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泡沫に集うものたち(中)

 碧鸞の住まう霊鳥たちの郷は、龍河や桜泉が妓楼・南陽楼の中で見かける衝立(ついたて)に描かれていることが多い「桃源郷」と呼ばれる想像上の夢の郷の景色によく似ていた。


 龍河も桜泉も酒を嗜む年齢ではまだないものの、この景色に囲まれて飲むのであれば、しょっちゅう盃を酌み交わしているらしい呉羽と碧鸞の気持ちは、何となくだが理解出来る気はした。


「はぁ! カゴ咥えて飛ぶのってキッツ――‼」


 とある屋敷の軒先に、龍河と桜泉が入っていた箱をそっと下ろして、碧鸞がぷはぁっ! と、大きく息を吐き出していた。


 碧鸞ではない一羽の鳥が頭上を旋回していたが、その鳥に向かって「大丈夫! ボクのお客様だからね!」と碧鸞が叫んだのと同時に、短い鳴き声と共にその鳥はどこか別の方向へと飛び去っていた。


 郷へ入ったのと同時に現れているところから言っても、普段よほど郷の外の住人と交流をしていないに違いない。それ故の警戒。


 恐らくは、呉羽の存在が相当に例外なように思われた。


「それで」


 ふるふると、箱を咥えていた口元を解すように頭を振って、碧鸞は箱から上半身だけを出している龍の兄妹をじっと見つめた。


「その様子だと、龍河も桜泉も何が起きたのか把握出来てないっぽいね」


 碧鸞のその問いかけに、桜泉は首を何度か縦に振り、龍河は威嚇するかのように歯を見せながら柳眉を逆立てた。どちらにせよ、それが「応」の答えだ。


「まあ、ボクも呼ばれて出るなり『匿え』だから、分かってないっちゃ分かってないんだけど。それでぶっちゃけ、現時点で心当たりはナシ?」


 口調は気安いが、声に常の軽さはない。

 そうと察している龍河も、真面目に考えて「ない」と答えを返した。


「珠葵が南陽楼で店を開くまでくらいなら、後見狙いで手を出してこようとするヤツらはいたが、今はもう妓女なら葉華、官吏なら御史台更夜部が黙ってないってコトくらいは、よほどのド素人でなければ分かっているはずだ」


 柳珠葵は、小さな龍の兄妹が唯一心を開く人間。

 龍の力を欲するにしても、珠葵を無視してのゴリ押しは通らない。


 だからこそ珠葵の存在が龍の弱みとならぬよう、朱雪娜が様々な防御の陣を珠葵の周りに張り巡らせていた。


 葉華や御史台更夜部の影を店の周囲でチラつかせているのも、ひとえに珠葵が人質にとられることを防ぐ為だ。


 最近ではそれが功を奏していたのか、あからさまに珠葵や龍の兄妹を狙ってくることはなかった。

 今まではそれで、上手く回っているはずだったのだ。


「まあ、それでも小道具店の出資者になってやる……とか、何を勘違いしてか珠葵を身請けしてやるとか、搦め手狙いのあんぽんたんは時々湧いて出てたけどね」


「あん……桜泉、言い方」


 兄に窘められた妹は「間違ってないでしょ?」と、小首を傾げている。


「でも確かに、その程度だったら雪娜や葉華で充分威嚇出来てたはずだから、今回はちょっと大がかりだよなぁ……とは、ボクも思うけどね」


 桜泉の前で、碧鸞も頷いている。


「だったら、こんなところで……っ」


「だからじゃん、龍河クン。そりゃ、ハタから見れば珠葵だって狙われてるのかも知れないけど、結局、行きつく先ってキミらでしょ。珠葵が自分よりもキミらを優先したのって、さもありなんだよ?」


 珠葵の考えを無駄にしちゃうワケ?


 碧鸞のその言葉に、ぐうっ……と、龍河の喉の奥が不穏に鳴り響いた気がした。


 珠葵を一人にしたくない! と、叫んだところで気持ちは皆同じなのだ。

 不本意げに黙り込んだところへ、不意に別の声がそこに割って入ってきた。


「――そうそう。頼むから、今はまだ余計なことはしてくれるなよ?」


「「「呉羽‼」」」


 龍河、桜泉、碧鸞の声が重なる。


 実際には、普段よりもサイズの小さい尻尾が三本きりの狐の姿が目の前に見えるだけだ。


 だが霊獣、神獣の名を持つ彼らの前にあっては、気配そのものを偽ることが出来ない。

 間違いなくそれは、何らかの理由で姿を小さくしている妖狐・呉羽の今の姿だった。


「ああ、気にすんな。さすがに身体丸ごとこっちに来させるわけにはいかなかったからな。ちょっと()()()だけだ」


 唖然と小さくなった狐を見ていた龍河や桜泉と違い、付き合いの濃い碧鸞が一番、目の前の事態を理解するのが早かった。


「あ、そういうこと。分体だね」


「とりあえず状況報告しといてやる。だから暴走すんなよ。特にそっちの小龍(こりゅう)


「っ!」


 碧鸞以上に遠慮のない物言いに、龍河がカチンときたようだったが、状況報告と言う呉羽の一言が龍河の理性を発動させたのか、言い返すことはせず、呉羽を睨むに(とど)めていた。


 ……まあまあ、とばかりに桜泉が背中を撫でていたせいもあったかも知れないが。


「え、それで呉羽、本体はどこなの?」


 そんな二人に代わって尋ねる碧鸞に、本題を思い出したとばかりに呉羽はぐるんと身体を傾けた。


「あー……一応、王宮?」


「一応って、なに」


「王宮内には違いないが、あちこち動き回ってるからな。これから珠葵の所に向かう予定」


「え、珠葵、王宮なの? 雪娜に保護してもらったとか、そんな感じ?」


 別れ間際の慌てぶりを考えれば、それが一番安全な隠れ家だ。


 もしも珠葵でさえ、何が起きているのかを把握していないのであれば、御史台更夜部以上に安全な避難先はない。


 尋ねた碧鸞も、すぐ傍で聞いていた龍河と桜泉も、ある種期待をこめて呉羽を見つめたのだが――残念ながら、彼らの望みは叶えられなかった。


 呉羽がやんわりと首を横に振ったことで、むしろ嫌な予感が加速したと言った方が良かった。


「残念ながら、珠葵は北衙禁軍管轄の牢の中だ。今は取り調べどころじゃないから、牢の中での放置一択のようだが、いつまでそうしていられるかは分からない、危ういところだな」




「「「……はぁぁっっ⁉」」」



 ――霊鳥の郷の中で、霊獣と神獣の怒りの声が響き渡った。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 龍河と桜泉が入っていたのは箱? 葛籠じゃないの? [一言] 龍河君、もう少し回復してたら確実に暴走しそう。
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