黄泉の国からの伝言
星月天乃は、一際、異質な雰囲気を漂わせている右側に置かれた黒い便箋に、眼を向けた。中央には赤色のマーカーで文字が書かれている。ソレを囲むかの様に、十二本の大小様々な十字架が、乱雑に白色のマーカーで描かれていた。そして、その十字架の交差している付近には、赤色のマーカーで数字とアルファベットが描かれている。アルファベットの種類はF.М.I.Yだった。
星月は中央の文字を眼で追う。
【十字架を背負い生きなさい。】
そう書かれていた。
星月は言葉を発する。
「辛いなら答えなくて良い。聞きたい事があるんだ。彼女、湯田紗月の死因は…。家族と出掛けた登山先での墜落死だったよな?不審な点も無く、事故として処理されたんだよな?」
「そうだよ。」
「だよな?波木は事件とは無関係何だろ?」
大きな瞳が波木を囚える。
「は?当たり前だろ。何言ってるんだ?」
波木は怪訝そうな顔になった。
「気を悪くしたなら済まない。悪気はないんだ。たださ…。この中央に書かれた【十字架を背負い生きなさい。】ってさ。罪を犯した人間に云う言葉じゃないか?お前、身に覚えはないか?」
「違う。違う。俺は何もしてない。」
波木は首を横に何度も振る。だよなぁ。と星月は独り言の様に呟いた。それから、中央の真っ白い便箋を手に取り、書かれている文字を眼で追う。
【貴方を残して、この世を去ってしまった私を許して下さい。アレから何年経ったのでしょう。私は今でも鮮明に、あの頃を思い出せます。貴方に告白された場所。貴方は覚えていてくれていますか?もし、貴方が私を忘れる事無く生きていてくれているのなら…。もし、もう一度、私とお付き合いしてくれるのなら。想い出の場所で、もう一度、私に告白してくれませんか…。今でも貴方を世界で誰よりも愛しています。迎えに来てください。生き返らせて下さい。もう二度と貴方と離れたくはありません。あの日の様に魂までも燃え尽きそうな程の熱い口吻を、もう一度…。どうかお願いします。】
「覚えてるか?告白した場所。」
星月は、落ち着いた声で尋ねる。
「覚えてるよ。高校の近くに川があるだろ。あの川の土手だよ。」
「あぁ。彼処か…。でさ。一つ聞きたいんだけど…。」
星月は乙女の表情で瞳を輝かせ恥ずかしそうに、随分、情熱的だったんだな、彼女。と云った。そんな星月を波木は呆れた顔で返す。
「25にもなって…。今時の高校生でも、そんな乙女の表情しないぞ…。それに、俺は彼女とキスした事は無い…。」
コホン。と態とらしく咳払いをした星月は、左側に置いてある桃色の便箋を手に取る。目に付くのは、震えている文字だった。
【此処は黄泉の国。死者で溢れ返る死者の国。貴方が死者を連れ戻そうするのなら…。死者の手を取り、振り返る事無く出口へと進め。黄泉の国から出る迄は、死者の姿を視てはならない。ソレこそが禁忌であり、契約である。千年続く幸福を願うのであれば、禁忌を犯してはならない。】
「確実に解るのは一つだけだな…。」
星月は、そう呟いた。