行かせてやる。もう少し我慢しろ」
「さっきの、祈りの言葉……あれで分かったっす……」
「おいっ、目を瞑るな。これは命令だ、ドラグ!」
「はは、隊長……め、目の前が……真っ暗っ……すよ。俺、死ぬんすか……も、もっと長生きしたか……っす」
「馬鹿野郎っ、お前が死ぬわけねえだろ。おい? ドラグ? ドラグ!」
「死ぬ前……に、もう1度……隊長とエール……飲み、たかっ…………」
そこでドラグは目を開けたまま動かなくなった。
そして急速に肌の血色が失われていく。
やっと到着した救護班はドラグを担架に乗せ、出入り口へと消えて行く。
その後ドラグがどうなったのか、バンブロックは知る由もなかった。
ただ生きている事を信じるしかなかった。
そして気が付けば天に向かって叫んでいた。
「うおおおおおおっ〜〜!」




