10話 鎖舞
バンブロックは試合が終わり控え室に戻っていると、少数のオーク兵を連れた主人のウマッハ自らが、わざわざこのむさ苦しい部屋までやって来た。
そして興奮した口調で何か喚きながら、しきりにバンブロックの肩をバンバン叩く。
もちらんバンブロックにはその言葉は理解出来ない。ただ、かなり喜んでいるらしい事だけは分かった。
だがバンブロックにとってはどうでも良いこと。今のバンブロックは「早く何か食わせろ」の気持ちの方が強い。
少し前まではグリーンスキンを見れば殺意しかなかったのに、今ではオークを目の前にしても「早くどこかへ行ってくれ」程度の感情だ。
奴隷剣闘士という独特の集団社会の中で、バンブロックの感覚は大きく変わりつつあった。
養成所に到着すると、興奮冷めやらないウマッハが、剣闘士達の前でその興奮をぶちまけた。
バンブロックを指差しながら、剣や盾の構えを説明している。それをつまらなそうに見る他の剣闘士達の表情が、バンブロックにとってはとにかく可笑しくてたまらず、笑いを堪えるのに必死だった。
しかし、これで剣闘士ランクが上がり、食事内容も変わるかと期待したバンブロックだったが、そう簡単にランクは上がるものでは無く、ランクEのままである。
ランクを上げるには、同じランクEの中でも上位にいる剣闘士に勝たなければいけない。そして実績を積んだ後に、一つ上のランクDの下位の剣闘士との入れ替えの試合となる。そこで勝って晴れてランクDに上がれるのである。何とも道のりは険しいのであった。
ランクは上がらなかったのだが、褒美としてその日のバンブロックの夕食には、魔物の肉入りスープが付いた。
単純にバンブロックは喜んでいた。
その後もバンブロックは順調に試合に勝ち続ける。
その頃からだ。バンブロックは顔まで覆い隠す、魔物の骨で作られたヘルムを被らされるようになった。顔部分にドクロの意匠が施されたヘルムである。
嫌われている人間である事を、オーナーのウマッハとしては出来るだけ隠したいのだろう。
それに変わったマスクヘルムを被らせるのが、最近の剣闘士の流行りでもあった。
その剣闘士の人気が出ると、コロシアムでそのマスクの模造品が売れて権利金が入るのだ。
それに加えて、養成所にいる時は魔術封じの首輪はしなくなった。
これにはバンブロックも意外だった。
信頼されるようになったのかは分からないが、重苦しかった首輪が無いのは大きい。かと言って前の様に、感情剥き出しにして暴れるような事も無かった。
そもそも養成所の生活では、グリーンスキンは遠巻きにいるだけで、余程のトラブルでない限りは近付かない。大抵のトラブルは奴隷同士で収まる。
その後もバンブロックは幾つか試合をしたのだが、ランクEの相手は余りに格下だったようだ。難なく勝ち進んでいった。
それで主人のウマッハからも、ランクアップは近いと言われていた。
だがそんなバンブロックを妬ましく思う奴らもいる。
養成所でのバンブロックと同室の剣闘士、つまりランクEの寝泊まりする部屋の者達だ。
彼らから嫌がらせを受ける様になっていた。
足を出して転ばせようとしたり、支給品の私物を隠されたりした。
始めは放って置いたバンブロックだったが、徐々に内容がエスカレートしだしてウザいと思う様になると、バンブロックは動き出す。
皆が寝静まった真夜中だ。
突然ランクEの部屋が騒がしくなった。
当直のオーク兵が駆け付け、扉を勢い良く開ける。
しかし剣闘士達は毛布に包まって静かに寝ている。
それを見たオーク兵は首を傾げながらも、元居た場所へと戻って行った。
しかし実際の状況は違った。バンブロック以外の剣闘士は、感電して気を失っていたに過ぎない。
バンブロックが生意気なルームメイト達を、圧倒的な力で黙らせただけである。
ここでの上下関係は力が全てだった。
それからというものランクE剣闘士は、バンブロックに対しては服従する様になった。
□ □ □ □
ある日の事だった。
夕方近くになった頃、養成所では人の出入りが激しくなってきた。
それは主人の居住区だけでなく、剣闘士達の居住区まで及んだ。
通訳が出来るアデンの説明によると、この養成所の創立記念日だと言う。毎年この屋敷に客を呼んで盛大に祝うそうだ。
それを聞いたバンブロックは、俺には関係ないなと思っていたのだが、その考えは改めることになる。
集まった客達の前で試合をするというのだ。
それを聞いたバンブロックは、とても嫌な予感しかしなかった。
最近の自分の人気から推測するに、間違いなくその試合に参加させられるだろう。もちろん拒否出来るはずも無い。
案の定、アデンが伝言を伝えにバンブロックの所へやって来た。
「ロック、客の前で試合をしろってよ。対戦相手は魔物みたいだ」
「やっぱり俺か。それで、その魔物の種類は何だ?」
「それがまだ到着してないから俺達には分からないんだよ」
どうやら主人のウマッハしか魔物の種類は知らないらしく、さらに3日前に到着の予定だった魔物輸送が遅れていて、今日にずれ込んでいるという。
到着すれば魔物の種類も分かるという訳だ。
昼過ぎになると主人の居住区からは、笑い声や楽器の音まで聞こえるようになる。
そんな中でも剣闘士達の鍛錬は欠かさない。
バンブロックもどんな魔物が来るのかと、不安になりながらも木剣を振るっていた。
そして鍛錬場のある広場の直ぐ横に、獣車の隊列が止まる。
剣闘士らの興味津々の視線が、広場の出入り口へと注がれる。
そしてゆっくりと広場の扉が開くと、そこに現れたのは魔物では無くオーク兵に連れられた女であった。
それを見た半獣人の剣闘士達から「おお〜」とどよめきが起こる。
反対にそれ以外の剣闘士らは、全く興味なさそうである。
バンブロックはというと、その女に見覚えがあった。いつか闘技場で見た半獣人の女剣闘士だ。鎖ダガーを使う人気の剣闘士である。
ただ試合の時の革鎧で武装した格好では無く、奴隷らしい非常に簡素な服を纏った姿であった。簡単に言えば薄着である。
バンブロックは近くにいたアデンに彼女の名前を聞く。
「アデン、あの女剣闘士の名前は何ていうんだ」
「ああ、モナって言うんだ。鎖舞のモナだよ。スタイル良いし結構美人だからな、半獣人の中じゃ一番人気じゃないか」
あくまでま半獣人の中ではの話だ。
グリーンスキンや他の種族から見たら、単なる半獣人の雌だ。しかし戦い方や観客へのアピールが上手く、剣闘士としての人気はどの種族からも高い。
ちなみに人間から見ても、というよりバンブロックから見ても美人の枠に入る。
「そ、そうか……で、その人気のモナが何でここに居るんだ?」
「う〜ん、そう言えばそうだよな。もしかして人気剣闘士だから、今日の日の為にウマッハに招待されたんじゃないのか」
招待されったて事は、剣闘試合をするってことである。そうなるとこの養成所のランクCの誰かが相手をしなくてはいけない。
「なあ、アデン。お前ランクCだよな」
「ああ、そうだがそれがどうーーまさか……いや、俺が対戦する訳ないだろ。俺はランクCでもそこまで強くないぞ。やるならランクCでも上位の奴に決まってる。そう、絶対にそうだ」
アデンはモナを恐れているらしく、対戦したくは無いらしい。
確かにあの鎖ダガーは厄介だし、同じ種族の女を斬るのには躊躇いもあるのだろう。
その噂のモナが広場に入って来るや、バンブロックと目が合う。そしてどういう訳かバンブロックに近付いて来た。
鍛錬場の半獣人剣闘士らが、その動きを目で追っている。
モナがバンブロックの目の前で立ち止まる。
何故かアデンはそっと後ずさりで離れて行く。
広場中の剣闘士は、バンブロックとモナに視線を集中している。
こんな近くで薄着の女を見るのは久しぶりのバンブロックは、目のやり場に困って視線を逸らす。
そんな事などお構い無しに、モナは気軽に話し掛けてくる。
「貴様が噂の人間か。ヒマな専門家ロックだったか。私はモナだ。知らんけど」
ーーヒマじゃなくて麻痺だからな
「あ、ああ、俺はバンブ村出身のロック。よろしくな」
そしてバンブロックが手を差し出す。
するとその手をガシッと握り彼女は言った。
「ああ、こちらこそよろしく頼むぞ。まあ、知らんけどな」
ーーさっきから「知らんけど」って何?
モナは獣耳と尻尾が無ければ人間にしか見えないのだが、身体の線が細い割に筋肉はしっかりついていて、粗暴なバーバリアン的な外見でもある。
そんな見栄えで「知らんけど」と言う口癖。
余りに外見とのギャップが大きい。
そうは言ってもバンブロックにとっては、人族語が話せる人物は貴重である。色々と聞きたい事が多くある。
バンブロックは周りを見回す。
この養成所は私語は禁止であるのだが、近くのオーク兵は何も言ってこない様なので、バンブロックはそのまま会話を続ける。
「ーーモナと言ったか。人族語は何処で覚えた?」
「ああ、人族領内で生まれたからな。知らんけど、自然と喋れていたんだ」
やはりオーク兵は何も言ってこない。他の養成所から来たモナにまで「私語は禁止だ」とか強要出来ないのかもしれない。
バンブロックは話を続ける。
「そうか、会話出来る者が少なかったから嬉しいよ。それよりだな、どうして真っ先に人間である俺に挨拶をしに来たんだ」
すると驚いた顔でモナは答えた。
「何だ、貴様。知らんけど何も聞いてないのか。今日の試合は私と組んで魔物と戦うんだよ」
「はぁ? 全然聞いてないぞ。どう言う事だ」
「ほら、あれを見ろ。ちょうどその魔物が搬入されるところだ」
バンブロックはモナの指差す方向に視線を移すと、広場の扉が大きく開いて巨大な檻が運ばれて来ている最中だった。
檻の中に入っているのは、バーバリライオンと言う猛獣であった。




