きっと来る
二人は本とメモを元の場所に戻すことを決めた。
彼女たちは慌てずに本とメモを元の場所に戻し、その後は解読のことは一旦忘れて、現在の状況を整理する必要があると感じた。
目的を果たして自分達の部屋に戻ろうとした時、後ろから、コツッコツッと音が聞こえてきた。
二人は慎重に振り返った。しかし、暗い廊下には誰もいなかった。
だが、廊下の奥からコツッコツッと音が近づいてきた。
途中、月明りに照らされた廊下に出てきたのはペンだった。
二人は驚き、体に緊張が走った。
ソフィア(………ぺ、ぺぺぺぺぺ、ペン?………………)
リリアン(………あれ、か、勝手に動いてませんか?…)
コツッコツッコツッコツッコツッコツッコツッコツッコツッコツッコツッコツッ
ペンが勝手に動いて二人に迫る!
ソフィア「……!………!…!…!…!………」
リリアン「…!…!…!……!………!………」
二人は自ら口を押さえつけ、叫び出しそうな衝動を抑えて逃げた。
そして食堂に隠れて追いかけてくるペンをやり過ごそうとした。
………………コツッコツッコツッコツッ
二人は迫りくる音に恐怖し、息を止めた。
コツッコツッコツッコツッ………………………………
なんとかやり過ごせたようだ。
ソフィア(………あ、あ、あれは、い、い、一体………………)
リリアン(……お姫様…私、ダメです。…でちゃいそう……)
ソフィア(…でちゃいそうって何が!?………………)
リリアン(…お小水ですぅ…う、うう……)
ソフィア(…か、厠は確か、廊下を出て………)
………………コツッコツッコツッコツッ…………………………
ソフィア「……!………」
リリアン「…!…!!…」
廊下に出ては見つかってしまう。
二人は限界だった。特にリリアンは緊急事態だった。
ソフィア(………あそこの窓からでましょう………………)
リリアン(……は、はい…少し落ち着いたので、い、いけます……)
そう言って食堂の窓から外に出る為、小型のランプで辺りを照らした。
すると、壁に巨大な女性の顔が浮かんでいた。それはフレデリカの姿絵だった。
ソフィア「!!?………」
リリアン「!!?………」
二人はまさに蛇に睨まれた蛙のように身動きできなくなり前に進めなかった。
そして後ろに下がって廊下に出てしまった。
………………コツッコツッコツッコツッコツッ!
ソフィア「……!………!…!…!…!………」
リリアン「…!…!…!……!………!………」
口を抑え、二人は迫りくる音を背にしながら逃げた。
姿を目にしたら追い付かれてしまう!
恐怖に支配された二人は根拠のないルールを作りだし、そのルールを絶対破らないように逃げ出した。
途中、外にでて物陰に隠れ、追いかけて出てこない事を確認し、慎重な足取りで外にある厠へ向かった。
リリアン緊急事態を免れた。
ソフィアはリリアンが用事を済ます間、ドアを少し開けずっと手を握っていた。
リリアン(……ありがとうございます。……ずっと手を握っていてくれて)
ソフィア(…いえ、私も怖かったのでお相子です。……)
リリアン(……お姫様…感謝します……)
ソフィア(…これからどうしましょうか?……)
リリアン(…も、戻るんですか?…屋敷の中に…)
月明りに照らされた大きな屋敷は、今の二人にとって魔界に見えた。
二人はこのまま朝までここにいるべきかを考えて黙り込んでいた。
すると、遠くでなにか音がする事に気が付いた。
音がする方へ慎重に歩いていく。
そして二人でゆっくり音がした方に顔を出してみたが、音は聞こえなくなっていた。
ソフィア(…なにも無いようですね。……)
リリアン(…ふう。よかったです。……)
ソフィア(…しかし、このまま外にいるわけにも行きませんね。すこし、寒くなりましたし……)
リリアン(…確か、物置小屋の二階なら扉がついてますし、ここにいるより暖かいと思います。……)
ソフィア(………………………………)
リリアン(…お姫様?…小屋は後ろですよ?……)
ソフィア(…リリアン?…私たちがここに来た時、あんな処に棒が立ってましたか?…)
リリアン(…棒?ですか?……憶えていないのですが、確かに棒が立ってますね。……)
ソフィア(…私たちが来た時に、あんな処に棒が立っていたら、荷馬車は入れませんよね…)
リリアン(…そうですね。では後で立てたという事でしょうか?。でも、なぜあんな処に立てるのでしょう。……)
二人は顔を合わせて不思議がっていると先ほどの音が鳴り響く。
ガチャッ、ガチャッ
ソフィア「!!?………」
リリアン「!!?………」
二人は驚愕し、音のする方をみた。
ガチャッ、ガチャッ、ガチャッ、ガチャッ
棒が勝手に動いていた。
ガチャッガチャッガチャッガチャッガチャッガチャッ
まだ遠くにある棒は明らかに二人を目指して近づいていた!
ソフィア「……!………!…!…!…!………」
リリアン「…!…!…!……!………!………」
二人は物置小屋の二階に逃げた。
そして扉を背にして座り込み息を整えた。
しかし、驚きすぎて呼吸が乱れまくっていた。
ソフィア(……なぜ?なぜあんなものがこの世にあるのです?ハァハァ……)
リリアン(……お姫様………あ、あれは、もしかしたら?…ハァハァ)
ソフィア(…もしかしたら?…なんです?……ハァハァ……)
リリアン(……この土地の調査資料にあった、一本足の物の怪じゃありませんか?…ハァ)
ソフィア(…リリアン……ハァハァ…あなた…疲れているのよ…ハァハァ)
リリアン(…お姫様!?……それ、ただ言いたいだけじゃないんですか?…目の前に現れたじゃないですか!…ハァ)
ガチャッ
ソフィア「!!?………」
リリアン「!!?………」
二人は息を止めた。
ガチャッガチャッガチャッ
ソフィア「!?…!?…!?…」
リリアン「!?…!?…!?…」
明らかに階段を上っている音がする。
迫りくる恐怖に二人は動機が止まらなかった。
心臓の音が煩い。二人は初めての感覚だった。
そして音はドアの前で止まった。
ガチャッ
ソフィア「!?…………………」
リリアン「!?…………………」
静寂は二人に取って長く長く感じた。
そして気付かれないよう音を立てずにゆっくり息を吐いた。
ドンッ!
ソフィア「キャアァ!?」
リリアン「キャアァ!?」
ドアが怒突かれた!
そして、声を上げてしまった!
ドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッ!
ソフィア「アアァァァァァァァァァァ!?」
リリアン「イヤァァァァァァァァァァ!?」
際限のない恐怖に二人は叫んだ。
日が昇って新しい朝が来た。
フレデリカは二人を迎えに行ったが部屋に二人はいなかった。
食堂にも顔を出さなかったので心配して皆に探してもらった。
メルロは、勝手に外にでていたハチをみつけた。
踏ん捕まえて物置小屋の二階に放り込もうとしてようやく二人を発見した。
二人共、あられもない姿だった。白目をむいて気を失っていた事もそうだが、かつて「クラスの女王様」と呼ばれたソフィアは下着を丸出しにしていた。
メルロはその姿とハチを交互に見返して、ハンスと共に初めてハチと遭遇した時の事を思い出した。
何となく何があったのか察したメルロは、ソフィアの傍でしゃがみ込み、顔の前に手を合わせた後、ソフィアのスカートを直してやった。
メルロは意味が分っていなかったが、体が自然と動いていた。