第一話 目覚め
世界の雰囲気ががらりと変わった。
少女はまどろみの深い眠りから覚めていく。
呼吸をするたびに取り戻していく感覚。
静止する静かな夜で、騒がしくも響き渡るのは人々の存在と声。
私は外にあるベンチにちょこんと座っていた。
足元の砂利と壁のない異様な空間を感じた私は、途中からはっと目を覚まし、俯いていた首を上げてみせ、反射的に辺りを見渡した。目に見える景色はどれも記憶にないものであふれかえっていた。
突如高まる不安の鼓動。
私は何をしていたのか。何故ここにいるのか。
今ある現状を皆目理解できず、震えて泣きそうになりながらも、寝起きだから一瞬だけ忘れているのだろう。と慌てふためきながら懸命に言い聞かせてみた。
しかし、考えても考えても思い出すことはできなかった。着用している白いワンピースには細やかなレースが飾られており、私がそうそう着ることのないデザインの服を身に着けていた。この服で外に出ていることに気恥ずかしくなる。
…そもそもこの服を私がチョイスする訳がない。誰かに着せられた?なら私は誰かに誘拐されたのか?不安定な仮説と情緒にぐるぐると振り回される。恥ずかしいのか怖いのか…耳まで赤く高揚しているのを感じながらも、肌触りが最高なスカートの裾を引っ張り、そわそわと泣きたくなる気持ちを落ち着かしてみせた。
各々が歌を歌ったり笑ったりそんな騒がしさが行き交う中、私の服装はそれほど目立っていないように感じた。
記憶喪失の私の目の前に広がる一際大きな会場の存在に思わず息をのんだ。近くで声を張り上げ仕事をこなす男性が気になり、少しだけ眺めてみたくなった。
「チケットはこちらでえーす!チケット持ってないと入れませんよおー!」
めえいっぱいに声を出す、小太りの男性を他所に、人々の群集はお互いに楽しげに会話をしながら大きく口を開けた入口へと流れ込んでいく。
陽気な大音量の音楽とネオンに点滅する光に囲まれた看板を見上げ、どうやらこの祭りの中心イベントは舞台で繰り広げられる演劇らしいことがわかった。
「だからー!チケット!チケット持ってって!あーもうっ!!」
一緒になって入り口に押し込まれたかと思えば、流れの中で異物感でも感じられたのか何故か綺麗に吐き捨てられる。一転、二転と大袈裟に情けなく転がり、おじさんはそのままへたりと地面で伸びていた。
ちかちかとした視界に酔い、目をしょぼつかせていると唐突に声をかけられた。
「おっ…お嬢様ちゃあーん…」
えっ…?
ぼう、と呆けていたもんだからぴょこんと飛び跳ね驚いた。私よりも一回り小さいさっきの小太りの男性が汗を照らつかせながらこちらに近づいて来ているではないか。にたにたと遠慮がちに笑みを浮かべて中々の早さでこちらに駆け寄って来る。
「けっ…結構ですっ…!」
とくに理由はなかったが、嫌な予感と恐怖を感じたので私はぎこちなく声を震わせその場から逃げ出した。何か引き止められる声が後ろから聞こえたが、聞こえてなかったことにしよう。