美少女、襲来
「お久しぶりです、マヤさま」
修繕したドアを破ることなく、ヘリからぶら下がり人間爆弾をかますことなく、少女は現れた。
「はて、どちらさまでしょうか?」
普段はそのようなことなどないのだが、マヤは少女のことを失念していた。
すべては怪人鬼将軍が巻き起こしてくれるゴタゴタのせいだった。
「あら、わたくしのことなどお忘れになっても構わないと? あの日あの時あの時刻、マヤさまはわたくしに将来を誓ってくださいましたのに」
絶対に嘘だ。
そんなことを誓い合うのは、愛しの鬼将軍さまだけなのだから……♡
「ツバキさん、変なナレーション入れないの」
メイドを咎める。
しかしそんな流れも少女は与してくれなかった。
「まあ、不実ですわマヤさま! わたくしというものがありながら、他所に心を移してましたのね。キーーッ!!」
「すみません、あの変態と結ばれてること前提で話を進めないでください。不快です、死にます」
「ではわたくしのことを思い出していただけましたのね!?」
「申し訳ありません、そこのところはトンと……」
「それはそうですわ、わたくしマヤさまとは初見ですので」
おう、イイ度胸じゃないかお嬢さん。
この首都東京でもちょっとは聞こえた少年探偵コトブキ・マヤをからかうとは。
お尻ペンペンじゃ済ませないよ?
少女はブロンドの華やかな髪(あくまで演出、彼女は外国人ではない)をなびかせて言った。
「帝都でも名を馳せる美少年探偵コトブキ・マヤ!! わたくしそのライバルとして名乗らせていただきますわ!」
「名乗るというのでしたらお名前をどうぞ」
そう、間抜けなことに彼女は自分の名前さえ明かしていなかったのである。
「あら、気になりますの? 気になりますわよねぇ、マヤさま! それでは名乗らせていただきますわ、北関東の雄と名高い橘土木。その一子であり御令嬢、橘明日香とはわたくしのことですわ! オーっホッホッホッホッ!!」
お嬢さま探偵を名乗りたいのか、それにしては中途半端以下の身分。
きっと人生が楽しくて仕方ないのだろう。
マヤには他人の楽しみを邪魔する趣味は無い。
「では早速事件解決に向かいますわよ!」
「どこへ?」
「もちろん事件現場ですわ!」
橘明日香の鼻息は荒い。
しかしマヤは冷製に訊く。
「どこで事件が発生してるんですか?」
「事件は会議室で起こっているのではありませんわ! 現場で起こっているものでしてよ!」
だからどこの現場だよ、とは訊かない。
そのしつもんは真摯的ではないからだ。
そしてメイドのツバキもお茶を淹れてくれた。
そしてお茶請けのクッキーが出されたとき、マヤは気がついた。
奴がいる。
鬼将軍だった。
当たり前の顔で、優雅を絵に描いたような作法で、紅茶を嗜んでいる。
「こら、そこの犯罪者」
「実に良い香りだ。ツバキくんもまた腕を上げたものだ」
「いいからボクの話を聞いてくれないか、魔人鬼将軍」
「それが私に対する愛の囁きであるのなら、いつでも準備はできているよ」
「あら、素敵なおじさま」
「はじめましてレディ、私の名は鬼将軍。悪の組織ミチノックに総裁です、そして哀しき愛の狩人……」
「まあ、ずいぶんとロマンチストなのですわね」
いや、ナニを聞いていた橘明日香。
今此奴は悪の組織とか総裁とかホザいていただろ。
こいつは歩く犯罪で事件がティーカップで紅茶を飲んでるような男なんだぞ。
「ときにレディ、不粋な質問をよろしいかな?」
「今夜のダンスの相手でしたら、空きがありますわ」
「世の中の男どもは見る目が無い、こんなに素敵なレディを一人にしておくなどとは……。ですがそれで質問は済みました」
「あら、もうよろしいんですの?」
「えぇ、実は貴女のようなレディが、私の恋人を夜会に誘うのではないかと気が気ではなかったのですよ」
「フフッ……ご安心を、ミスター。マヤさまを夜会に誘うには、あと五センチほど背丈を伸ばしていただかないと」
鬼将軍の恋人に、すぐボクを当てはめるあたりこの女、脳が腐っているんじゃなかろうか?
マヤの読みは外れてはいない、何故なら彼女もまた腐女子なのだから。
「それでおじさまはヤキモチだけでマヤさまの元へ?」
「おっといけない、これは失念していた」
鬼将軍は懐から封書を取り出し、手裏剣のように投げると壁に突き刺した。
「来週から元祖大東京大美術館で開催される、世界・大珍宝美術展において、またまたお宝をいただきに参上する! マヤ探偵には是非とも警備の任に就いていただきたい!」
「おじさま、わたくしは!?」
「うむ、麗しきレディよ。君も奮って参加するが良い!」
メイドのツバキが目を輝かせた。
「それでは所長と橘さまには、私オリジナルのバレーボールユニフォームを着せて警備させますね♡」
「気が利くな、さすが超一流のメイドだ。では諸君、さらばだーっ!」
いつの間にか庭に、ロケットカタパルトが設置されていた。
鬼将軍がコックピットに腰掛けると、ロケットは轟音と共に打ち出される。
そしてはるか上空で爆発した。
「あーーっ」という悲鳴をかすかに届けながら。