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6.まさかの貴族の血を引いていました

それから数ヵ月、王子とのダンスの練習は続きました。


ステップとやらも覚えまして順調です。ですが、下を見ていたら顔を上げるように言われました。その結果、何度か王子の足を踏んでしまうという失態を犯す羽目に! 王子は笑って許してくれましたが、これは不敬になりませんか? 王子の高貴なる足を傷つけたと、罰せられませんか?


と、焦っていたのも今では懐かしい記憶です。そうです、もう王子の足を踏む事はありません。私の運動神経は悪くないどころか、優秀だったようなのです! ありがとう、私の運動神経! 泣いて感謝します!


「うん、これなら人前で踊っても大丈夫だね」


満足気に頷いた王子は大きな出窓に腰かけて、隣に座るよう私を促します。待ってください、王子。人前って、どういう事ですか? 一体どこで踊る気なんですか、王子。


「あの、人前とは?」

「今度、王城でパーティーがあるんだ。僕の成人を祝うパーティーだよ」


この国の成人は16歳です。ということは、王子は私より5歳年下だったんですね。


「あ、今年で成人になられるのですね。おめでとうございます」

「うん、ありがとう」


お祝いの言葉を告げると、王子はニコリと笑いました。くぅ、笑顔が眩しいです!

それで、これと人前で踊るのが、どう関係しているんです?


「そのパーティーで、アニータと踊りたいんだ」


はい~~~?!?!?!

王城のパーティーで私と踊る? 何を言っているんですか、この王子は?!


「あの、王子様。私は平民ですので」

「あぁ調べたけど、アニータは貴族の血を引いているよ」

「はい?」


先程とは別の、一瞬何を言われたのか分からず、処理できない驚きが私の頭を占めました。


「そうでなければ、例え庭の掃除とはいえ王城には入れないよ」


あの時、掃除していた人は調査されており、何かしら貴族と繋がりがあって身元が保証されているから採用されたと王子は言います。あの仕事は、よくカフェに来る商会のおじさんからの紹介でした。給金が良いから二つ返事で応じましたが、後に身元が調べられていたようです。


「君の母親は伯爵家の令嬢だったんだけど、両親から聞いてない?」

「母が伯爵家の令嬢? そんな話、聞いてません」


初耳です。父も母も、そんな事は一言も言っていませんでした。まぁ、母から直接聞ける訳はないんですけど。母は私を産んだ数ヵ月後に、この世を去りました。私は父に育ててもらったのです。その父も、私が11歳の時に流行り病で死んでしまいました。


親族のいなかった私は、それ以来ずっと両親と仲の良かったこのカフェの店長と女将さん夫婦の元で、お世話になっています。だから、この二人は私の家族、第二の両親なんです。


「そうか。どうやら駆け落ち同然だったようだから、言わなかったのかもしれないね」

「駆け落ち……」


王子は詳しく話してくれました。


伯爵家の令嬢だった母は、平民の父と恋に落ちた。けれど、それは身分差のある恋だった。当然、母の両親は許さない。母は家出するように屋敷を飛び出し、父と駆け落ちをした。


そんな話でした。


母の両親は、母が死んだ事を知らずにいたのです。調べて分かった事実を王子が伝えて、初めて知ったとのことでした。そして母の両親は二人の結婚を認めなかった事を後悔していて、娘の忘れ形見である私を引き取りたいと言っているそうです。


「アニータは、どうしたい?」


そんな事を急に言われても困ります。今まで平民として生きてきたのですから。そもそも、その伯爵家に快く迎い入れてもらえるとも思えません。だって、私は母の命を奪って生まれてきたようなものなのです。


「決めるのは、アニータだよ。君の望むようにしたらいい。僕はアニータの意見を尊重する。けどね、僕も伯爵達も君を伯爵家に迎える事を望んでいるよ」

「何故ですか? きっと伯爵家の方々は私を恨んでいると思いますよ」

「どうして、そう思うんだい?」

「だって私は……私が生まれた所為で母は死にました。私を産まなければ、母は生きていた。母の命と引き換えに、私は生まれたんです。母の両親からしてみれば、そんな私は娘の仇ではありませんか?」


言う気はなかったのに、王子に促されたら吐露してしまいました。言わなくて良い事まで口走った気がします。今まで誰にも言った事のない、ずっと秘めてきた胸の内。それを口にしたら堪えるものがありました。視界が僅かに滲みます。


「そんな風に思っていたのか」


王子は小さく漏らすと、私を抱き寄せました。いつの間にか、私の目からは水滴が零れ落ちて頬を濡らしていきます。


「アニータは悪くないよ」

「でも……」


王子を見上げると、眉を寄せて切なげな顔をしていました。


「このカフェの店主夫婦にも聞いたけど、アニータの両親は君の誕生を望んでいた。リスクは承知の上でアニータを産んだんだよ。その事に君の両親は『後悔していない』と店主夫婦に話していたそうだよ。アニータ、君は望まれて生まれたんだ。それを伯爵達も分かっている。誰も君を恨んでいないよ。だから、どうか命の引き換えだとか、恨まれているとか、そんな寂しいことは言わないで」


私の背中に回されていた腕の力がギュッと増しました。その力強さに、体温のぬくもりに、優しい言葉に、私の中の凍えていた部分が解けていくようで胸が震えます。涙が溢れて止まりません。どうしましょう。


どのぐらい、そうしていたでしょうか。ふいに王子は私の顔を覗き込んできました。


「アニータ、幸せになろう」

「え?」

「君が、この生活に満足している事は知っている。でも伯爵家での生活が、どのようなものか知らないだろう? まずは試しに伯爵家で暮らしてみないかい? そこにアニータの幸せがなかったら、元の生活に戻ればいい」

「そんな都合の良いこと出来るわけ……」

「出来るよ。平民から貴族になる事は大変だけど、貴族から平民になる事は簡単だ。法律を知っているアニータなら分かるだろう?」


法律的には問題ない。その事は知っています。王子の置いていった本で学びましたから。でも倫理的に、そんな身勝手な事をしてもいいんですか?


「それに僕は王子だから、アニータの望みは叶えられる。だから心配しないで。ね、アニータ」


あやすように髪を撫でられて、私は宥められた子どものような気持ちになります。


「分かりました」

「うん、では手続きをするね。ハインリヒ」

「はい」


ハインリヒは呼ばれて、心得たりと一礼しました。


「あ、でも店長と女将さんは」

「大丈夫だよ。ちゃんと了承を得ているから」

「そうだよ、アニータちゃん。店の事は心配しないで、行っておいで!」

「そうよ。寂しくなるけど、アニータちゃんの幸せが一番だからね!」


話を聞いていたらしい店長と女将さんが、背後から現れました。既に根回し済みだったみたいです。さすが王子。数年前から、聡明な王子と評されているだけはありますね。カエル王子の名と共にですが。

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