失踪事件、解決編
そのときメイドのツバキがドアを押し破る勢いで飛び込んできた。
「そこまでです、悪党めっ!」
銃声四発、マヤを戒めていた枷が破壊される。
倒れ込むマヤを警部が支えた。
「おのれ無粋なメイドめ、どこから拳銃など!」
「これは警部の拳銃です!」
「なに勝手に撃ってくれてんのよ!?」
警部の苦情は無視して、メイドはスカートの中から別の拳銃を放った。
「所長、しっかりしてください!」
「ああ、ツバキくん。もう大丈夫さ!」
「なんの、好きにはさせんぞ! 出会え、出会え出会えっ!」
悪の総裁の言葉に戦闘員たちが押し込んできた。
ブルマー少年探偵は天井に向かって威嚇射撃。
戦闘員たちは踵を返して去って行った。
「所長、鬼将軍は!?」
「しまった、逃げられたかっ!!」
悪のアジトは、すでにもぬけの殻であった。
「まだ遠くへは行っていないはずだ、追うぞツバキさん!」
「車は表に停めてあります、所長!」
「でかしたぞ、ツバキさん!!」
廃ビルを出ると、葉巻型のスポーツカーが停めてあった。
古のグランプリレースに登場しそうなスタイルである。
前後に分かれたツーシーターだ。
前席にマヤが飛び乗り、スカートを押さえたツバキが後部座席に飛び乗った。
拳銃といいスポーツカーといい、現代の若者が卒倒しそうなアイテムが目白押しだが、少年探偵とはこういったものなのだ。
エンジンスタート、スポーツカーは息を吹き返す。
蹴飛ばされたような加速で、マシンは銀の矢になった。
幌を被せたトラックに、すぐさま追いつく。
荷台から全身黒タイツがはみ出していた。
「ツバキさん、あれだ!」
「衝撃、Bボタンを押してください!」
「ポチッとな……あひやひゃひゃっ! な、なんだこれはツバキさん!?」
「いつブルマ姿の所長が乗っても良いように、くすぐりマシーンを装備しておきました!!」
「今すぐ止めなさい! そして外しておきなさいっ!」
「それでは所長、Cボタンを押してください!」
「今度はセクハラ・マシーンが発動するとか、無いよね?」
「チッ……」
「女の子が舌打ちしないの、というか犯人逮捕に必要な装備は無いのかい?」
「そうだ、私が背後から直接所長にセクハラすれば良いんだ!!」
「だーかーらーっ!!」
ツバキのお戯れ中、サイドミラーに真っ赤な回転灯が飛び込んできた。
後方からスピーカー越しの声が届く。
「前方を蛇行するグランプリマシン、しっかり走りなさい! っつーかツバキくん、運転手にセクハラしてんだろっ!! 今すぐやめなさい!」
タルマエ警部だ。
パトカーを呼んで追跡してきたようだ。
そして彼の声は、悪党鬼将軍の耳にも届いたようだ。
幌トラックが面舵反転。
転身して来た道を戻ってきたのだ。
「私の花嫁にセクハラとは良い度胸だ! 直々に手打ちにしてくれる、そこへっ! そこへ直れっ!」
世にもバカバカしい鬼将軍の叫びも迫ってくる。
「よしマヤくん、あの変質者を自慢のピストルで撃ってしまえ! かまわん、私が許可するっ!」
タルマエ警部までとち狂ったことを喚きだした。
もちろんブルマ少年探偵に、発砲の意志は無い。
が、助手は撃つ気満々であった。
というかどこからか持ち出した大型リボルバー拳銃を、すでに構えている。
銃声三発、幌トラックはコマのように回転。
アスファルトの上を滑るようにして、消火栓をヘシ折った。
消防用水が降り注ぐが、メイドがオープンカーに幌をかけてくれる。
その間に鬼将軍と黒タイツたちは車を離れ、商業ビルへと駆け込んだ。
「ハーッハッハッハッハッ!! また会おうではないか、愛しき少年探偵よ! 私の唇が忘れられなければ、なんどでも追いかけてくるが良い! さらばだーっ!」
商業ビルの屋上から、飛行船が飛び立って行くのを見送った。
つまり少年ブルマ探偵は、あいつをもう追いかけたくなくなっていた。
あまりにも変態だったからだ……。
後日……。
一等地に建つ大邸宅、コトブキ・マヤ探偵事務所。
豪奢な応接室で、少年探偵は苛立たし気に組んだ脚の足首だけを振っていた。
今日は黒いハイソックスだった。
「で、タルマエ警部。ボクはボクなりに鬼将軍という男を調べてみたんですが……」
テーブルを挟んで縮こまるタルマエ警部は、なんとも居心地が悪そうだった。
何故なら少年探偵がジットリと湿り気を帯びた眼差しを送っているからだ。
「悪の組織ミチノック総裁、鬼将軍。本名は水樹隆士というようですね。国内トップクラス……どころか世界に名だたる複合企業体の会長、独身。複合企業体ミチノックは世界に手を伸ばし、途上国に至っては種幹産業となるほどに根を張っている。しかもその途上国というのがゴキゲンですね。メキシコに台湾にモンゴル東南アジア。南米各国にも手を伸ばして、さらには旧ソヴィエト連邦の属国だった国々も手中に納めている。いやはや、世界を敵に回す気ですか、あの男は?」
「ど、どういうことかなマヤくん……」
「日本の大企業が大国に支社を置くこと無く、むしろ反抗的な周辺地域を開発する。いや、事実以上に大国首脳たちがこの鬼将軍を要注意人物としてマークしてるらしいじゃないですか」
「さて、そんなこともあったかな?」
「一説にはこの鬼将軍、海外渡航を禁止されてるとかなんとか……」
「まあ、要注意人物ならあり得ることかな」
「ところが日本はこの男を野放し、そりゃそうだ。外交の切り札にも使えるんだから」
「話が大きくなると一介の警察官では返答しかねるのだけど」
「いや、各国首脳は鬼将軍を取り締まれとは言えませんね。どんな報復をされるかわからないから。ウワサではアメリカの商人大統領は、むしろ積極的に鬼将軍と接点を持ちたいとか……」
「マヤくん、とにかく警察としては鬼将軍をキミに一任しているんだ。分かってくれるね?」
辛そうな顔だった。
それは少年探偵も同じであった。
世界が注目する変態を、追跡しなければならないのだから。
メイドのツバキが写真立てをテーブルに置いた。
ブルマ姿のマヤが写された写真が飾られていた。
少年探偵は深くうなだれ、メイドは上機嫌であった。