ロスからの挑戦者
その男は、羽田に降り立った。
金髪碧眼の大男、しかも胸板が分厚く、上腕も電気ポットのように太い。
陽気なアロハにチノを履いて、日本へバカンスに訪れているかのようだ。
そして男は叫んだ。
「ファッキン ジャパーン!! お前たちは大嘘つきのケツ穴野郎だぜーーっ! ミーを騙しましたねーーっ!」
一応英語で呪いの言葉を吐き出している。
「ジャパーンは『オトコの娘天国』と聞いていたのにっ、美しい少年がいないじゃないでーすかーーっ!!」
日本国は不覚にも、この男を招き入れてしまった。
「マヤくん、事件だ」
淹れられた紅茶に手をつけるより早く、タルマエ警部は口を開いた。
「お断りします、警部」
少年探偵は即座に答えた。
「どうせ鬼将軍がらみでしょう、お断りします」とも付け加えた。
「いやしかしそれがだねぇ、マヤくん。今回は鬼将軍がからんでいないんだよ」
「おや、それは意外ですねぇ」
少年探偵は態度を改める。
「じつは新宿二丁目に不穏な外国人が現れてだねぇ」
「やっぱりお断りしますね」
笑顔で拒むマヤなど気にせず、タルマエ警部は機械的に言葉を続けた。
「そのスジのお嬢さん方に、『もっと若くて可憐な男子はいないのネーーっ!?』と訊いていたそうなんだ」
「あの警部、ボクにはまったく関わりのない話ですので……」
「そこで『嬢』がついつい東京で名を馳せている、美少年探偵の話題を口走ってしまったんだ」
「なにしてくれてんのさ、その『嬢』!?」
「しかもその不穏な外国人、マヤくんの事務所。つまりココを目指しているらしい……」
そのとき爆発のような音とともに、事務所のドアが吹き飛ばされた。
入り口には、ハイレグビキニのマッチョな白人が立っていた。
「ミーの名前は、キャプテンLA!! ジャパーンにロメーンを求めてやって来ましたーーっ!!」
白人は星条旗のマントを羽織っている。
どうやら世界共通で、バカはマントを羽織りたがるようだ。
「それでキャプテン、貴方はなんのために日本へやって来てウチのドアを破壊したのですか?」
少年探偵は意志の疎通の試みた。
つまりこの時点ではまだこの白人マッチョを人間として扱っていた。
キャプテンの「OH……ビューティホー……」というため息まじりの言葉を、耳にするまでは。
「OH……ビューティホー……素晴らしいデース! さすがジャパン、ユーは『男の娘』デースねー!!」
「は?」
マヤは混乱した。
ウブな少年探偵の辞書に、男の娘という文字も概念も存在しないからだ。
するとパンツ一丁のマッチョマンは、櫛で髪型を整え始めた。
「ハイ、ビューティホー・ボーイ。お近づきのしるしに、今夜ミーとディナーでもいかがデースかー? もちろん夜景の見えるホッテールで……一晩……」
とりあえず撃った。
その方が世のため人のためだと感じたからだ。
そしてこの男から、鬼将軍と同じ匂いを感じたからだ。
そしてこの男もまた、死ぬことはなかった。
「HAHAHAHAHA!! ワルサーの小型拳銃デースかー、可愛らしいデースねー! ですが鋼の肉体には通じませーん!」
「それではお客さま、コルトの45口径ではいかがでしょう?」
メイドのツバキが抜いた。
そして撃った。
マッチョマンは仰向けに倒れる、しかし頭を振ってすぐに起き上がってきた。
「OH、レディ……それはちょっと効きましたねー……」
やっぱり死なないのか、一応眉間からドクドクと流血はしているが。
もはやこの手の生き物に、死を望むのは無理なのだろうか?
マヤは諦めそうになる。
「あの、ツバキさん。メイドの拳銃所持は警察で認めていないのだが……」
タルマエ警部が不粋なことを言う。
「タルマエ警部、件の外国人というのは彼のことですか?」
「うん、タッチの差でコンタクトを許してしまったね」
「ウチも鬼将軍だけで手一杯なんですから、こうした手合いは入国させないでもらいたいのですが」
「OHマヤ、マイ・スイート。どうして私の愛を拒むのですかー?」
「ウチの所長には、すでに決まった殿方がいるからです!!」
「こら待てツバキさん、なにを言う」
不穏なことは口走らないでもらいたかったが、遅かった。
ヘリの音だ。
不快な高笑いも聴こえてくる。
「ジーザス……」とマッチョはもらした。
見たくもなかったが、一応窓の外に目をやる。
ヘリから縄梯子、それに掴まる純白のタキシード男。
黒いマントをなびかせて、真っ赤な花束を片手にした鬼将軍だった。
「わかりますか、アメリカの変態さん。変態というなら、我々日本こそが本家本元! 確かにかつてはLAこそが変態の都だったでしょうが、それは一部趣味人の話、私たち日本人は国民の一人ひとりにいたるまで、全員が変態なんです!!」
いやボクまで巻き込まないで欲しいなぁ、ツバキさん。
少年探偵は心の中で切に願った。
そして願いというものは、叶わないものである。