被害らしい被害がほとんどない。
翌朝、アンナとエレナはメルロが朝帰りしたことを確認し、昨日の出来事をフレデリカに報告した。
「フレデリカ、昨日、仮面居酒屋でまたの給仕が現れました。そして例のごとく突然メルロと共に消えてしまったのですが、今回は座っていた椅子毎床に沈んで消えてしまいました。」
エレナも続けた。
「そう、給仕の名前はエミリアさんと言うそうです。私達が仮面居酒屋に到着した時には、メルロにずっと抱きついていたんです。そして、私達といくつか会話した後、二人が消えてしまいました。メルロは先週と同じく今朝、帰ってきたようです。」
フレデリカはアンナとエレナの話を興味深そうに聞きながら、頷いた。
(やはり、給仕はエミリアだった……。)
「なるほど…。メルロは今は?。」
「自分の部屋にいます。」
(やはり対策を練るべきね…。ソフィアとリリアン、後、ハンスにも協力を仰ごうかしら。)
「そして私とエレナは大変な事に気が付きました…。」
アンナは少し力を込めて言い放った。
「?…大変な事とは。」
フレデリカは意表を突かれ、不思議そうな顔でアンナに尋ねる。
続きはエレナが話した。エレナはフレデリカにゆっくりと説明した。
「エミリアがもたらす被害についてアンナと考えてみたんですが、まず、メルロは被害者の筆頭です。しかし、翌日はチャンと帰宅してます。クララも精神的に衝撃を受けてます。ですが、毎回、メルロの帰還を確認した後は落ち着きを取り戻してます。それ以外の被害と言うものを考えてみたのですが、被害と呼べるものは全く思いつきませんでした。」
「……つまり?。」
フレデリカは先を促す。
アンナが続ける。
「被害と呼べる被害がほとんどない………。放置でよいのではないかと。」
フレデリカの脳内に雷が落ちる。
「…そ、それは。ゴクリ、う、受け入れてよい事なのかしら……。」
(…ほ、ほんとだ。よくよく考えてみれば二人にババを引いてもらう以外は被害らしい被害がない。な、何てこと!?)
フレデリカは深く考え込みながら、アンナとエレナの言葉を受け止めた。
「確かに、被害と呼べるものはほとんどないようですね。メルロが帰還し、クララも回復しているようですし。ただし、エミリアがメルロに対して抱く興味や関心は何なのでしょうか。それに、この状況がいつまで続くのかも心配です。」
アンナとエレナは深いため息をつきながら、フレデリカに同意の意思を示した。
「そうですね、私たちもその点については心配していました。そして考え、辿り着いた結論はこうです。『心配しないといけない事って何?。』と。」
「はう!?」
アンナの言葉を受け、フレデリカの頭の中で『現実に向き合う合理的な自分』と『人の命を預かる雇い主として良心』がせめぎ合っていた。
(あ、アレ?、確かに、『心配しないといけない事』ってなんだろう?。メルロは戻ってくるから働き手が欠けるとかいう被害はない。クララも衝撃は受けても回復する。エミリアの関心については分からないが、それによって何か問題が生じるわけではないように思える。しかし、私は雇い主としての責任も感じるし、二人はもう私の家族のようなもの。放置はよくない気がしないでもない。…とは言え、いやなものはいやだと伝えればよい事で、実際に伝えているようだし……。どうすれば良いのか…)
そしてフレデリカは一つの結論を出す。
「…メルロは、ああ見えて言いたい事はハッキリいうタイプです。エミリアとどう決着をつけるのかは、彼自身に任せてよいかと思います。しかし、問題はクララですね。クララはメルロとどうなりたいのかしら?。」
「確かに。」
「それなのよね…。」
アンナとエレナはフレデリカの言葉に同意した。
フレデリカはアンナとエレナの同意を受け、考え込んだ表情で頷いた。
「クララの意見を聞く必要がありますね。私たちは彼女の意思を尊重しなければなりません。」
アンナとエレナも納得しながら、クララの意見を尊重することの重要性を理解した。
「では、まずは私がクララと話をしてみます。彼女がメルロとの関係についてどう感じているのか、どのような未来を望んでいるのかを聞いてみます。」
エレナはそう進言した。
こうしてエレナはクララの考えを聞くことになった。