大珍宝美術展の戦い
白いノースリーブにゼッケンが染められている。
ノースリーブなので袖は分離していた。
つまり腋が丸見え仕様なのだ。
そして袖のからーは光沢を放つ素材の赤。
ブルマも光沢を放つ素材の赤。
ヒザまでとどくリブの無いハイソックスも赤。
折られた襟も赤。
白いのは肘と膝を守るパット付きのサポーターである。
橘明日香とオソロイのユニフォーム、彼女はバレーボールを小脇に抱えている。
マヤはメイドのツバキによって、指にテーピングを巻かれているところだった。
「マヤさま、警察の機動隊が配置を終えたそうですわ」
橘明日香はマヤを見下ろすように言った。
彼女の方が背が高いのである。
「ありがとう、明日香さん。ツバキさんも、もういいよ」
マヤはパイプ椅子から立ち上がる。
ツバキはすかさずスマホを取り出し、本日の写真撮影を開始した。
ハイアングル、ローアングル、前から横から後ろから。
単独のスナップ、橘明日香とのツーショット。
これでもかこれでもかと、執拗なまでに撮影を続けていた。
しかしそんな平和な風景も爆発音で吹き飛ばされた。
警官隊から悲鳴があがる。
不必要な大声や喚くような指示の声。
おかげで現場は大混乱だ。
何が起きたか? 爆発だ。
誰によるものか? 不明である。
それだけで良い、情報というものは。
なのに現場ではすでに、鬼将軍襲来ということになっていた。
発砲している者もいる。
橘明日香まで懐から拳銃を抜き出し、表へ出ようとしていた。
「どこへ行くんだい?」
「決まってますわ、鬼将軍の元ですわ!」
「鬼将軍の姿は確認したの? 奴なら必ず館内に入ってくる、それまで待っても良いんじゃないかな?」
それもそうですわねと、橘明日香は落ち着きを取り戻した。
館内の照明が落とされる。
これも鬼将軍の仕業か、と思ったが慌ててはいけない。
「警備体制を維持、持ち場を離れないで!」
マヤは懐中電灯をつけた。
いま必要なのは無駄口ではない、明かりなのだ。
照明が復旧した。
館内に光が戻ってくる。
マヤは目を見張った。
眼の前に鬼将軍がいたのだ、しかも空中浮遊して。
目の錯覚だった、奴はモーション少なく跳躍して空中で気をつけしていただけなのだ。
着地をするとお荷物は、懐からデジタルカメラを取り出し、バレーボール姿のマヤを撮影した。
「やめろよ変態」
マヤの上段足刀蹴り。
然し変態は潜り込むように回避、なおも撮影を続けた。
チョッピングライト、左のローと追い立てるが、鬼将軍には当たらない。
「それそれどうしたどうした、ちっとも当たらないではないか。ぐひ」
バックステップの鬼将軍に足をかけたのは橘明日香だった。
油断の上に慢心していた鬼将軍は、後頭部を打ち付けるほど綺麗にすっ転ぶ。
「さあ観念なさい、鬼将軍!」
橘明日香の腕ひしぎ十字固め、鬼将軍の左腕は若々しい太ももに挟まれている。
それも、大好物な赤ブルマの。
「おとなしくお縄について、それから、それから……わたくしの目の前でマヤさまと熱いベーゼを交わしなさいっ! ハァハァ……」
「さすが北関東のお嬢さま、ウチの所長が生チューを奪われるところをご所望だなんてっ! お目が高いっ!!」
「ツバキさん、いいから……」
やはりこの娘もダメだった。
勿論期待などシラミのフケほどもしていなかったが、それでも落胆はしてしまう。
「乙女よ……」
鬼将軍はむっくりと起き上がった。
橘明日香の技などものともせず。
そしてマジンのように宣言する。
「その無垢なる願い、聞き届けよう」
どこが無垢なる願いか、ヨゴレに汚れ切った願いだろう。
「しかし、これはいただけない」
左腕にからみついた橘明日香の脚をジェントルにほどいた。
「瑞々しき乙女の柔肌を、男の腕などにたやすく与えるものではない」
男の娘以外には、大変に紳士的な男だった。
男の娘以外にはまるで興味が無いからだ。
「そして断りを入れさせていただく。こうした睦事は、本来人前では慎むべきことなのだと」
お前の口から慎みなどという単語が出てくるとは思わなかったよ。
などと考えてたのがいけなかった。
鬼将軍の唇が重なってきた。
気持ち悪い感触と温度、そして湿り気だ。
のるっ……そしてヌメヌメしたものが入り込んできた。
拒絶の痙攣が全身を走る。
そして鬼将軍の口腔に漂う煙草の匂いに包まれながら、マヤの意識は遠のいていった。
翌朝の新聞には美術館での一件が一面記事で取り上げられていた。
各紙ともに、写真入りでデカデカと。
曰く『帝都の少年探偵、悪の口づけに屈する』
曰く『美少年と美中年のキスシーン、WEB上にひろがる』
曰く『お手柄少年探偵、奪われたものは唇のみ』
etcetc……。
「うん、ボクも分かっている。今さら咎めたりはしないさ。だけどSNSにあげられたスナップが、ことごとくごリッパさまに囲まれて意識を失ったボクなんだ!!」
メイドのツバキは目を逸らした。
橘明日香も目を逸らす。
そしてタルマエ警部などは顔さえ出していない。
「みんなボクをどうしたいんだ、誰か答えてくれーーっ!!」
フッ、知れたことを。
キミを独り占めしたいのさ。
悪の総裁は秘密のアジトでひとりほくそ笑んだ。