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02 氷入りのハンバーグ


「はあ………」

「どうした、リリーナ。随分深いため息だな。悩みがあるなら聞くが」


 そうリリーナに心配そうな目を向けるのは、彼女のもう一人の幼馴染。リリーナとアルムよりも三つ年上の、彼女が兄のように慕う騎士、サーシスだ。


 客も一旦すっかり捌けて、お昼過ぎのこと。


 夕方に向けて準備をするべく、店を一度クローズにしたところで、サーシスがやってきたのだ。王都で騎士をやっている彼は、アルムの魔王討伐の旅の唯一の同行者であったこともあって、帰還後の今は騎士としても、英雄としても多忙を極めていた。


 元々騎士としても相当優秀だった彼だ。そこに勇者パーティ(と言っても、アルムとサーシスの二人だけだが)の英雄という属性が加わったなどと考えると、現状のサーシスの忙しさと来たら、とんでもないだろう。こうして顔を出してくれるのはありがたい限りである。


「ありがと。…まあ、でも、大丈夫」

「そうか?」


 サーシスは片眉を上げた。

 そんな様ですら、一枚の絵画になるようだから、美形というのは凄いなと思う。だが、悩みなど、言える訳がない。


「そうだよ!悩みがあるなら聞くぞ、リリーナ」


 朝からずっと居座っている"奴"――――偽アルムが、ぱっと顔をあげてそう言った。リリーナは、ひく、と口角が引きつるのを感じる。


 悩みは、こいつのことだ。というよりも、こいつのこと以外は特に悩みなどない。だが、言えるか!


「(「ねえサーシス、あんたが一緒に帰ってきたアルムだけど、なんかおかしくない?もしかして別人なんじゃないの?」って!?言える訳ないでしょ、冷血通り越して、頭おかしい奴になっちゃうわよ!)」


 偽アルムの方を見れば、不思議そうに首を傾げている。犬のような耳と尻尾がついて見えるその仕草がまた、完璧にアルムと同じなのが腹立たしい。リリーナ以外に、この偽アルムに疑問を持っている人は、誰一人いなかった。


 それはそうだろう、どれだけ食事の好みが変わっていようと、どこからどう見ても、目の前のこの男はアルムでしかない。剣を捨てているし、好みが変わっているから別人だ、などと言う方がどうかしている。


「こいつが朝っぱらから大した注文もせずに一生居座ってるからよ」

「俺!?」

「それは悪質だな…。王都でやるなよ、アルム。勇者が一生店に居座っているんです、みたいな通報に対応すると思うと、それだけで頭が痛い」


 サーシスがわざとらしく頭を抑える。

 偽アルムはがた、と音を立てて腰を浮かすと、憤慨をその端正な顔に載せてリリーナを指差す。


「やらないよ!っていうか、注文はしただろ!」

「まあ、してたわね。タダ飯を」

「俺払おうとしたじゃん」

「そうだっけ?覚えてないわ」

「リリーナぁ〜!!」


 こうしていると、まるで、昔三人で過ごしていた時を思い出してしまう。アルムはいつだって、よく食べて、よく笑って、よく騒ぐ奴だった。それをリリーナが呆れながらからかって、サーシスはそんな二人を、こうやって頬杖をつきながら、楽しそうに眺めているのだ。


「アルム。帰ってきたのは嬉しいが、流石にリリーナにずっと迷惑をかけるようなら、私も考えるぞ。騎士団はいつでも人手が足りないし、そろそろ働いたらどうだ」

「そうよ、あんた、ここ一週間何もしてないじゃない」

「一週間ぐらいまだ休みの範疇です〜。魔王倒したんだからそれぐらい許されます〜ぅ。というか、一年ぐらいは休んでいいだろ普通に!一生休ませろ!」

「魔王をお前と一緒に倒した私は、翌日から働いていたがな」

「サーシスは働きすぎなんだよ。休めよ!」


 二人のやりとりを尻目に、リリーナは立ち上がった。サーシスが「手伝おうか」と声をかけてきたが、大丈夫、とひとつ返事をして、キッチンへ向かった。そろそろ夜営業の準備をしておかなければ。

 それに、軽く何かお腹に入れておかないと、ぺこぺこで倒れてしまう。サーシスもお腹が空いているだろうし、食べさせてあげよう。


 リリーナは、キッチンに立った。

 水の入った大きな鍋を火にかけながら、こっそり、懐から手鏡を取り出した。小さな手鏡で、掌の上に乗せてしまえば、すっぽりと隠れるようなサイズのそれは、サーシスからの贈り物なだけあって、センスが良かった。昔、誕生日に貰って以来からの、リリーナの愛用の品だ。


 そっと、料理を作るフリをしながら、リリーナは手鏡ごしに、偽アルムの様子を観察した。


 偽アルムは、サーシスと談笑していた。

 ふざけてサーシスの肩を小突く姿なんて、本当にアルムではないかと錯覚しそうなほどだ。


 少しして、今朝から座っていた椅子に縛り付けられているのではないかと言うほど不動だった偽アルムが、おもむろに立ち上がる。


「なんだ、どこかに行くのか?」

「うん。こんだけ言われたら俺だって落ち込むからな」

「…いや、そうか、そこまでか。そこまで気にしなくても働き口なら…」

「違えよ!そこ気にしてる訳ないだろ!!まあ、一回帰るよ。じゃあな、リリーナ、サーシス」


 あれだけしつこかったのは何だったのかと言うように、偽アルムは店を出て行った。リリーナは、手鏡を閉じて、懐に仕舞い込む。


 これは、ある意味いつも通りだった。



 あの偽アルムを、リリーナはずっと観察していた。分かっていることは少ない。だが、そんな中でも明確に断言できることがある。


 ()()()()()()()()()()()()


 水分は流し込むようだが、固形物らしい固形物が出てくる時には、決まって何かと理由をつけて断るか、こうやって席を外す。


 多分、誰も見たことがないだろう。では、アルムの両親は?違和感を持つのではないか?となりそうなものだが、アルムの両親は、商人だったが、事故で大昔に――――それこそ、アルムが物心ついた頃にはもう、亡くなっている。だから、アルムにはリリーナの親が、殆ど家族同然に接してきた。一緒に住むかという話も出たが、アルム本人が「両親との思い出が詰まった家だから」と、断ったので、アルムは一人で暮らしていた。


 だから、誰か、あの偽アルムが食事をする所を見たことがある人は、他にいない。


 なんとなく、リリーナは偽アルムの正体についてあたりをつけてみたが、浮かんだ仮説は、二つだけだった。


① アルムはどこか別にいて、姿を寄せられる魔物がアルムに寄せている。

② あの体自体が本物のアルムの体で、アルムの意識は眠るか何かしている(魔物が意識を乗っ取っている)


 お湯が沸いたので、大きなキャベツを丸ごと投入した。その間に、大量に作ってあった肉だねを一掴みして、お手玉のように何度か叩いて俵形にする。今日のメインメニューであるロールキャベツを慣れた手つきで作りながら、リリーナは思案する。


「(でも、アルムよ。どっちだとしても、()()()()()()()()()魔物なんて、いるの?)」


 ……ぞっと、背筋が冷える感覚がする。いるとすれば、そんなのは。


「(………………魔王だけだわ、そんなの。でも、魔王は、アルムとサーシスが倒したはず。サーシスが言っているし、あたしだって魔王が死んだ日のあの"光"を見たわ……。実際、魔物も相当減っているみたいだし。アルムは無事なの?アルムに成り代われる強さの魔物なんて、そんなの、無事で済むの?……だめだ、考えが纏まらない。……仮にそんな魔物だったとして、あたしがアルムを取り返せるわけがない)」


 茹で上がったキャベツの芯にざっくりと包丁で切れ目を入れて、葉を剥がす。


「(……じゃあ話す?()()()()()()()()()()を、偽物だって?……最悪、普通にあたしが処刑されかねないわ)」


 手が一度、止まった。


「(……でも、アルムを助けないと。出来る出来ないじゃないわ…)」


 何をしてでもアルムを助けたい。


 なのに、出来たのはただただ、偽物への確証を深めて、その生態を考察することだけ。リリーナには圧倒的に力がない。魔物と戦えば、最弱のスライムに勝てるかどうかぐらいなのだ。


 ご飯を作るぐらいしか脳がない自分を、こんなにも恨むとは思わなかった。自分しか気が付いている人間はいない。その状況は、リリーナの精神を静かに蝕んでいた。


 リリーナはキッチンから横目で、サーシスを見た。サーシスは、結んだ自身の薄金の髪を指でくるくると弄んでいる。いつもと変わらない様子に見えた。


 サーシスは、気が付いているのだろうか。


 それでも、アルムと自分の兄のようにずっと接してくれていたサーシスならばあるいは、という思いはあった。

 だが、サーシスの立場が、リリーナを踏みとどまらせていた。サーシスは、王国の騎士だ。自分の立場もそうだが、サーシスを妙な立場に立たせるのも忍びなかった。


 ロールキャベツを煮込みながら、横で余った肉だねでハンバーグを焼いた。自分の分と、サーシスの分。二つを皿に乗せて、持っていく。


「ありがとう。悪いな、リリーナ。払うよ」

「いいって。あんたの帰る場所だと思って頂戴」


 律儀にそう言って、サーシスはリリーナが席に着くのを待ってから、ハンバーグを口に運び始めた。氷を入れて焼いたので、じゅわりと肉汁が、より一層口の中に広がって美味しかった。美味しいと、そう思えるうちはまだ大丈夫だ。


「……リリーナ、本当に、何か悩みはないのか?」

「…ないってば」


 サーシスは身を少しだけ乗り出すと、揶揄うように笑った。それから眉間に思い切り皺を寄せる。


「何よそれ」

「リリーナの真似だ。お前は昔からいつも、悩みがあると眉間に皺を思いっきり寄せる」


 思い切りどころではなく、顔のパーツを全て眉間に集めるかのような勢いだ。それでもそれなりに見えてしまうのだから、美形というのはやはり凄いものである。リリーナは思わず吹き出した。


「あたしそんな顔してる!?」

「ああ。最近はずっと。……お前は帰る場所だと言ってくれたが、私にもそうならせてくれたら嬉しいよ。何か悩みがあるなら、教えて欲しい」


 じんわりと、胸の辺りが暖かくなるような心地がした。サーシスはいつもそうだ。リリーナとアルムをよく見ていて、二人の気持ちが弱った時は、すぐに気がついてくれる。


「ありがと」

「ああ」


 食べながら、リリーナは少し考えた。大丈夫、ちゃんと味方はいる。サーシスも、アルムのことが大好きなのだから、一蹴するということはないはずだ。


 ご飯を食べ終えて、夜営業の前になると、サーシスは気を利かせて席を立った。また王都に帰らないといけないというのだから、騎士は大変な仕事だと思う。彼を村の入り口まで見送りながら、リリーナは意を決して、口を開いた。


「サーシス、あの。…悩みがあるって聞いてくれたでしょう。ずっと、気になっていることがあって…………」


 ――――その時だった。

 何かふと、視線を感じたような気がした。サーシスは気が付いていなかったから、本当に、リリーナがそれに気が付いたのは、偶然の産物と言えるものだった。


「(……何?)」


 視線を少しだけ泳がせる。


 サーシスの背中越し。


 少し離れた木陰の向こう、街頭の届かない暗がりに、"それ"がいた。何か、最初はわからなかった。よく目を凝らして、その影に気がついた途端、リリーナは、脊髄を氷の針でなぞられたような感覚に陥った。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 "それ"――――偽アルムは、まだ、リリーナが自分を見つけたことに気が付いていないようだった。この村では、一人しか持たないその色彩。王国でも最早代名詞となった銀色、希望の色、光の色。なのに、リリーナが感じるのは、心の底がじりつくような焦燥だった。

 

 表情らしい表情を、彼は、まるで浮かべていなかった。


 身動きの一つもしない様子は、まるで人形だ。

 ガラス細工のような無機質な空色の瞳が、リリーナとサーシスを、じっと見つめていた。サーシスの背中越しに様子を伺えば、リリーナはそれが、瞬きを一度たりともしていないことに気が付いて、ぞっとした。立てていた仮説が、現実味を浴びてくる。


「(あいつ、やっぱり、人間じゃないんだわ。いったい、何をしているの…?)」


 その疑問には、すぐに答えが出た。だが、その答え――――彼が立つその位置、そこから自然に視線を辿った先にあるのが、先程まで自分がいた自宅の窓だということ――に、気がつくと、リリーナは思わず、「ひっ」と声をあげそうになった。


「(――――あいつ、見てたの?帰った後から、ずっと……?)」


 サーシスが、不思議そうに首を傾けた。


「………リリーナ?」


 その言葉で、弾かれるようにリリーナは視線をサーシスに戻した。だが、依然として偽アルムは、移動する気配を見せない。完全に、会話を、現在進行形で聞かれている。


 もし、正体に気が付いたとバレたら?


 リリーナの頭を、最悪の想像が過った。だめだ。今は、話せない。話せるわけがない。……毎日あいつが店に来る理由に、得心がいった。


 偽アルムは、リリーナを監視しているのだ。

 自分の正体に気がついているのでは無いかと、疑っている。だからそれを見極めようとしている。そうとしか考えられなかった。


「……ごめん、やっぱり今じゃない!なんでもないわ」

「そうか?」


 サーシスは、少しだけ残念そうな顔をした。だがそれ以上食い下がらなかった。去っていくサーシスを見つめる。今ほどあの背中に「行かないで」と縋り付きたい時は無かった。

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