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07 リリーナのお菓子を全部食べた日


 剣と剣を打ちつける音。

 鋼の悲鳴が、湿った森に刺さるように響く。


 先程まで降っていなかった雨が降ったせいで、足元はぬかるんでいて、足を取られそうになる。だが、それは相手も同じこと。空色の瞳で、目の前の男――――偽アルムが、サーシスを強い視線で睨んだ。


「(アルムと全く同じ剣の型とはな。まるで亡霊だ)」

 

 剣を握り直す。思わず、鋭い舌打ちが一つ漏れた。


「(――――()()()()()()()()()()()()。まだ私の前に現れるか、アルム)」


✴︎

 アルムの事は、かわいい弟だと思っていた。


 アルムには両親がいなかったので、リリーナの家かサーシスの家に転がり込むことが多かった。どちらの家に転がり込むのかは、まちまち。だが、二人は、三歳年上の幼馴染サーシスを、本当の兄のように慕っていた。


「ひどいのよ。アルムってば、あたしがたべようとしてたおかし、全部食べたの!」

「それは良くないな。後でアルムには言っておくよ」


「聞いてくれよサーシス〜!リリーナのやつが、俺のこと、なきむしだっていうんだ!」

「泣きながら言うなよ……。ほら、アルム、男だろ、泣くなって」


 リリーナもアルムも、お互いが喧嘩するとすぐにサーシスを頼ってきた。それが、かわいくて仕方がなかった。


 だが、そうやって彼らをかわいがる裏で、サーシスには、幼い頃から自覚的な醜さが一つあった。


 サーシスという男は、高潔にして謙虚、人間的にも優れていると、10人が聞けば、9人ぐらいはそう答える。だが、1人ぐらいは、穿った見方をした人間が、こう言うだろう。

「完璧すぎて胡散臭い。実は腹黒かったりするんじゃないの?」と。


 そして、そう口にした1人は、9人から、強い非難を受ける。そしてそれをサーシスが宥めるのだ。だが、サーシスからすれば――――()()()()()()()()()1()()に、惜しみない拍手を送ってやりたくなる。

 

✴︎


 サーシスという男は、肥大化した自尊心を完璧な仮面の下に隠している。いつからそんなものがあったかと言われれば、元からその火種は己の中に存在していたように思う。

 だが、適切に餌を与えれば飼い慣らせる猛獣だと、サーシスは己の自尊心を理解していたし、餌には基本、困っていなかった。


「サーシスはなんでもできるなあ……」

「聞いた?サーシスくん、王都の騎士を倒したんですって。まだ10歳なのに」


 人々は口々にサーシスを賞賛した。

 剣の覚えも良く、魔法も一度魔導書を読めば、大した時間もかからずに習得できた。血が滲む努力など、サーシスはしたことがない。無駄だと、そう思っていた。ある程度の努力をしているように、そう見せかけるだけ。それだけで人々は、サーシスを稀代の努力家だと誤認する。サーシスは、天才性にあぐらをかいているだけでよかった。


「サーシス、俺に……剣を教えて欲しいんだ!」


 アルムが、体よりも大きな剣を抱えながら、そう言ってくるまでは。


 遊びのつもりだった。だが、初めて、その一太刀を受けた時に、サーシスは、すぐさま認識を改めた。自分の立つ足場が崩れるのを予知するように、すぐさま、悟った。


 ――――これは、育ててはいけない才能だ。


 アルムは、剣の天才だった。

 どんななまくらを握らせても変わらない。アルム自身が、剣の才に溢れていた。

 正しく伸ばせば、サーシスをも凌ぐだろう。当時、村で一番の栄誉だった騎士試験に受かることなど、赤子の手を捻るように。もしかすると、北の最果ての魔王すらも……。サーシスの背を、冷たい汗が一筋、流れていった。


 だから、サーシスは、にっこり笑って、その才能の種を、芽吹かせないことにしたのだ。


 わざと向いていない剣の振るい方を教えた。サーシスは観察眼に優れていたので、よき師となる才があったが、それをサーシスは、反対の方向へと使ったのだ。


 だが、結局。

 サーシスが才能と小賢しさで構築した盤面など、アルムという太陽には、通じなかった。

 リリーナの母が死んだ後から、アルムは、リリーナの父からも直接師事を受けたいと言い出した。サーシスはそれを拒むことは外聞上できなかった。結局、サーシスにできたのは、「私の指導が悪かったな……すまない」と、申し訳なさそうに眉を下げることだけだった。


 アルムが才能を現し始めると、逃げるようにサーシスは、騎士になって村を出た。やがて、アルムが15歳、サーシスが18歳の時――――つまり、魔王討伐の旅に出る直前で。サーシスは、アルムにこう言ったのだ。


「私に勝てないような奴を、魔王討伐の旅に行かせるわけにはいかない」と。


 サーシスのその言葉は、弟を案じる兄の厳しくも愛に満ちたものとして捉えられた。だが、実態としては、そんなものではなかった。


「(アルムを、勇者になどしてたまるか。そんな名誉を、手に入れさせてたまるか)」


 そんなサーシスの思惑を雲に隠したまま、模擬試合が組まれた。…そこにリリーナを呼ばなかったのは、なんとなく、"結末"を己が無意識で予測していたからかもしれないと、サーシスは今になれば思う。


「……サーシス、ありがとう。ここまで俺が来れたのは、サーシスのおかげだ」


 アルムは、サーシスに初めての勝利を。

 サーシスは、人生で初めての敗北を。


 稽古場の土に、尻と手をつきながら、眼前に突きつけられる剣を見て、目の奥が赤くなるような屈辱を覚えたのを、今でも決して忘れはしない。


 アルムが現れるまでは、サーシスが、王国一の剣士だったのに、その評価は、アルムのものになった。めきめきと実力をつけたアルムは、とうとう、サーシスが唯一習得していなかった光魔法すらも、習得してしまった。


 ――――よりによって、あの忌々しいアルムは、サーシスに感謝をした。アルムの才能を潰そうとした己にだ!


 アルムのことは、かわいい弟だと思っていた――――自分の後ろを付き纏う、影であればという、条件付きで。だが、現実は違った。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。射抜くような空色の瞳に、殺意を覚えた。


✴︎


「……いや、でも、ほんと。魔王を倒せたのは、サーシスのおかげだよ」

「よせ、アルム。私は何もしていない」


 アルムという世界に愛された、世界の主人公のような男は、やがて勇者になった。魔王を倒したのも、ほぼほぼがアルムの功績といって、差し支えなかった。


 サーシスという、()()()()()()()()()()()()を与えられた男は、それを伸ばす努力をがむしゃらにするでもなく、謀略を張り巡らせる事を好んでいた。ある程度の魔物まではそれで倒せるが、魔王ともなると――――それは不可能だった。


 凱旋パレードに参加すると言って、アルムとは別れた。だが、サーシスはある程度まで参加すると、すぐに切り上げた。


 サーシスは、いつ、()()()()()()()()()を果たすか、考えていた。


 村へ続く森の中。サーシスは泉のそばのアルムの様子を横目で窺った。耳を済ませば、アルムの声が聞こえてくる。


「……いや、ほんと、サーシスもだけどさ、お前がいなきゃ、ここまで来れなかったよ…ありがとな」


 剣を研いでいるアルムが、何やらぶつぶつと喋っていた。アルムは、こうやって自身の愛剣であるボロ剣に話しかける癖があった。


「(……訳がわからんな、相変わらず。鉄は鉄だぞ)」


 話し掛ける意味があるようには、とても思えない。だが、アルムはよくそうしていた。サーシスからすれば、意味のわからない行為だった。だがもう、そんなことはどうでもいい。


「(お前の時代は終わるんだ、アルム)」


 ゆっくりと、近付く。アルムは、気配に気がついたようだった。それは想定内だ、魔王を殺した男が、サーシスの気配に気が付かないはずがない。


「あれ、サーシス?パレードに行ったんじゃなかったのか」


 それも想定内。

 というより、サーシスだと気がついてくれなければ困る。


「ああ。途中で切り上げてきた。主役のいないパレードなら、みんなもそれでいいだろう」

「またまた。俺なんかがパレード行っても、盛り上がらないって。何話すんだよ。村人だぞ俺」


 サーシスはじっと、アルムの後ろから会話をし続けたまま、アルムが剣を研ぎ終わるのを待った。剣を持った状態の勇者に挑むほど、無謀ではなかった。暫くそうして会話を交わした後、アルムが、剣を置いた。言いづらそうに、口を開く。


「あのさ、サーシス……」

「なんだ」


 努めて優しく。

 兄である自分がそうしてやっていたように、声色を作って、出した。その間にも、剣を握って、ゆっくり、アルムに近付く。横目で見れば、アルムの剣は、脇に置かれていた。焦るな。……もう少しだけ。あとほんの少し、アルムが油断するタイミングならば。


「……俺、リリーナに、告白しようと思って…」

「……ふ、ふふ。そんなことか。知っていた」


 アルムが、驚いたように振り返ろうとした。

 まさか、そう言われるとは思っていなかったのだろう。だが、リリーナをアルムが好きで。…そして、リリーナもそうであろうことなど、見れば分かることだった。


 サーシスは、アルムの首目掛けて、剣を振り下ろした。剣先は的確にアルムの首を捉えて、血が噴水のように噴き出した。アルムの指先に目をやれば、寸前でサーシスの殺意に気が付いたのか、自分の剣の柄に触れていた。


 アルムが、()()()()()()()()()()()()()という愚か極まりない特性を持っていなければ、今頃血を流していたのは、サーシスだっただろう。


 アルムは、前のめりに倒れたまま、動かなくなった。


「なあ、アルム。勇者のストーリーなんか、魔王を倒す所まで書いてあれば、充分だろう?」


 返事はない。

 当然だ。あれで生きている方が化け物だ。


「…剣の才能に恵まれて。光魔法も開花して。お前はいつも、私の先を行ったなぁ、アルム。勇者になった時は、本当に驚いた。でも、私は確信していたんだ。お前が、魔王を殺せない訳がないってな。お前は、世界の主人公なんだから。お前が殺すと言ったら、お前は魔王を殺して――――世界を救う勇者になってしまうだろうよ」


 サーシスは自分が笑みを浮かべていることに気がついた。その笑みは、ひどく歪んでいるだろうなとも、どこかで思った。


 アルムが。世界で一番、あらゆる才能に愛された――――それこそ、世界から愛された男が、魔王を殺すと言ったのなら、それが実現しないわけがない。サーシスは、ある意味で、自分を上回るアルムという男を信用していた。


「そこまでなら、見逃してやったんだがなぁ。リリーナから聞いたよ。お前、"魔王を倒したら、リリーナに話したいことがある"らしいな?」


 最後に発した声は、自分で思っていたよりも、ひどく低い声がした。


「――――私からそんなに奪っておいて、私の好きな女まで手に入れようっていうのは、流石に、強欲すぎるんじゃないか?」


 だから、勇者アルムを殺すために。

 それだけのために。

 サーシスは、魔王討伐隊に同行したのだ。魔王を倒して、安心し切った、自分を信用し切った勇者アルムを、殺すために。アルムの死体を見下ろして、サーシスは、冷たく言った。


「お前の旅はここで終わりだ、アルム」


✴︎

 殺した。

 あの時、間違いなく、サーシスはアルムを殺したのだ。才能、名声、人望、好きな女(リリーナ)……全部を奪われる前に、勇者が辿るはずだったハッピーエンドを、全て奪ってやった。


「あの森は、死体を食うハイエナが多い。お前の遺体が適当に処理さえされれば、あとは、お前は魔王と相討ちになったとでも、言うはずだったんだがなぁ……!!」


 わざわざ、騎士団の巡回ルートからも外してやった。村人は、アルムを殺したこの場所まで来る者は、殆どいない。道を外れて森の奥に入るなんて自殺行為は行わないからだ。なのに、上手くいかなかった。アルムという太陽が、いつまで経っても追いかけてくるような錯覚に襲われる。


 鋭く交差した刃が、数回打ち合った後に離れる。お互いに距離を取ったまま、サーシスは息一つ乱さないままに笑う。


「よく真似たな。アルムの型と、そっくりだ。でも、知っているか?」


 確かに、目の前の偽アルムは、戦闘経験の無い素人が見れば、アルムと寸分違わない動きをしているように見えるだろう。だが、サーシスから言わせれば、詰めが若干甘かった。


 サーシスは、笑いながら一歩踏み出した。偽アルムが、剣を構え直す。サーシスの剣が、流れるように滑らかに舞った。


「それは、本物のアルムが15歳の時に編み出した技だろう?踏み込みと同時に剣戟(けんげき)を放つシロモノだ」


 サーシスが剣を構え直した。膝をわずかに折り、踏み込みの勢いを加速させる。偽アルムは、一瞬反応に遅れた。手首の角度だけで、切先の軌道をずらす。


 剛の中に、細やかな才を織り込んだ繊細な一撃。


 偽アルムの剣先を弾くと、サーシスは、剣を思い切り振りかぶった。すんでで反応した偽アルムが、大きく後退しながら、剣を両手で支えた。

 だが。サーシスは、口に歪つな笑みを描く。


 力を何度か込めると、偽アルムが顔を歪めた。アルムを負かせているようで、サーシスの気分は高揚した。握る剣に、手応えを感じる。

 そのまま、サーシスは勢いを殺すことをせずに、力任せに、偽アルムの剣を折った。とんだなまくらだ。適当に、村にあったろくに手入れもされていない剣を持ってきたのだろう。


「こうやるんだよ。18歳の時、あいつにこうやって、初めて負かされたんだからな……!」


 剣先を、尻餅をついた偽アルムに向ける。空色の目が、苦々しそうにその剣先を見たので、サーシスは喉の奥でくつくつ笑った。


 ああ、気分がいい。


 アルムと同じ顔の亡霊。そいつが、悔しそうな顔をするのは、アルムの全てを蹂躙しているような気になれる。


 アルムの偽物と、リリーナは、そう言っていた。そして自分は、"魔王"だと、そう言ってやった。咄嗟に出た嘘にしては、よく出来ていたと、己を褒めてやりたくなる。


 とはいえ、サーシスからすれば、己が吐いた嘘は、よく出来てはいるが、笑ってしまう出来栄えだった。


 こいつが魔王?――――そんなわけがない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()に決まっている!


「人間の体を動かすのはまだ不慣れか?あぁ、それとも……」


 サーシスは、剣先を指先でなぞった。

 彼が手にしている剣は、古めかしい剣だった。柄には包帯が巻かれている。

 かなりの年季を感じさせるが、()()()()()()()()()()()()――――その抜き身の刀身は、月明かりを吸い込んだような銀色に光っている。


「かつての自分を、私の手に握られているから、力が出せないのか?」


 サーシスは、偽アルムの空色の瞳を見下ろす。こうやって、この体を見下ろすのは二回目だった。剣先を向けながら、まるで旧友にでも語りかけるような口調で、彼は言った。


「なぁ――――勇者アルムの愛剣。魔剣ベルファルク」

ようやく正体が出ました。

次回、"魔剣"の語る真相です。


もし、おっ…。と思ったら、ブクマなどしていただけると励みになります。あと六話で完結します。

続きもお楽しみいただけると嬉しいです!


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