世界秘宝美術展のたたかい
またしても面倒事だ。
いつものコトブキ・マヤ探偵事務所、いつもの依頼人タルマエ警部。
そして今回は、美術館で開催される『世界秘宝美術展』が標的らしい。
「ということでね、マヤくん……」
「お断りします」
即断即決、少年探偵はピシャリと言った。
「だがねぇマヤくん、警察署に予告状が届いてしまってマヤくんを指名しとるんだよ……」
「なんでボクなんですかっ!?」
「そりゃまぁ、聞きたいかね?」
「一応、うかがいましょう」
「予告状を叩きつけてきたのが、鬼将軍だからだよ」
「聞くんじゃありませんでした……」
警部は予告状の実物を差し出してきた。
予告状
此度大エド美術館にて開催される『世界秘宝美術展』において、もっとも価値あるお宝をいただきに参上する! なお当該警備任務には、噂の少年探偵コトブキ・マヤ氏を任じられたい。
悪の秘密結社 ミチノック総裁 鬼将軍
追伸 なおコトブキ氏が任を拒否するというのなら、先日撮影した少年探偵女装写真をweb上に拡散するので、御考慮を。
「そこに添付されていたのが、こちらの写真でね……ハァハァ……」
見ればブルマ姿で磔にされた自分(気絶中)が、高級食材のマツタケを咥えさせられている写真だった。
しかも表現は、どこか恍惚としている。
さらには鬼将軍が顔を近づけ、いままさに唇と唇が触れ合いそうなスナップまで見せられた。
「ハァハァ……た、タルマエ警部。大切な証拠写真ではありますが、焼き増しをお願いできますか?」
「ツバキさん、そう簡単にはいかないよ。これは希少価値があるのだから……ハァハァ……」
「お金ですね、お金が解決するんでしょうっ! いくらですかっ!?」
少年探偵を取り巻く大人たちは、汚れ切っていた……。
「で、警察が民間人を楯にするというのは問題だと思うのですが……」
「そうは言ってもだねマヤくん、ミチノックメキシコ支社がアメリカに牙を剥くぞとか、モンゴル支社に蜂起させるぞとか言われたら、内閣だってキミに依頼してくるよ?」
内閣まで敵に回ってしまう……少年探偵には承諾しか道は残されていなかった……。
まったく気乗りしておらず、大変に不本意ではあるのだが、世界秘宝美術展会場。
深夜ではあるが警官隊が物々しい雰囲気で建物を取り囲んでいる。
もちろん展示品のひとつひとつにも、貼り付くようにして警察官が配置されている。
少年探偵は会場内を巡視して回った。
どこにも隙は無い、万全の警備体制であった。
しかし、敵は変態だ。
少年探偵は気を引き締める。
どんな手段を用いて目的を果たすかわからない。
時計の針が、予告時間を指した。
そのときである。
表に配置された警官隊がにわかに騒ぎ始めた。
一様に空を指さしている。
マヤ少年も外に出て空を見上げた。
漆黒の夜空、街の灯りに薄っすらと、巨大な飛行物体が現れた。
ガスを浮力とする飛行船だ。
そのキャビンからは縄梯子が垂らされ、人間が掴まっているのが見えた。
漆黒のマント、真っ白なスーツ。
そして無駄な高笑い。
鬼将軍だった。
「警官隊のみなさん、撃っちゃってください。ボクも撃ちます」
マヤは抜き出した自動拳銃を撃った。
警官隊もここぞとばかりに連射する。
「うおっ、危ないではないかバカモノーーッ!!」
万が一、飛行船に命中したら大惨事だ。
しかしマヤは、大惨事よりも鬼将軍射殺を優先した。
「おのれ、かくなる上はっ……!」
鬼将軍は火花を散らす球体を取り出した。
クラシカルな見た目だが、爆弾である。
それを次から次へと放り投げる。
爆発、また爆発。
尻に火がついた警官隊が逃げ惑う。
「どこからそんなもの取り出した、鬼将軍っ! 常識をわきまえろーーっ!!」
覆いかぶさった警官を跳ね除けて、マヤは怒りを口にした。
相手が変態だということも忘れて、常識を口にしてしまう。
「さすが少年探偵、この爆発でも死なないタフネス! ホメてくれよう!」
屈辱だった、変態にホメられるなど生涯の屈辱でしかなかった。
が、その変態は縄梯子から飛び降りる。
あの高さから飛び降りて死なないとは、お前のタフネスもデタラメだろう。
苦情を申し立てたかったが、止めにした。
会話するだけで変態が感染しそうだったからだ。
そしてヤツが眼の前に立つ。
「私の名は鬼将軍、悪の組織ミチノックの総裁だ」
言われなくても分かっている。
こんな変態、この世に二人も三人もいられたら困る。
「それでは少年探偵、世界の宝を奪わせていただくぞ」
「そうはいかないぞ、今夜こそお前を捕まえてやる!」
いきり立つ少年探偵に、鬼将軍は甘いKiss。
甘く優しいキスをひとつ……。
少年探偵は力なく崩れ落ちた。
「ハート泥棒キス泥棒、この鬼将軍が世界の宝をいただいたっ! さらばだーーっ!」
軽くひと飛び、鬼将軍は縄梯子に掴まると、夜の闇へと紛れていった。
恍惚とした瞳で飛行船を見送る、マヤ少年を残して……。
「で?」
マヤは不機嫌そうな声で問いただした。
「なぜあの夜のことが、ネットで拡散されてるんですか?」
メイドのツバキもタルマエですも、マヤから視線を逸らした。
「ワシは何も知らない。鬼将軍が勝手にやったのだろう?」
「私も何も知りません。所長は私だけの宝物ですから」
二人の目は、面白いほどに泳いでいる。
マヤは深く重たいため息をひとつ、そして呪いの眼差しを二人に向ける。
「いいですか、ボクはもう二度と鬼将軍を受け持ちませんからねっ!!」
「とか言って、愛しいダーリンとの逢瀬をたのしみにしとるクセに」
「警部、今日の所長は黒いハイソックスなんですよ、初めてダーリンと出会ったあの夜のソックスです♡」
少年探偵は叫んだ。
変態は今すぐ地球上から滅びてしまえと。
その願いが成就した日には、今屋自分も滅びてしまうことも知らずに。