現れた魔人
失踪事件、発生。
終電が過ぎても塾から娘が帰らない連絡もつかない、行方もわからない。
その身を案じて、父親は警察に通報した。
最近このような事件が、立て続けに発生しているのだ。
そして少女たちは決まって翌朝には、登校あるいは帰宅する。
何故か体操服に真っ赤なブルマーという姿で。
そして誘拐されていた間の記憶は無く、ただ夢見るような瞳で虚ろな一日を過ごすのであった。
「ということでねぇコトブキくん、警察としてもホトホト手を焼いているんだよ」
マリネ区警察署、捜査課タルマエ警部は困り果てていた。
そして眼の前で話を聞く少年に懇願の眼差しを向ける。
少年はブレザーにネクタイ、ショートパンツに白いハイソックスという典型的な服装であった。
もちろん美形である。
一部の隙も無い、クソ真面目を絵に描いたような美少年だ。
きっちりとセットした髪、引き締まった理性的な口元。
だが清潔な女の子と見紛う容姿であった。
胸のネームプレートには、コトブキ・マヤ 探偵事務所所長とある。
そしてその傍らには長身のメイドさんが控えていた。
お姉さんキャラだ。
長身ではあるが童顔、そしてナイスバデー。
棺桶に片脚突っ込んだジジイでも、むしゃぶりつきたくなる甘々な極上品である。
メイドさんが出してくれたティーカップをソーサーに置いて、マヤ探偵は口を開く。
「そうした事件でしたらボクなんかより、お得意の科学捜査と人海戦術の方が向いてるんじゃないんですか?」
天使のように中性的な声だ。
「それがどうにもお手上げだから君に頼んでるんだよ」
「……つまり高い変態性を感じるから、ボクに押し付けよう、と?」
「君は変態事件に実績があるからねぇ」
痛いところを突かれた、マヤ探偵は小さく眉をしかめる。
週刊アリス盗撮事件。
二丁目女子(自称)スカウト事件。
「亜美飛んじゃう」事件。
いずれもマヤ探偵が解決した事件だ。
しかも詳細を思い出したくもないような、変態性事件であった。
そして警察が扱いたくない変態事件、そんな依頼ばかりがこの探偵事務所には舞い込んでくる。
「わかりました、引き受けましょう」
仕方なし、という雰囲気で少年探偵は立ちあがった。
おお、やってくれるかね。喜色を浮かべて警部は捜査資料を手渡す。
そして厄介を押し付けた者のごとく、そそくさと立ち去った。
美貌の少年探偵は資料に目を通した。
犯行現場と被害者の詳細である。
「見事なまでに女の子、それも可愛らしい中学生ばかりですね〜……」
背後から資料をのぞき込むメイドさんがもらす。
「こんな可愛らしい女の子たちが、夜中出歩いてブルマーで帰ってくるんですか……?」
「明らかに不自然だよね、ツバキさん」
「もしかして、だれかが女の子たちを拐ってブルマーに着せ替えてるとか?」
「ツバキくん、それじゃあ犯人はおかしなヤツじゃないか」
「だから警察が依頼に来たのでは?」
マヤ探偵はひらめいた。
「もしかして、誰かによる誘拐事件?」
「ですがそれでしたら、私にアイデアがありますよ♪」
早速作戦は開始された。
女子中学生だ、小柄ではあるがどこからどう見ても。
ブレザージャケットに真っ赤な蝶ネクタイ。
真っ白なブラウスに黄色いニットのベスト。
チェックのスカートは丈が短いが、校則の範囲内である。
長い脚を黒いハイソックスが覆い、赤い布製のバスケットシューズが足首を隠す。
生真面目に分けた真っ黒な髪と、涼しい瞳。
女装姿の少年探偵コトブキ・マヤである。
そして助手兼メイドのツバキとタルマエ警部は、物陰から女装少年探偵を見守っていた。
「ツバキさん、こんな罠で本当に犯人が釣られるかね?」
「釣られますとも、タルマエ警部。私なら絶対に入れ食いです、ハァハァ……」
「息を荒げないの、仕事中ですよ……ハァハァ……」
「警部、ウチの所長ですよ。勝手に息を荒げないでください……ハァハァ……」
二人で性癖をこじらせているその瞬間であった。
女装少年探偵が灯りまたたく児童公園にさしかかる。
そのすべり台の傍ら、漆黒よりも黒い影……黒マントの男が現れた。
「ハァハァハァハァ……」
「ハァハァハァハァ……」
二人の見守り手は、ただの役立たずに堕ちていた。
「少女よ、月も恥じらい身を隠すほどに美しき少女よ……」
影は女装少年探偵に呼びかけた。
深いヴァリトン、いわゆるイケボである。
女装少年探偵は足を止めた。
密かに身構える。
しかしその折れそうな身体ごと、漆黒のマントは覆い隠してしまった。