1.カエルの王子様? いえ、カエル王子でした
私はアニータ。街のカフェで働いています。今日は人手が足りないということで、別の仕事の手伝いに駆り出されたのですが……その手伝いというが、まさか王城の庭の掃除とは! 思いもしませんでした。
(ぅわ~、大きい~!)
とても広くて、建物は豪華で、私はキョロキョロと見回してしまいます。あ、実は王城に来るのは初めてなんです。私みたいな平民には、縁遠い場所ですからね。
(それにしても、こんな高貴な場所に私みたいな平民が入ってもいいんですかね?)
ここは王城の中でも奥の方です。貴族でも許可なく入れない場所だそうで。そんな所に身分が低く、身元も確かではない人間を入れて大丈夫なんですかね? いえ、私は怪しい者ではありませんけどね。ほら、安全面とか警備の問題とかあるじゃないですか? あ、等間隔に騎士が配置されて監視体制はバッチリみたいです。私が考えつく事なんて、王城の警備をしている人なら当たり前に想定しますよね。愚問でした。失礼。
さて、仕事といきましょうか。
この仕事は庭の掃除です。なんでも、ここは王妃様の特別な庭なのだとか。その所為で王族以外の男性は立ち入り禁止だそうです。ん、という事は警備しているのは全て女性ですか! 見目が綺麗な人ばかりだな~と思ったら女性だったとは! ひゃ~、女性騎士とかカッコイイ~! 目の保養……ごほんっ、失礼しました。本分に戻ります。
私の担当は池なので、ちゃっちゃと掃除しちゃいますよ~! 本来はカフェ店員なんですけどね。この仕事は給金がとても良いので、溝浚いでも何でもしますよ~!
はい、せっせと池の水を取り替えたり、泥やコケを取り除いたりします。
「ねぇ、アニータは知ってる?」
「何を?」
「カエル王子のこと」
「カエル王子?」
ふと童話の『カエルの王子様』が頭を過りました。そうです。魔法でカエルにされてしまった王子が紆余曲折あって元の姿に戻る話です。
「そう、カエル王子。女性よりカエルを愛しているらしくて、未だに婚約者がいないのよ」
「へぇ」
童話とは全然違う話でした。
「王子だから婚約者に立候補する人は、大勢いるらしいんだけどね。王子に気に入られる為の第一関門として、カエルを手に乗せられるんだけど、みんな卒倒してしまうんだって。まぁ、当然よね。カエルって、ヌルヌルしていて気持ち悪いじゃない。あ、でもカエル王子は第三王子で王太子ではないから、この国の未来は大丈夫よ」
(女性よりカエルが好きって、物好きもいるのね。ところで、そんな話を此処でしても大丈夫?)
少し離れた所ではあるけれど、騎士達が私達の事を見張っていますけど。まぁ、作業中の他愛もない会話として受け流してくれる事を祈りましょう。こうして女性が集まるとですね、手を動かしつつ、口も動いてしまうものなんですよ。ご愛嬌って事で許してください。
(あら?)
一枚の大きな葉っぱの裏に何かあります。これは!!
葉っぱをひっくり返した、その時です。ひょっこりと、何処からともなくカエルが跳んできました。あれは、アカメアマガエルですね。ここら辺には生息していないはずですから、誰かが飼っているのでしょう。
そのカエルは私の前を通り過ぎて、他の女性達の方へ。
「キャー!!」
「カエルよー!」
「ヤダー、来ないでー!」
阿鼻叫喚です。手伝いに来ている人達は平民なんですけどね。だからと言って、カエルが平気な訳ではないようで。カエルが苦手な女性に、身分は関係ないんですねぇ。
騎士達が“どうしたものか”と動揺する中、その悲鳴を聞きつけたのか、一人の男性が遠くから駆けて来ます。
「メアリー、そこにいるのか!」
「あぁ、メアリーを踏まないでくれ!」
「メアリー、じっとしていろ!」
「あ、蹴るな! その子は、僕の大事な子なんだ!」
何か言っています。メアリーとは誰ですか? もしや―――
私は騒ぎの元へと行って、ピョンピョンと元気に跳ねるカエルを両手で包みました。そうです、私はカエルを触れる性質です。平気というよりは慣れです。前世で、弟が無類のカエル好きで……部屋中カエルだらけでした。夜な夜な、ゲコゲコと鳴き声が隣の部屋から聞こえてくるんです。何度あれに安眠を妨害された事か。
え? あぁ、そうです。実は私、前世の記憶があります。まぁ、今は置いておきましょう。
「メアリー?!」
ぶつかる勢いで、私に向かってきた男性。よく見たら、私より小さい男の子でした。金髪にオレンジ色の瞳で、まるで太陽みたいです。
「あの、メアリーとは、もしかしてアカメアマガエルの事ですか?」
「あっ……」
男の子は私を見て驚いたように目を瞠った後、コクリと頷きました。
「あぁ、そうだ。君が捕まえてくれたのか?」
「はい。ここに」
私は手を見せる様に持ち上げます。開いたら逃げてしまうと思うので、閉じたままですけど。
「ありがとう。誰か、カゴを!」
男の子の呼び掛けに呼応すようにスッと現れたメイドがカゴを差し出すので、その中に私は手を入れました。
「蓋を被せておいてくださいね」
「あぁ、もちろんだ」
「いいですか、離しますよ」
「いいぞ!」
何となく緊張の瞬間です。このカエルは、とても跳躍力のある子みたいなので、下手すれば再び脱走してしまいますからね。
私は手を開くと、パッとカゴから抜きます。と同時に、少年によって蓋が閉じられました。見事な連係プレーだったと思います。
カゴの中では、カエルがピョンピョンと。もっと外で遊びたかったのに!と主張しているように見えました。
「助かったよ。気づいたら逃げ出していたんだ」
「そうでしたか」
少年は心底、安心した様子でカゴの中を見つめています。
本当に大事な子だったんですね。メアリーと名前を付けるぐらいに。すみません、正直ちょっと引いています。いえ、弟と同じなので理解はしていますけどね。というか、カエル相手に『じっとしていろ』と言ったんですか、この少年は。無理に決まっているでしょう。言って聞けるのなら、そもそも逃げ出していないはずですから。あ、そういえば先程の葉っぱ。一応、報告しておきましょうか。
「あの先程、掃除をしていて見つけたのですが」
葉っぱを裏返して見せると、少年は瞠目しました。
「こ、これは!!」
「カエルの卵ですね。おそらくアカメアマガエルの」
アカメアマガエルの卵ってゼリーみたいなのに緑の卵が包まれている感じなんですよね。
「ということは、メアリーの子どもか!」
さぁ、それは分かりませんけど。メアリーというぐらいなのだからメスですよね? ということは―――
「あの、オスのアカメアマガエルも飼われているのですか?」
「あぁ、数日前に死んでしまったが」
少年は肩落として、とても落ち込んだ顔をしています。
「それは、ご愁傷様です(?)」
「前に二匹揃って逃げ出した事があったんだが、その時に卵を産んだんだな。きっとオスカーは自分の死期を悟って、子孫を残すために……グズッ」
少年が涙目になっています。いや死期とか、そういう問題じゃないと思いますけど。普通に只の生殖本能かと。
どうしましょう。ちょっと、この場に居づらいです。早く立ち去りたい気分になってきました。あ、呼びました? 私の事を呼びました? 救いの神よ!
私は呼ばれたのをいい事に、小さく「失礼します」と声を掛けて立ち去りました。
「きっとメアリーは今日、庭の掃除をすると分かって、夫婦の愛の結晶である卵が無事かどうか確かめたくて逃げ出したんだ。ありがとう。君がいなければ、卵は今頃……って、あれ? いない」
後ろの方で声がしますが、私は何も聞こえません。キョロキョロと私を探している様ですが、私には見えません。えぇ、見えません!
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ここから一週間程度で最終話までの投稿を予定しております!
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