7.失った家族と今の家族と新しい家族
翌日、私は纏めた荷物を手にして店先に立ちました。
既に街の人達への挨拶は終わっています。皆、私が貴族だという事に驚いていたものの「良かったな」と背中を押してくれました。中には「言われてみれば、気品があるな」なんて言う人もいて、笑ってしまいましたけど。ありますかね、私に気品が。
カフェの前で王子の迎えを待っていると、あの豪華な馬車が見えました。あぁ、王子自ら伯爵家まで送ってくれるそうです。初対面の人達に会うのに、見知った人がいてくれるのは心強いですね。そうでした、王子は昔から気遣いの出来る人でした。
私は店長と女将さんに向き直ります。
「今まで、お世話になりました。父が死んでから、お二人は私の家族でした。本当に、ありがとうございました」
「アニータちゃんは、これからも俺達の家族だよ。いいか、困った事や嫌な事があれば直ぐに言いに来るんだぞ」
「そうよ。もし何かあったら、いつでも戻ってきなさいね。それから、身体には気を付けて過ごすんだよ」
「はい、ありがとうございます。お二人も、お元気で」
涙ぐみながら温かい言葉と笑顔で送り出してくれる二人に、私の視界も潤みました。
「では、行こうか」
いつの間にか到着して、馬車から降りてきた王子が手を差し出しています。
私は躊躇いながらも、その手を取って馬車に乗り込みました。これからの未来に期待と不安を乗せて。
伯爵家に着いて、その敷地の大きさと品格の高さに驚きました。
母の実家であるルヒェン伯爵家は、伯爵位の中でも上の方に位置していると聞いてはいましたが、これ程とは!
屋敷では私のお祖父様とお祖母様に、母の弟夫妻、その子どもが出迎えていました。そうです。親族はいないと思っていた私には、祖父母と叔父夫婦、従兄がいたのです。皆、笑顔で迎い入れてくれました。その笑顔には裏があるかもしれませんが、あからさまな嫌悪は感じません。むしろ好意的に見えます。これなら大丈夫でしょうか?
それから祖父母達は、どれほど母の事を後悔しているのか話してくれました。連絡はつかずとも、どこかで元気に暮らしていると思っていたと。だから今度、一緒に母の墓をお参りする事にしました。母は家出するように駆け落ちしましたが、それでも家族に愛されていたのです。何だか、胸が温かくなりました。
その後、私の部屋だと案内されて、その豪華さに目を丸くしていると王子が小さく笑っていました。仕方ないでしょう。今まで平民の暮らしをしていたんですから。
そうして王子は、私が伯爵家に受け入れられている様子を見届けて“安心した”と帰っていきました。
その後は怒涛のような日々でした。
伯爵家の皆さんは本当に良い人達で、私を平民だと蔑むことなく、むしろ温かく見守ってくれています。平民暮らしだった私は、貴族の暮らしに馴染めるか心配だったんですけど、意外と問題なく過ごせました。
王子に「貴族のマナーとか教養とか知らないんですけど」と不安を零せば「アニータなら大丈夫だよ。それに伯爵は家庭教師をつけてくれると言っていたから、これから学べばいい」と励まされました。
王子が言う通り、複数人の家庭教師がつきました。けれど、その殆どが「これ以上、教える事はない」と言ったのです。
特に、お茶の飲み方は美しいと褒められたぐらいなのですけど、それは王子を真似していたおかげですね。学力については、王子が持ってきた本のおかげでした。マナーや所作については実践経験が足りないので、まだまだ学ばなければなりませんが、ダンスは問題ないと言うのです。それも、また王子のおかげでした。もしや王子は、こうなる事が分かっていたのですか?
伯爵家に来てから5日間、王子は毎日訪ねてきました。
第三王子って忙しくないんですかね? 暇なんですか? あ、相変わらず自由にさせてもらっていると。なるほど。
「今日はアニータに贈物があるんだ」
「贈物ですか?」
「うん。気に入ってもらえると嬉しいんだけど」
王子の言葉にハインリヒが指示すると、箱を持った人が数人ほど部屋に現れました。それを受け取ったメイドが、箱を開けて見せてくれます。なんと中身はドレスと靴とアクセサリー、要はトータルコーディネート一式でした。それは、まぁ大層綺麗でキラキラと輝いています。
「あの、これは?」
「今度のパーティーに着て欲しいんだ」
「今度のパーティー?」
「言っただろう。僕の成人を祝うパーティーがあるって」
確かに、そう言っていましたね。自分が貴族の血を引いていると分かり、伯爵家へ迎えられてと色々ありすぎて、すっかり忘れていました。
「そこで、アニータのデビュタントを行うんだよ。あ、もちろんエスコートは僕がするから安心してね」
「そうなんですか」
そういえば貴族にはデビュタントを行う事によって、正式に成人と認められるんでしたね。
「ちなみに、そのパーティーは明後日だから」
「はい?!?!」
ちょ、ちょっと待ってください。明後日?! 急すぎません?? いえ、元から予定されていた訳ですから、私が知るのが遅すぎませんか??
「ずっと僕が傍にいるから、不安に思うことはないよ?」
「そういう問題ではなくてですね。ほら、心の準備とかがあるじゃないですか」
「むしろ長いこと緊張を感じるよりは、間際に知る方が精神的な負担は少ないと思ったんだけど」
あー、確かに。その考え方もありますけど。けども! いや、もうどっちが良かったのかは分かりませんけど! うぅ、頭が痛い。