1話 襲撃
木々の間からは日差しがこぼれ、野鳥が気持ち良さそうにさえずる森。シマリスが地面に落ちた木ノ実を拾い集めては頬袋に詰めていく。
ここは人族が“静寂の森”と呼ぶ地。
一見平和そうに見えるこの森に、何とも似使わない者たちがいた。
盾と剣を装備したオーク10人と、槍で武装したゴブリン20人が足早に森の中を進んでいた。
オークもゴブリンも肌が緑色をしている所から、人間は彼らを“グリーンスキン”と呼んだ。
彼らが目指すのは人間の住む村。
目的の村に近付くと、オーク指揮官は部隊を2つに展開する。
村は人の背丈の倍はある丸太柵で、周囲をぐるりと囲っていた。門は2カ所あり、どちらにも櫓が造られている。
村では彼らの襲撃に気付く様子もなく、櫓の見張りの村人は呑気に居眠りをしていた。
そこへ突然、森の中から雄叫びが上がる。
『ウラ〜!』
オーク指揮官による突撃の合図だ。
驚いた森の野鳥が一斉に空に羽ばたく。
居眠りしていた櫓の村人が、慌てて声の方向に目を向けた。
そこには剣を振り上げ突撃してくるオーク兵とゴブリン兵が映る。
櫓の上の見張りの村人が叫ぶ。
「襲撃〜! グリーンスキンが攻めて来たぞ〜!」
叫びながらも、櫓の上に設置してある警鐘を必死に打ち鳴らす。
村人達の表情が一気に変わる。
「子供は家の中へ!」
「急げ、門を閉じろ!」
「皆、武器だ、武器を取るんだっ」
倉庫から次々に槍を持ち出して行く村人。
襲撃に対しての訓練はされている様だが、動きを見る限り素人であった。
そして誰に命令される訳でもなく、真っ先に2つある北門と南門を閉鎖。
この2つしかない門を閉じさえすれば、外部からの侵入などそう簡単には出来ないと、村人の誰もがそう考えていた。
と言うのも村人達は、周囲を囲う丸太柵に対して、信頼と自信を持っていたからだ。長い月日を掛けて作った頑丈な防護壁。そう簡単には破れないと、誰もが思っていた。
しかし今回攻めて来たオークやゴブリンは、そこらの盗賊とは違う軍の正規兵である。言い換えれば、敵の砦を攻めたりするのが本職である。
北門と南門に分かれたオークとゴブリン混成部隊は、その門のすぐ近くの丸太柵に簡易的なハシゴを立て掛ける。
柵を乗り越えて来るつもりらしい。
村人達は想定していない状況に慌てふためく。村人にしたらハシゴで丸太柵を乗り越えるなど、考えもしなかったからだ。
しかし村人も必死だ。黙って見ている訳では無い。ハシゴを登って柵を越えて来たグリーンスキンを串刺しにしてやろうと、地上で槍を向けて待ち構える。
そこへ身軽なゴブリン兵がハシゴを軽々と登り、柵の上を器用に飛び跳ね移動。そして跳躍。
その素早さに村人の槍は付いていけない。お互いの槍同士がぶつかり合うだけというお粗末な結果。
そしてゴブリン兵は地面に着地。
慌てる村人。
しかしゴブリンは人間の子供位の背丈しか無く、しかも腕や足は細くて村人でも勝てる様な気さえしてくる。恐怖よりも「こいつなら勝てる」と思わしてしまう。
村人達は焦りながらも、必死にゴブリン兵に槍を突き出す。だが明らかに腰が引けている。
そんな事をしている間に、ゴブリン兵は次々に侵入。
そうなると集団の戦いに慣れていない村人は、一方的に攻められるだけだった。
グリーンスキンらは村人を圧倒した。
2カ所の櫓は真っ先に火を放たれ、苦し紛れに飛び降りて動けなくなったところで、待ち構えていたゴブリン兵に槍で刺された。
そして北門と南門は、あっと言う間に制圧された。
2つしかない門が制圧されれば、村人は逃げる手段を失くす。
こうして村人は逃げる手立てを失った。
そしてここからが本当の殺戮の始まりとなる。目に付いた人間を手当たり次第に斬り掛かっていくオーク兵とゴブリン兵。それは子供だろうが容赦しない。
そして数名の兵を門に残し、村の中を漁り始める。奴らのお目当ては食料と酒、そして金目の物。そこは人間の盗賊と代わりはなかった。
ある家屋のひとつ。一人のオーク兵が入り口の扉を外そうとするが、何かで押さえられていて中々外せない。
そこで蹴破って中に入る。
家の中にいたのは5歳位の女の子とその母親。部屋の隅で抱き合ったまま震えている。
親子の顔が恐怖に埋め尽くされる。
もはや母親は子供を抱きしめるだけで、小さな悲鳴を出すのがやっと。
そんな親子に対してオーク兵は、興味無さそうにただ剣を横に振るった。
家の中は鮮血が舞い、壁を赤く染める。
物色が終わり家からオーク兵が出て来るその表情は、戦利品に不満があるようだ。何やら舌打ちしながら懐に食料をしまう。
そして全ての家屋を物色し終えると、奴らは村に火を放った。
ただその時、一部のオーク兵の側には縄で縛った村人が何人もいた。それは全て半獣人族で人間はいない。
人間は全て殺されたのである。
そして赤く染まった村を背に、奴らは森の奥へと消えて行ったのだった。
□ □ □ □
ちょうどその頃である。人間の前哨基地にて見張り塔に付いていた兵士が、空高く立ち昇る煙を発見した。“静寂の森”の奥からだ。
かなり距離はあるが、無風に近い状態だったからそれはハッキリと確認出来た。
ここは人族の兵士達300人程が駐屯する場所。静寂の森の切れ目に建てられた堅牢な前哨基地であった。
グリーンスキンの支配地域と隣接している為、ここは前哨基地ともされていた。とは言っても、ここ数年は敵の襲撃など無く、森の中には幾つもの開拓村が切り開かれる様にもなっている。
なにせグリーンスキンの支配地域は、森の奥の山の向こう側。その山は大規模な軍隊が越えて来れるほど楽な道のりではない。この特殊な立地が開拓村の繁栄に起因していた。
グリーンスキンと戦争中だと言うのに、この森周辺だけは平和そのものである。
グリーンスキンとの戦いは、もっと東部の地域で行われているものであり、ここでは魔物や盗賊を相手にするのが兵士達の仕事だった。それで森の中に昇る煙を発見しても、部隊は動かなかった。
村には自警団が組織されていて、大抵の魔物や盗賊なら撃退出来るからだ。
だが翌日になると、また別の場所から煙が立ち昇ったのだ。そうなると偵察を出さずにはいられない。
そこでここの前哨基地の中でも問題児の集まりである、バンブロックを隊長とする、10人隊に命令が下ることになる。
バンブロック隊はひと癖ある様な者が多く、何かと問題を起こしがちで、上層部からはかなり疎まれていた。それで嫌な任務はこの部隊へ回されるという訳だ。言い方を変えるならば、全滅しても気にならない部隊。
ただしそれ相応の実績も上げていた。
それと嫌われるもう一つの理由が、半獣人族が隊の殆んどを占めているからでもある。
10人いる部隊の8人が半獣人である。
人間社会では半獣人は差別されていた。
何年か前に奴隷禁止令が出されて、奴隷からは開放された半獣人達なのだが、その影響はそう安々と消えはしない。その名残りで賃金は安く身分も低いままで、公然と社会に差別意識は残っていた。
□ □ □
「バンブロック10人隊長、偵察命令が出ています。あの煙の原因を探る任務です。部下を率いて見て来いとの命令です」
そう伝令兵に言われ、バンブロックは頭を項垂れる。
「俺達はさっき巡回から帰って来たばかりだぞ?」
「私は伝令ですので、その様な事を言われても……」
その通りである。
命令とあらば断わる訳にいかない。
嫌な任務は真っ先に自分にくるのを、バンブロックは知っている。
知っていても言い返したくなるものである。
バンブロックは渋々と準備を始めるのだった。




