失踪事件、対決編
警察と助手メイドの見守る中、女装少年探偵が連続誘拐犯との接触に成功。
しかし女装少年探偵は黒マントの中に取り込まれてしまった。
以上、前回のあらすじ。
時間を少し遡る。
女装マヤの前に、黒マントの男が現れた。
咄嗟に身構えるが、抱擁されるかのようにマントの中へ包みこまれた。
「放せっ、さてはお前が連続失踪事件の犯人だなっ!?」
「美しい……少女の潔さを瞳に宿した、君は美しい……」
「何を言ってるんだ、ボクは男だぞっ!」
「なにかを美しいと思ったら美しいと言うさ、後ろ指をさされても!」
少年探偵はもがいた。
しかし男のハグからは逃れられない。
「何が目的でこんなマネをしている!? 答えろっ!!」
「私の名は鬼将軍。悪の組織ミチノックの総裁だ……。そして悲しき愛の巡礼でもある」
「なに訳のわからないこと言ってるのさ」
「知りたいのだろ? 私が少女たちの心と唇を奪う理由を……」
ズバリ確信を突いてきた。
「言ったではないか、私は愛の巡礼だと。しかしそんな旅路も、もう終わりだ。永遠の誓いを立てるべき者に、巡り会えたのだ」
「なにっ、どういうことだっ!!」
「我が花嫁よ」
鬼将軍がアゴをつまんできた、あごクイだ。
まさか、この体勢は……少年探偵の常識が崩壊してゆく。
「永遠の誓いを、ここに立てよう」
熱いキスであった。
男同士というのもあるが、唇を割って何かが入り込んでくる。
そのどちらも、少年にとっては衝撃であった。
そして……上手い……。
タルマエ警部がうなる。
「ぬうっ、マヤくんがマントに取り込まれてしまったぞ! これでは黒のハイソックスに彩られたふくらはぎと、真っ赤なバスケットシューズしか見えないではないかっ!!」
「落ちついてください、タルマエ警部。むしろマントの向こうでもがいている所長を想像できて、私ははかどります! ハァハァ……」
「うむ、赤いバスケットシューズが抵抗を表現しているがしかし……プルプルと震えてるぞ!?」
「えぇ、マントの向こう側ではハートマークが飛び交ってますが、ナニが起こってるんでしょうね……ハァハァ……♡」
「む、踵が浮いて強く脚を突っ張っているな?」
「所長にとって衝撃的なナニかが起きたんでしょうね♡ とか言ってる間に、クッタリとしたみたいです……ハァハァ……」
黒マントの帷が解かれた。
長身痩躯、真っ白なタキシードの美男があらわれる。
メガネのインテリ面だ、年の頃は三十路半ばといったところか。
男は意識を手離した女装少年探偵を抱いている。
そして漆黒のマントを翻すなり、夜の闇へと溶け込んでしまった。
「……しまった、さらわれたか!」
「ご心配なくタルマエ警部、こんなこともあろうかと所長の体内には発信機を仕込んでありました!」
「でかしたぞ、ツバキさん! 早速追跡だ!!」
たどり着いたのは、廃ビル。
主を失って数年は経つ。
「どうやら所長は地下のようです」
スマホを眺めながら、メイドのツバキが言う。
そばの扉をタルマエ警部が引く、カギはかかっていない。
そして階段は地下へと通じている。
お互いに目配せして、警部から先に階段をおりてゆく。
地下通路を歩き、灯りのもれる扉をみつけた。
メイドのツバキも「ここです」と告げた。
ドアは薄く開いていた。
タルマエ警部が目を寄せる。
メイドのツバキも覗き込んだ。
「マヤくんが磔にされてるな」
「しかも体操服に赤ブルマー姿です♡ ハァハァ……」
それも十字架磔ではない、両手足を広げたX磔である。
「まだ意識はないようだね」
「はい、ご飯三杯はいけそうな表情で失神してます♡」
そして全身黒タイツの男たちが立ち回っている。
そこへ、あの黒マントが入室してきた。
全身黒タイツたちは、ナチスドイツのように片手をあげて敬礼した。
黒マントの男が訊く。
「麗しき恋人は、まだお目覚めではないかな?」
「総裁の秘技『甘い口づけ』がまだ効いているようです」
「ということは、初めての唇を奪ってしまったかもしれないな……フフッ……」
メイドのツバキは瞳を輝かせた。
「聞きましたか警察、所長ってばあの男にキスされたみたいですよ! 見たかったなぁ……」
「ツバキさん、君はそういう趣味だったのかね?」
「あ、所長が目を覚まします」
腐なのかそうでないのか、その質問にメイドは答えなかった。
んっ……うっ……とブルマー少年探偵は目を覚ました。
「こ、ここはどこだっ!? ボクをどうするつもりだっ!」
「覚えていないかね我が花嫁よ……ここで私と黄身は、永遠の愛を誓い合うのだ……」
「永遠の愛って貴様、ボクは男だって言ってるだろ!」
「知っている、その花嫁衣装に着替えさせるとき、生えてることを確認した」
「ボクにはお前がナニ言ってんだか、もう分からないよ……」
「忘れたのかね、マヤくん。私たちの甘いキスを……」
「なにが甘いキスだ、ボクは男だぞ! それに探偵だ、悪には屈しないぞ!」
体操服に赤ブルマーで拘束されていては、あまりに説得力の無いセリフだった。
「しかしだね、麗しの少年探偵くん。君の初めては私が奪ったという事実に、変わりは無いのだよ」
「くそっ、男同士でなに言ってんだ! 嬉しそうにするなバカ! ウインクするな、投げキッスもいらない!」
少年探偵はもがくがしかし、手足の枷は外れない。
「暴れるのは構わないが、枷が外れたとしてどうするのかね? 多勢に無勢なのだぞ……」
鬼将軍と名乗った男は、少年探偵に歩み寄る。
そしてアゴ先をつまんで持ち上げた。
あごクイの体勢だが、それだけで少年探偵の瞳は輝きを失った。
そして鬼将軍の唇が迫る、少年探偵の唇に……。
「あ……おじさま……ぃやぁ……」
天使の囁きが、力無く漏れ出た。