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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ビッチ先輩とゲーセン男子

作者: 兎束作哉


 ――早急に対処しないといけないことができた。


「これって、援交ってことでいいんすよね」


 あきらかに、カシャッとシャッターを切った音がした。手にはスマホ。黒マスクを外して、わざと見せびらかしているようなニヒルな笑み。弱みを握ったとでもいわんばかりに、その男、一つ下の後輩・冬城椿(とうじょうつばき)は笑っていた。


「あーえっと。おじさん、お金いいから、きょーは、ここでお開きってことで。じゃ!」


 プリクラから出てきたところをばっちりとられた。

 後ろに、キャッキャ、しゃららん、みたいな音楽が流れているボックスを背に、一緒に出てきた中年のおっさんの背中を押して、俺は猛スピードでその場を離れた。高校生の俺と、サラリーマンふうのスーツを着たおっさんが、プリクラから出てくるというシュールさ。誰が見ても、おかしいと思うし、顔も似ていないから、親子とも思われないだろう。だから、援交、間違っていない。それを、こそこそやっているつもりはなかったが、写真を撮られたのはこれが人生で初めてだった。俺――小春柊彩(こはるとあ)、人生初めての失敗だ。今日の相手だったおっさんは後ろから「トアくーん」と叫んでいたが、無視。別に、お金貰うために付合ってたとかじゃないし、ちょっと小遣いが減るぐらいどうってことないし。おっさんだって、お金払わずにいい思いできたんだからいいじゃん、と俺はそれなりの理由をつけて、脱兎のごとくその場から去る。そして、俺は彼の元に突進する勢いで行く手を阻んだ。


「冬城! 冬城椿!」


 持っていた黒いスマホは、既に鞄の中にしまわれていたのか、冬城の手の中にはなかった。さすがに、今の数秒でネットにアップする……なんてことはできなかっただろうが、もしするつもりなら全力で阻止しなければならない。いくら、俺が校内でビッチ小悪魔かわいい系男子だといわれ、先生からもちやほやされているとはいえ、援交の証拠を突きつけられれば、停学、最悪退学だって可能性も。

 だから今ここで、彼に写真を消して貰わなければならなかった。


「よく、俺の名前知ってましたね。先輩」

「はあ……はあ……け、消せ。さっきの写真」

「写真? 何のことですか?」


 肩をすくめ、自分は何も知らないとしらをきる冬城。でも、その顔は笑っていて、馬鹿にしているようだった。

 冬城椿――彼は、俺の一個下の後輩で、帰宅部。だが、ずば抜けた運動センスを持っていて、部活の練習試合に引っ張りだこ。五月に行われた体育祭では、二年、三年差し置いてぶっちぎり。足の速さも、瞬発力もエグかった。それもあって、彼は校内でも人気、有名人なのだ。おまけに顔もいいときた。けど、冬城と俺は関わりが一切なかった。俺も帰宅部だけど、帰宅部、という部活があるわけでもないし、学年も違えば、関わる事なんて一切ない。でも、体育祭で誰よりも目立っていたこいつのことを、俺は忘れることはできなかった。あっちが、俺のことを知っていたのはちょっと意外だけど。

 ゲームセンターの煩いBGMをバックに、俺は息を切らしながら、片手でスマホを出せと冬城にせがむ。しかし、冬城は、その手にポンと、グーにした手を乗せた。


「お手……なんつって」

「馬鹿にしてんのか!?」

「いやあ、まさか、噂が本当だったなんて。俺も、実物見るまで信じてませんでしたよ」

「噂って、援交の?」

「誰彼構わず足を開くビッチだって」

「……認めるけど」

「認めるんだ」


 俺の手のひらから、手を離し、汚いものを触ったかのように手をハンカチで拭く冬城。もし、こんな性格の悪い所を見られでもしたら、きっと女子はカエル化するだろうな、と思った。でも、何をしてもむかつくし、顔がいい。正直言うとタイプだった。

 冬城のいうとおり、俺は援交というか、自分の可愛さを利用して、男を侍らせてきた。それが生きがいだし、貢いで貰えるのも、ちやほやされるのも大好きだった。誰かの夢中の先が、自分であることに対し、愉悦に浸っていた。そんな生活を三年以上続けている。援交に関しては、高校に上がってからだが、大人の男性に対しても受けがいいのは正直面白かった。そういう、出会いサイトでしか出会いの場を作れない人のことを馬鹿にしているわけじゃないし、こっちも貢いで貰える、可愛い、好きだって言って貰えるしWin-Winだった。お金はそのついで。


 ――で、学校でも、外でもこんな生活を続けていれば、誰かの目にとまらないわけもないわけで。今回、初めて失態をおかした。人の寄りつかないゲームセンターそこで、ちょっと古い機種のプリクラで援交相手と写真を撮っていたところを見られてしまった。


「まあ、別にいいですけど。俺は、そういうのどーでもいいんで」

「じゃあ、写真消せよ」

「でも、アンタのこと脅せる材料手に入れることができたのは、一つ強みになりますしね」

「何だよそれ。お前、顔いいし、そんなことしなくても」

「顔いいって思ってくれてるんだ? なんか、可愛いですね、先輩。ありがとうございます」

「誉めてねえ!」


 何を言っても、ポジティブに帰してくる冬城に、俺は叫び散らすことしかできなかった。

 何だよ、脅す材料って。今後も、何かあったとき、先輩である俺を脅すつもりなのか。人畜無害そうなイケメンだと思ったら、かなり腹黒? と、俺は得体の知れない何かを持っていそうな冬城を睨み付けた。しかし、黒マスクで覆われた口元は見えず、感情を読み取れるのはその上の目と、眉毛だけで。


(つか、見れば見るほど、整いすぎだろ。顔! 艶やかすぎる黒髪! キリッとした眉! すっげえ、タイプ!)


 煩い、心の声を抑えながら、俺はとりあえず探りを入れることにした。俺が落とせない男はこれまでいなかった。どんな堅物でも、弱いところをつつけば、ころりと落ちたし……きっと、こいつも――隙を突いて、写真を消そう。


「えーっと、で、話は変わるけど、冬城はここで何してたの?」

「本当に、いきなり話題変わりましたね。あ、まだ写真消すの諦めていない感じですか?」

「……うっ」

「図星なんですね。顔に出てますし。分かりやすいですね。ああでも、俺に興味持ってくれたのは単純に嬉しいかも――」

「何かいった?」

「いーや、別に。写真は消しません。先輩脅す材料、自ら手放すわけないじゃないですか」


 にこり、と冬城は勝ち誇ったような笑みを俺に向けてきた。

 何が狙いか分からなかった。俺と一発したいならそういえばいいし、それか、援交で集めた金? 見た感じ、このゲームセンターに通い慣れている感じするし、そこで利用するお金とか。


「詮索したところで、先輩の脳じゃ、なーんも答え出てきませんよ」

「エスパーかお前は……って、しれっと、俺の事馬鹿にしてるけどな! 一応、赤点はとったことないんだよ!」

「それが普通では?」

「うっ……普通って、お前はいつも何点」

「学年二位ですかね、今一位狙ってます」

「あっそ……で、ほんと、ここで何してたんだよ。冬城は」

「ゲームセンターで遊んでいただけです」

「ほんとか」

「他に理由とかいりますか?」


と、冬城はキョトンとした目でいってきた。こりゃ、筋金入りのゲームセンター大好き男子かも知れない。なんか変なやつと出会ってしまった気がして、ならなかった。ただ、冬城のスマホの中に、俺の援交の証拠となる写真があることは事実なので、どうにかして、消して貰わなければならない。なんか、真面目そうだし、でも、脅す……弱みっていっているんだったら、すぐにバラすことはないだろうし。でもでも、何を要求されるか想像できないし。俺が与えられるものなんて、ないのに――


「先輩は、俺にこの写真消して欲しいんですよね」

「そう、そう! え、消してくれんの?」

「消しませんよ」

「ケチすぎるだろ。今のは、消す前触れだったじゃん」

「……まあ、条件をのんでくれるなら」

「条件!? 何でも聞く!」

「危機管理能力皆無か……」


 条件を出されて、それを飲まないわけないわけにはいかなかった。多分、それ以外この男が、写真を消してくれる保証はないし。だったら、その条件が、自分にできる範囲内のものなら、何でも。

 俺が、一八〇㎝以上ある冬城の顔を見上げれば、冬城は黒マスクを外し、ポケットに突っ込むと、その口角をニヤリと上げた。そして、条件というように人差し指を立て、俺の目の前におろし、指を指す。


「じゃあ、俺と毎日ゲームセンターで遊んで下さい。で、俺に一回でもゲームに勝てたら写真消してあげますよ。ビッチ先輩」


 そういった冬城の顔は、楽しそうで、それでいて、俺を完全に舐め腐って見下していた。



◇◆◇◆



「――だあーっ! 負けた。意味分かんねえ! カッドドドカッってリズム何!?」

「先輩、リズム感なさすぎじゃないですか?」

「煽んなよ……一年。ちょっと練習すればそれくらい……てか、お前のそれ何!?」

「マイバチですけど」

「マイ……バチ?」

「自分で木材買ってきて削って作るんですよ。ゲームセンターのこれに付属してるものじゃ重いですし、グリップの所もイマイチで」

「げ、ゲームに命かけてんの、お前」


 あの条件からすぐに俺は冬城の出した、一日一回何かしらのゲームで競う、というのに太鼓のリズムゲームを選んだ。一日一回なら、今日もカウントされるだろ、といったら「冴えてますね、ビッチ先輩」と乾いた拍手を送られ、完全に俺のことを舐め腐っているのが分かった。一泡吹かせてやりたいと、一番ゲームセンターの中でオーソドックスで、対戦プレイがしやすいもので勝とうと意気込んだ……だが結果は――

 負けた。難易度は俺も、冬城も難しいを選択した。冬城は物足りないし、ハンデで鬼レベルでもいいといったが、たかがゲーム、負ける気しなかったし、ハンデいる? とか言われたのがむかついたので、俺も鬼レベルでいいと言い返した。だがどうやら、専用のカードがないとレベル上限解放はできないようで、一緒に難しいと選択して一曲、二曲と対戦したのだがボロ負け。というか、カッドドドカッは、やった曲どちらにしても基本中の基本らしく、俺はそれすらも打てなかった。というかそもそも流れてくる青と赤の丸すら目で追えないほどだった。

 そんな俺とは対照的に、冬城は全て見きって、マイバチ? とかいう先端の尖った細いやつで太鼓を叩いてた。俺の知ってる曲にしたのに、何も俺は出来なかった。

 たかが、ゲームセンターのゲームに、マイバチ? とか制作して持ってくるなんてよっぽどだな、と俺が見ていれば、あどけないような顔で、冬城は俺の方を見てきた。


「変ですか?」

「へ、変って、何が」

「ゲームに命かけてるって言われたの、俺、傷つきました」

「あ……えーっと、いいんじゃね? ほ、ほら、誰だって、命かけてるものあるし。馬鹿にしてるわけじゃねえし。お前には、そのげ、ゲーム? 太鼓の? な、俺にだって、ね! 命かけてるものの一つや二つ」

「援交ですか」

「違うし」

「人の趣味馬鹿にするのはやめた方がいいですよ」


 ふいっと、顔を逸らされてしまい、マイバチは持ち前の袋に片付ける冬城。その目がガチだったので、これ以上触れたらまずいと、俺は何も言わなかった。


(説教かよ……勝ったからって偉そうに)


 負けたし、説教されたし気分は最悪だった。後輩の癖に。


「今日は、俺の勝ちですね。いつでもかかってきてください。相手するんで」

「むかつく~ほんと、お前、顔いいからむかつくよな。許されると思って!」

「ビッチ先輩は、ビッチなだけじゃなくて、面食いなんですね」

「ビッチ、ビッチいうな!」

「事実ですから」


 冬城は、そういいながらぷっと噴き出すように笑い、俺を見下ろした。その笑顔は、まるで友達と馬鹿して遊んでいるときの高校生の顔で、大人びた顔が少し幼く見えた。そんなふうに笑えるのか、とほだされそうになっていることに気づき、俺は首を横に振る。


(どっちにしても、勝てなきゃ、写真消してもらえないんだし、やるしかないよな……)


 今日の分の挑戦権はすでに使い切ってしまった。再挑戦権は明日の午後――だろう。


「でも、先輩が噂通りの人じゃなくってよかった」

「はあ? さっきは、噂通りっていっただろ」

「いーえ。そういうことじゃなくて……うん、先輩は面白い人ですね」

「はあ!?」


 一人納得したように、頷くと、冬城はにこりと笑った。だが、先ほどの幼い笑みではなく、完全に裏のある、馬鹿にしたような笑顔だった。コロコロと変わるこいつの表情に、俺はついていけず、目を細めて分析まがいのことをすることしかできなかった。


 冬城椿――文武両道のモテ男。そんな男が、恋人も作らず、一人ゲームセンターに通うなんて、裏がある。そう思っていたが、本当にただのゲーセンオタクらしい。ゲームセンターなんて、一人でも通えるし、遊べるし、確かにカラオケよりも安く済む……かもしれないから、財布にもちょうどいい。ただ、ショッピングモールに入っているゲームセンターじゃなくて、全国に数少なくなっている独立したゲームセンターに通っているところを見ると、マニアックなのか、人のいないところを選ぶ陰キャなのか……


「なあ、冬城って陰キャ?」

「いきなり質問ですか。それも、かなり失礼ですね。どうしてそう思うんですか」

「いや、なんとなく。だって、こんなぼろっちいゲーセンとか普通いかないだろって思って。まあ、だから、俺はここ選んだんだけど」

「援交場所に」

「だー! そうだよ。だから、お前がいるなんて思わなかったの! 穴場見つけたかもーって、まあ、こんなところおっさんたち、おにーさんたちが喜んでくれるかって言ったらあれだけどさあ」

「アンタどこまで、手ぇ、染めてるわけ?」

「どこまでって?」

「……いや、いいや。俺には関係ないし」

「何だよそれ」


 言いたいことがあれば、はっきり言えばいいのに、意気地なしだなあ、なんて俺は冬城の顔をのぞき込む。長い睫毛が影を落としたその端正な顔は、ずっと見ていても飽きないな、と思わず呼吸も忘れるほどだった。自分の容姿と比べそうになって、俺は可愛い枠だから! と無駄な対抗心まではやしてみる。なんか気に食わない。顔はすっげえ好みだけど、なんか言動が癪に障る。


(まあ、これからゲーム対戦って付き合うことになるんだ。俺可愛いし、そのうち惚れるだろ)


「先輩悪い顔してますね。まさか、自分の事好きになってもらえるーなんて思ってるんですか?」

「俺は可愛いからな! どう考えても可愛いだろ、この赤っぽい髪の毛とか、大きな目とか! 襲いたいくらい可愛いだろうが! 油断してみろ。そのうち惚れるからな!」

「残念ですけど、俺のタイプは、清楚系なんで。じゃあ、またビッチ先輩またここで」

「言われなくても、こっちはお前に弱み握られてるんだからな! ――って、おい、連絡先は!?」


 顔を上げたころには、すでにその場に冬城に姿はなく、やけに大きいゲームの音が、あちこちから響き、むなしく俺をまばゆい液晶から漏れ出る光が照らしていた。


「……連絡先ないのに、どう落ち会えっていうんだよ。ばーか」


 ここにこれば会える? 何だよ、それ。ロマンチストか。


 俺は、足もとに置いていたカバンを肩にかけゲームセンターを出た。建付けの悪い自動ドアは数秒ほどセンサーが反応せず、いらいらし、いつつぶれてもおかしくないゲームセンターを背に、俺はその辺に落ちていた空き缶を蹴っ飛ばした。

 


◇◆◇◆



「あれ、小春今日は帰るのかよ。珍しいな」

「誰かと待ち合わせとかじゃね?」

「ラブホ前で目撃されましたーなんて言われないようになー」


 次の日、学校で、いつものように授業を受け、俺が大好きで仕方がなーいファン兼同級生の言葉に「へいへい。だいじょーぶでーす」なんて軽く返しながら、俺は下駄箱に向かった。さすがに、後輩の下駄箱を確認するのはまずいか、と名前が張られている小さな箱を横目に、靴を履きかえ、校門を出る。さっき一年生の教室はすでにまばらな人になっていたのを確認し、その中に冬城がいないことも確認済みなので、俺はゲームセンターに直行することにした。会える保証もないのに、そこへ俺は一直線に向かって歩いていた。確証があった、なんとなく。


「ほんと、センサー反応しねえし! そのうち、閉じ込められんだろ、これえ!」


 反応しないセンサーに切れながら、ようやく開いた自動ドアをこじ開けるようにして中に入れば、昨日もした薄いたばこの臭いと、がやがやガチャガチャと統一感のないBGMが耳に入り込んでくる。


「さてと、冬城は――」

「先輩はやいですね」

「うわああ!?」


 フッと、耳元でささやかれたような気がし、背後の気配に驚いた俺は、猫のように飛びあがり、距離をとった。振り返ればそこには、舐め腐ったように笑う後輩――否、弱みを握っている相手冬城がたっていた。さらさらとした黒髪は、黒いブレザーとよく似あっていて、今日も最悪に最高にかっこよかった。


(――って、こっちが惚れてどうすんだよ! ばーか、ばーか! アホ!)


「別に? お前が、会いたいだろうなーって思ってきてやっただけだし? 一応、俺、先輩だし?」

「何言ってるか分かりませんけど、今日はデートないんです?」

「誰と誰の?」

「ビッチ先輩が、おっさんと。援交のこと言ってるんですよ。はあ、察しの悪い……」


 やれやれと、冬城は肩をすくめ、首を横に振った。その行動がいちいち鼻について、いら立ちが膨れ上がっていく。あってそうそう、こんなことも思いたくないけど、俺がずっと援交してるって思われているのもまた癪だった。


「はいはーい、察しが悪いですよ。どうせ。で、今日は何の勝負?」

「先輩が決めてくださいよ。だって、俺は挑戦を受ける側なので。ビッチ先輩が決めてください」

「……生意気」

「まあ、どれでも、負ける気しませんけどね」

「よーし、コテンパンにしてやる。じゃあ、今日はカーゲームだ!」


 俺が指さしたのは、ショッピングモールでもよく見る某有名ゲームのカーゲームだ。冬城は「いいセンスしてますね」なんて、どの目線からものを言っているんだという発言をしながら、百円玉を俺に渡してきた。


「は? なんで金?」

「お金ないんじゃないんですか? 援交しなきゃいけないほどに」

「だーかーらーっ! そういうのじゃねえし! てか、百円くらい持ってる!」

「まあ、まあ。受け取ってくださいよ。どうせ、負けるので、先輩が」

「はあ!? 絶対甲羅当ててやるからな! ゴール前で!」

「どうぞ。あてられるものなら」


 自信満々な、冬城は、先に座り、俺もその隣に腰を下ろした。座ってるところなんて見たことがなかったけど、長い脚は、窮屈そうにその場に押し込められていた。もったいな、と思いながら、俺は浅く腰を掛ける。

 百円を入れ、対戦を選び、ハンドルを握る。選んだキャラクターは可愛いので、冬城はきのこだった。選んだキャラで何か変わるわけでもないだろうと、俺は、ハンドルを握りなおし、合図とともに勢いよく飛び出す。


「あ、まっ、こんなむずかったっけ!? てか、全然操作利かねえし! 車検されてねえだろこの車!」

「ゲームに車検とかあるんですかねえ。ああ、落ちた。ドンマイです、先輩」

「復帰! 復帰! 早く復帰しろ!」


 操作を誤り、コースから外れ、転落。転落してから、復帰までの時間がかかり、冬城は俺の先の先をいって、あっという間に一周遅れになってしまった。しかも、NPCにも負けて、最下位だし。

 結局、走りきりまでに何回転落したか、数えるのも飽きてしまった。冬城の画面を見れば、ショートカットとしか思えないすご技を披露していたし、やっぱり経験値が違う、とようやくゴールできたときにはすでに俺は放心状態だった。


「いやあー笑わせてもらいましたよ。先輩。あんな……ぷっ、あんな、何回も落ちる人初めて見ましたもん」

「……馬鹿にしてるだろ」

「してませ……してますね」

「何で言い直してそれなんだよ!? 普通、してないっていうのが普通だろ! ばーか! 馬鹿、勝てないじゃん。俺!」

「先輩得意なものとかあります?」

「……ゲーセンとか、行かないし。人並程度にしか、遊んだことないし」

「でも、俺に勝てないと写真消えませんけどいいんですか?」

「まだ、二日目だし! 諦めるとか言ってないだろう!」


 自分が、煽り耐性がないことくらい知っていた。だから、こうやって反発してしまうんだってのも。

 フフフ、と笑う冬城を前に、ゲームセンスが全くない自分を怨むことしかできず、だからといって、弱みを握られている以上、こいつを監視……とまでいかなくても、いつどこで、あの写真をばらまかれるかわかったもんじゃない。だから、冬城から離れることはできなかった。


「てかさ、冬城、俺といて楽しい?」

「いきなりどうしたんですか? 変わった質問ですね。いつも、自信に満ち溢れている先輩がそんなこと聞くなんて」

「別に……一緒にいて楽しいから、こう、俺を誘うんじゃないかなとか」

「うぬぼれですか」

「……」


 その言葉が、声が、少しだけ冷たく感じた。

 敵意を持っているような、その冷ややかな声に、一瞬体がぴりついた。


「いや、そうじゃなくて。俺のこと知ってるのに、そういうこと求めてこないし。いや、俺の弱み握って楽しんでんのかもしれないけどさ。身体目的じゃないってのが、俺的には引っかかって」

「先輩の価値は、身体だけだと。てか、本当にヤリまくってんの?」

「……お前には関係ないじゃん」

「ビッチ先輩ってよくわかんないですね。でも、寂しい人だと思いますよ」

「……は?」


 寂しい人だと決めつけられ、俺がバッと冬城の方を見れば、冬城も少しだけ寂しそうな顔をしていた。さも、自分がそうであるようなそんな顔に、俺は違和感を覚えざるを得なかった。

 別に、自分が汚いとか思ってないし、気持ちいいことが好きだから援交に手を染めているわけじゃない。お金が欲しいからでもない。そんな話、誰にもしたことなかったし、まして冬城に……とも考えたことなかった。でも、決めつけられたような気がして、それは嫌で、俺は怒鳴り返そうか考えた。

 でも、冬城の顔が妙に寂しそうだったのだけは分かって、これ以上言えない、と本能的に思ってしまったのだ。


「……お前も寂しいやつ?」

「……」

「一人でゲーセンいってさ。俺がビッチだって思ってんのに、身体じゃなくて、遊ぶこと強要して。本当は、遊び相手が欲しいんじゃないかって、そう思っちゃうけど、俺」

「変なところで鋭いんですね」

「あたり?」

「……」

「まあ、どうでもいいけどさ。俺は、弱み握られて、お前と遊んでんの。それでも、お前いいの?」


 なんでこんな言葉かけてしまったのか、自分でもよくわからなかった。

 自分より図体のでかい、後輩にかまうなんて俺らしくなかった。不特定多数に、一時の愛を注いでもらえるのなら、注目を集められるのならそれでよかった。それで満足していた。たった二日。まだ、こいつのこと何も知らないのに、似ているような気がしてならない。自分と。


「――俺、不貞行為とか、嫌いです」

「いきなりどうした」

「不純性愛とか、浮気、パパ活とか。汚いもん嫌いです」

「俺に当てはまりまくりじゃん。何?」

「先輩は別に、そんな感じはし……ますけど、なんか違うじゃないですか」

「はっきりしろ。何が言いたいんだよ」

「先輩がいった、遊び相手が欲しいっていうのは全くその通りですねって話。あとはもう少し、俺たちの仲が深まった時に話しません? まだ、二日ですよ?」


と、もっともなことをいって、冬城は逃げようとした。


 動揺しないこいつが見せた唯一の動揺な気がして、俺は、少しだけ興味がわいた。

 汚いものが嫌いだと言ったくせに、俺みたいな真っ黒な奴と一緒にいていいのか。遊び相手が出来るならだれでもいいのか、とか。

 わかんないことだらけだった。でも、冬城椿という人間に興味が出たのは言うまでもなく、俺は、そそくさとゲームセンターを出ていった冬城の背中をまた見つめることしかできなかった。


「変な奴……」


 俺も十分変だけど、冬城も変だ。

 二日の関係。でも、相手のことを第三者から得た情報でなんとなくの人物像は知っている。でも、それは客観的に見たもので、まだお互いをお互いに知らない。そんな関係――


「今日も負けたし、腹いせにもっかいやって帰ろう」


 俺は、ポケットから百円玉を取り出し、カーゲームに突っ込んだ。


 

◇◆◇◆




「――とっれたああ~!」

「まあ、二千円持ってかれましたけどね」

「いいだんよ! 獲れたから! はあ、初めてかも。俺、クレーンゲームででっかいぬいぐるみ獲ったの! てか、コツとかあるんだな!」

「そりゃ、何にも攻略法ぐらいありますよ。先輩だって、男をひっかける方法よく知ってるでしょ? あれと同じですよ」

「ちょくちょく、俺のそれに突っ込んでくるよな、冬城は」

「……ビッチ先輩からビッチとったら、ただの先輩になっちゃうので」

「いーの、先輩だから」


 あれから毎日――ではなかったが、定期的に放課後、ゲームセンターで落ちあい、冬城と、ゲームセンターのゲームで対戦をした。音ゲーから、バスケの玉入れゲーム、パンチングマシーンなるものもやった。何度も来たはずの、ゲームセンターは、まだまだ遊び足りず、いくら百円があっても足りないくらい楽しい空間ということが分かった。

 ふと放課後、ゲームセンターに足を運んだが、冬城がいない日ももちろんあった。ゲームセンター以外で、冬城に会うこともなく、学校では、学年が違うため、階が違うし、全校集会でも人数の兼ね合いで探すのは難しかった。

 放課後に会える、学内のイケメン――それが冬城。そんな認識で、俺はここ数か月、冬城と関わってきた。俺の噂と、冬城の噂。俺に関しては言うまでもなくビッチ、小悪魔、とか不名誉で、名誉な言葉ばかりが並べられるが、冬城は告白の絶えないイケメンとして名をはせていた。といっても、実際に告白されているところなんて見たことないし、今時ラブレターなんて、LINEで……みたいなところがあるから、実際分からない。それに、冬城自体が、そういうのをこの場で――会った時に話題に出さないため、分からない。

 俺は、学校での冬城の顔は知らなかったけど、放課後の冬城の顔は知っていた。その、特別さに、俺は少しだけ優越感を感じていた。

 学校一のイケメンを独占しているというその優越感に、これまで満たされなかったものが、満たされた気がしたのだ。


「あーなんかに会いますね。サカバンバスピスと先輩。アホっぽい顔が特に」

「はあ!? 可愛いって言え! 可愛いだろうが!」

「アホ可愛いです。これでいいですか?」

「よくないけど、許す!」

「単純でいいですね」


 二千円をつぎ込んでやっととれた九十㎝くらいのサカバンバスピスのぬいぐるみ。クレーンゲーム対決は、負けたが、どうしても欲しかった入荷されたばかりのサカバンバスピスぬいぐるみに、俺は小遣いをつぎ込んだ。初めはむやみやたらにアームを動かしていたが、冬城のアドバイスで、どうにか獲れ、小さな取り出し口から布がちぎれるんじゃないかってくらい思いっきり引っ張って、そのふかふかのボディに抱き着いた。

 冬城は、記念です、なんて笑いながら、サカバンバスピスぬいぐるみを抱きしめた俺を連写しており、その顔は「馬鹿だなあ」と口にしなくても言ってきているようだった。

 その顔がむかついて、俺はサカバンバスピスぬいぐるみの口に思いっきり口を押し付けて、その口づけたぬいぐるみの口を、スマホを下ろしたタイミングで冬城の口に押し付けてやった。


「はーい、間接キス」

「……っ」

「あ、もしかして、初めてだった? 悪いって、別に直接じゃないし――てか、怒ってる? おーい、冬城」

「……」

「冬じょ――」

「先輩よくないです」

「よくない?」


 冬城はそういうと、ぬいぐるみをグイッと押し返して、口元をぬぐった。

 まるで、汚いものがくっついたようにごしごしとぬぐうから、本当に嫌だったんじゃという気になってしまう。別に、ふざけただけなのに――でもそれが、冬城にとっては耐えがたいものだったのだろう。


「てか、結構俺たち、一緒にいて時間たってるじゃんか……」

「だからって、ふざけてもよくないです」

「ああ、何? あれ? 冬城って意外と純情?」

「……」

「悪かったって。えーいや、俺もなんかびっくり……」


 あまりに初々しいというか、いやだ、みたいな顔じゃなくて、ちょっと焦ったような顔されたから、こっちまで顔が熱くなってしまった。こういうの、俺を好きだって言ってくれるやつには効果覿面だけど、冬城は違うのだろうか。


(いや、別にみんながみんな俺の事好きじゃないかもしれないけどさ……)


「――どうせ、先輩はみんなにやってるんでしょ?」

「なんか言った?」

「いえ、何も。先輩、虫歯ないですよね? 俺、一回も歯医者で引っかかったことないんで、虫歯菌移したら怒りますよ」

「ひでえ! 俺が病原菌みたいに!」


 話を頃っとすり替えられたような気がし、逃げられたな、と感じながら、俺は冬城を見た。サカバンバスピスのでっかいぬいぐるみを抱きしめて、その隙間から冬城を見てみるが、背中を向けられているため、よく見えない。


「なあ、なあ、俺たち結構長い時間いるじゃん」

「さっきも言いましたけど、それが、何ですか?」

「だから、その――」

「何?」


 その態度から、俺のことをそこまで好きじゃないのは分かった。でも、放課後の冬城の顔を知っているのは俺だけなわけで、この関係も、脅す、脅される関係から変わったんじゃないかって、俺は思っている。だから、次のステップに――とか、思ったりして。


「俺たちの関係、いったん見直さね? もちろん、まだ一回も勝ってないから、写真は消さなくていいけどさ。脅す、脅される、みたいな関係じゃなくて」

「じゃあ、どんな関係に?」

「それは、えっと……」


 少し興味示したように、冬城は振り返る。一歩大きく前に出て、俺の前に顔をズッと近づける。


(わー顔、マジでタイプなんだよな……)


 じゃなくて――


「関係、そう――友達」

「恋人?」

「え?」

「ん?」


 言葉が重なってしまい、何て言ったか、聞き取れなかった。ただ、俺が思っていた関係とは違うものが冬城の口から飛び出した気がして、互いに目を丸くした。あっちもあっちで、俺がそんな言葉をいうとは思っていなかったようで、意外、と目を丸くしている。


「え、先輩なんて?」

「冬城こそ、恋人って――」

「言ってません。友達、ですか」

「え、だって、そうじゃない……の? え、いや、もしかして、友達だった?」

「先輩後輩の関係です」

「冷めすぎてるだろ。で、その……お前と遊んでるじゃん」

「遊んでいるというか、勝負ですね」

「……」

「はい、それで?」

「俺、お前とゲーセンで会うようになってから、そういうのしてない……し、お前のこと、さ」

「何ですか。好きになったとかいうんですか」

「意識してるのお前じゃね?」

「…………お構いなく、続けてください」


 冬城は、またも華麗にスルーして、俺に話すよう勧めた。

 思った以上に、食い気味で行ってくるので、少し困惑しつつも、俺はちらりと彼を見る。真っ黒い瞳が俺を見つめていて、心臓がうるさいほどにはねていた。顔が好き、中身はしらね。


「こういうの、友達って言うんじゃないかって思って。俺、友達いないから」

「先輩友達いないんですか。え、意外ですね」

「何? お前、さっきから怒ってるの?」

「違いますけど……そう、友達ですか。なんか、そんな関係で表されるの、少し驚きました」

「恋人がよかったのかよ」

「いえ、別に。そういうわけではなくて……まあ」

「まあ、何だよ」

「ボッチでビッチな先輩が、小さな頭を使って俺との関係を友達って表してくれたことは、面白くて、嬉しいですね」

「馬鹿にしてんの?」

「なんか、少しむずがゆいです」


と、冬城はいうと、サカバンバスピスのぬいぐるみをつねった。ビヨンと布が伸びて、間抜けな顔が横にさらに間抜けに伸びる。


「でも、良いですよ。なんか新鮮で。普通って感じがして」

「普通ってなんだよ」

「普通は普通です。男子高校生らしいって。でも、先輩、友達の作り方、それめちゃくちゃ下手ですよ。俺は、もうすでに友達だと思ってたんですけど」

「ぜっっっったいに違う! 違う!」


 くすくすと、また馬鹿にしたように笑う冬城に俺は怒ることしかできなかった。

 冬城が、本当に楽しそうで、そんな顔、一か月ほど前には見えなかったな、なんて彼の些細な変化にも気づいてしまった。初めは、自分になびかない、弱みを握られた後輩に、仕返しを……と思っていたが、俺はいつの間にか、顔はいいし、性格は、苦手な部類だけど、そんな冬城に惚れ――


(ては、ないよな!? 惚れてないし!)


「先輩、いきなり唸りだして、どうしたんですか? お腹でもいたいんですか?」

「これが、お腹痛いの顔かよ! て、か……友達、ってことでいいんだよな。一応」

「一応って。俺がいつ、友達になると」

「友達」

「じゃあ、今は、友達ってことにしましょうか」


と、冬城はサカバンバスピスのぬいぐるみと俺の頭を撫でるとにこりと笑った。余裕のある笑みに、いつもならイラっと来るはずが、ポンポンと頭を撫でられたことで、ほほに熱が集まるのが分かった。


「先輩、今度は顔赤くなっちゃって。俺に惚れでもしました?」

「ほれ、惚れてない! お前の方が俺の事好きじゃん!」

「好きですね」

「は、はい!?」

「人としては苦手なタイプですけど、先輩の事、面白いっていう意味では好きですよ。恋愛的に好きって勘違いしちゃいました?」


 冬城は、たっぷりの余裕で俺を見る。

 一瞬でも、恋愛として好き、と勘違いしてしまった自分を殴りたかった。それをもう、遅いとわかりつつも、悟られまいと、俺は冬城を精いっぱい睨みつける。


「友達、だったら――」

「はい」

「これから、もっとお前のこと知れるってことだよな」

「はい、まあ、そうなりますかね」

「じゃあ、さ。明日から……学校で、いや、いいや。ゲーセンで、お前のこと聞かせろよ。普段何してるとかとか、さ」

「いいですけど、聞いていて面白いものじゃないですよ? 俺の話」

「それでも。俺も、俺のこと教えるから……友達ってそういうもんじゃねえの」

「俺、いたことないんでわかんないです。まあ、でも先輩もいたことないんでわかりませんよね」

「……」

「いいですよ。俺のこと知りたくて仕方ない先輩に教えてあげます。一日一個」


 冬城はそういって指を一本たてた。

 まるで、それはあの日俺に挑発的に言ってきた生意気な後輩の目そのものだった。


(は――関係変わったと思ってたけど、俺たちの始まりってこうだったな。ちょっと、ステップアップしたくらいか)


 それでもいい。

 少しだけ、惹かれてるこいつのことが知れるなら、一日一個でも。それが積み重なれば――


「いいぜ。乗った!」

「乗ったって、賭けみたいな……じゃあ、明日からもよろしくお願いしますね。小春先輩」

「……っ、今、俺の事」

「さ、帰りましょうか。てか、となり歩かないでくださいね。そのぬいぐるみもってとなり歩かれるのなんか嫌ですから」


 いつもの冬城に戻り、嫌そうに彼は目を細めた。一瞬デレたかと思ったけど違ったみたいだ。

 また先を歩いていく、冬城の背中を、今日は追いかけて、センサーの反応しない自動ドアをくぐり抜け、俺たちは外に出た。外にすでに夕日が沈み始めており、真っ赤に染まったビル群が黒く大きく空に向かって伸びていた。



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