ミスト
数日後のある日、街では珍しく朝から霧が立ち込めていましたが、それでも街の人々はメルロと朝の挨拶を交わしていました。
彼らはメルロを信頼し、彼との交流を楽しみにしていたのです。
街のパン屋で働く人たちは、メルロに対して特別な感情を抱いていました。
彼らはメルロが「パン泥棒」と呼ばれていることを知っていましたが、それは彼が毎朝自分たちに挨拶をして、笑顔で話しかけてくれるからこそ、許されることでした。
その日もメルロは街の中を歩いていました。
彼は人々と話をし、時にはジョークを飛ばし、皆を楽しませていました。
そして、いわゆる「ズボンのポケットにしまっているパン」は今日も絶好調でした。
霧の中、メルロは誰かがこちらを見ている気配を感じ取り、その方角に目を向けた。
しかしその人物がどこにいるのかは見えなかった。
メルロはいつものように人の後ろ姿ばかりを見て、周囲を見回した。
街の中を歩く人々が霧に包まれながら、足早に行き交っている様子が描かれた。
しばらく街中を歩くとやはり気配がする。
メルロはフェイントをかけて、その方向に目を向けました。
霧が濃く、見えにくかったため、はっきりとした人影は認識できませんでした。
ただ、何かしらの気配は感じられたようで、メルロは警戒しながら歩き続けました。
メルロはしばらく歩き続けると、先ほど感じた気配が少しずつ近づいていることに気が付いた。
霧が濃いため、相手の姿はまだはっきりとは見えなかったが、距離が縮まるにつれてようやくその姿が見えてきた。
女性の姿を確認した瞬間、どこかで見たことがあるような気がして軽く戦慄が走った。
しかし、霧が濃く視界も悪いことから、女性が何者なのかを確認することはできず、不気味な気配に背中を押されるように歩を進めることにした。
足早に歩き出すと、後ろから足音が聞こえてくる。
メルロは恐怖にかられ、より一層急いで歩くようになった。
しかし、後ろから迫ってくる気配はますます大きくなり、最終的にはメルロは走り出すようになった。
やがて、足音も遠ざかっていく。
メルロは息を切らしながら立ち止まり、周囲を見回した。
女性の姿はどこにも見当たらず、一瞬の安堵感が胸をよぎった。
しかし、不思議な気配がまだ残っているように感じられた。
気が付いた時には噴水のある広場に来ていた。
いつもならひとが絶えないこの場所は珍しく無人だった。
メルロは噴水の水しぶきを浴びながら、周りを見渡していた。
広場には誰もおらず、静かな雰囲気が漂っていた。
霧が濃くて視界も悪いため、周りに何があるのかもよくわからなかった。
メルロは少し不安そうな表情を浮かべながら、足元の石畳を蹴っていた。
すると、「捕まえた。」とあたりに声が木霊し、メルロは驚愕しあたりを見回す。
そして噴水の水たまりに何かが浮かんでいる事に気が付く。
目を凝らしてよく見ると人の顔だった。顔が上半分浮かんでいた。
その目はまっすぐメルロを見ていた。
メルロは恐怖にかられるがあまりの事で体がいうことを聞かない。
その顔はメルロがよく知っている人物だった。
フレデリカだった。
なぜそこにいるのか訳が分からず困惑した。
フレデリカは立ち上がりずぶ濡れのまま近づいてくる。
メルロはぞっとしていたが、フレデリカがそこにいるのは本物であることを確認すると、驚きと安堵が入り混じった気持ちでフレデリカを見つめた。
フレデリカはメルロに近づき、顔を見上げながら微笑むと、ぽつりと「こんなところで偶然出会うなんて、不思議だわね」と言った。
メルロはどう返答すべきか悩み、言葉を詰まらせたが、フレデリカはその様子を見逃さず、やさしく手を伸ばしてメルロの手を握り、安心感を与えるような微笑みを浮かべた。
メルロはフレデリカの手に手を重ね、口元にも微笑みを浮かべた。
「しばらくの間まともに顔を見てなかったから心配したのよ……………とでも言うと思ったか!!!!!」と般若の面に急変したフレデリカにメルロの叫び声が木霊する。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァァァァァァァ……………!」
霧が晴れ、教会の入り口前には一本の杭が立っていた。その杭には、メルロが後ろ手に縛られ、目を閉じて口に大きなデニッシュをくわえて天を仰いでいる姿があった。
メルロは気を失っているようだった。
メルロの首には「この男、パン泥棒につき、粛清。」という文字が書かれた札がぶら下がっていた。
更に霧が晴れると杭の横にももう一人首から札を下げて倒れている男がいた。
「ついでに成敗」そう書かれた札を首にかけていたのはヨハンだった。