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5-3

「――游皐瑛に手を貸すのか?」

「ひゃっ⁉」


 暗闇から突然聞こえた声に、珠葵は思わず座ったまま飛び上がりそうになってしまった。


「呉羽⁉」


 よくよく目を凝らせば、松明の明かりが届くギリギリのところに、狐らしき動物の足だけが見えたのだ。


 どうやら「お座り」の様な姿勢で、二本の足がうっすらと見えている。


「姫天に聞いた。まだ、ここから出られなくても大丈夫だと言ったらしいな」


 とは言えどうやらこちらに近寄ってくるつもりはないらしく、話の確認に来たと言った雰囲気が満載だった。


「ああ、うん。だって雪娜様の味方だって仰ったし、凌北斗(あのバカ)に続いて私までいなくなったら、せっかく今、雪娜様を守って下さってるのが台無しになるかも知れないと思ったし……」


「おまえは相手が雪娜の味方だと言ったら誰でも信じるのか?」


「まさか、そんなんじゃないよ! 一応、鄭様の名前も出てたから。鄭様も基本的に、雪娜様の為にならない人にはロクに話しかけもしないでしょう? そんな鄭様が私の名前を出してたって言うなら、春宮様が私個人のことをどう思っているのか知らないけど、少なくとも雪娜様の敵にはならない人だと思ったんだもの!」


「……ふん」


 珠葵が反論したのが面白くないのか、その通りだと思ったのが自分で納得いかないのか、ぱしりと呉羽の尻尾のいくつかが地面を撫でた。


「ねぇ、呉羽は凌北斗(あのバカ)探しに協力してくれる?」

「バカバカ連呼するなら、もう放っておいたら良いだろう」

「雪娜様絡みじゃなければ、私も大いに賛成なんだけど」


 即答する珠葵に、呉羽がチッと舌打ちをする。


 呉羽は他の「友達」と違い、まず最初は雪娜の意向を気にする。

 本人(?)に言うと確実に怒りを買うが、その立ち位置は鄭圭琪そっくりだ。


 鄭圭琪曰く呉羽の場合、雪娜の母・馮美梛に「拾われた」と言うのが呉羽(ほんにん)の言い分らしい。その美梛に頼まれたからこその今があると言うことらしいが、それ以上の詳しい話は本人が拒否しているらしく、曖昧なままだ。


 何にせよ基本的に呉羽は、無条件に珠葵の頼みを聞くことはないのだ。

 雪娜絡みと言われて、渋々話を聞いている状態だ。


「……游皐瑛が特殊な結界を張って、御史台に対して悪意のある者を弾いているのは間違いない。官吏らにも、迂闊に部署を離れるなと皇太子権限を発動させてる。雪娜としても自分が率先してそれを破って部下を危険に晒すわけにもいかないから、今は黙って受け入れている状態なんだよ」


「春宮様の〝力〟って、そんなに凄いんだ?」


 悪意のある気配を祓う程度の珠葵からすれば、游皐瑛は想像もつかない力の使い方をしているように思える。


 さっきだって、指を鳴らしただけで周囲の音を内からも外からも遮断していたくらいだ。


「まあそこまでやっても、皇帝がヤツを罰せられない程度には、力も頭もある。明確な罪を犯しているわけでもないから、さすがに皇帝も、ただ気に入らないだけでは罰せられない。そんなことをしていたら国が滅ぶ。何より守護龍(りゅうせん)が黙っちゃいない。双方が相手の失策を期待して睨みあっている状況――だった。これまでは」


 朱雪娜の楯となるかの如く、実の父親と対立していたと言う游皐瑛。


 南陽楼と街中が基本の行動範囲だった珠葵は知る由もなかったが、御史台更夜部に時々出入りをしていた姫天たちは、何度か父子が睨みあっているのを目撃していたのだ。


 そして、その均衡が崩れた。

 ひとえに凌北斗の存在によって。


「……呉羽は凌北斗(あのバカ)を実際に見たことある?」


「いや? ただ、かなりの力の片鱗が王都内で確認されたことがあった。あれがソイツの力なら、力を持つ者や人外の連中の間で騒がれるのは、さもありなんだ。実際、鄭圭琪が少し動いていただろう? あれは多分、その凌北斗の引き入れを狙ってたんだろうよ」


 ところが養父が殺されたことで、凌北斗は周囲の全てに疑心暗鬼になっていた。

 圭琪は、無理に引き込もうとしても上手くいかないだろうと察していたのだ。

 だから周囲も巻き込みながら、少しずつ距離を縮めようとしていた。


 その「仕込み」の全てを、皇帝側は無に帰したのだろう。

 無理に言うことを聞かせようとして、逃げられた。


「真面目な話、凌北斗を探すって言っても、どうするんだ。あてはあるのか? 大人しく子龍(アイツ)らと一緒に碧鸞の郷に逃げてた方が良くないか?」


 放っておけ、と呉羽は言っている。


「んー……まあ、そうかも知れないんだけど……」

「雪娜も多分、じっとしていて欲しいんじゃないか?」

「うーん……」


 そうだろうな、と珠葵も思ってしまう。

 口数は少ないが本来の性格はとても優しい雪娜(あのひと)であれば、きっとそう思うだろう。

 危険な目にあうのなら、それは自分だけで良い、と。


 でも。

 だからこそ。


「やっぱり、雪娜様が狙われてるって聞いちゃったら、聞かなかったことには出来ないや」


 きっと、游皐瑛と鄭圭琪の二人は、珠葵にも動いて欲しい筈だ。

 朱雪娜のために――珠葵に出来ることとは?

 考えなくちゃ。


「とりあえず鄭様に言って、明明さんが私のお店に持ち込んできた短剣と、他の小道具なんかを片っ端から〝浄化〟させて貰おうかな」


「……へえ?」


 珠葵の言葉に、呉羽の足がピクリと動いた気がした。


「でも、ただ〝浄化〟してもこの場合は意味がないと思うから、誰か『気読み』の得意な人に来て貰って、私が〝浄化〟をする隣で、小道具にこめられた悪意を辿って貰おうかと」


「うん? それって、(くだん)の妓女が持ち込んだ小道具だろう? 妓女殺しの犯人には繋がらないんじゃないのか? せいぜい、誰が贈ったかを明らかにするくらいで、殺人の現場までは読み取れまいよ。凌北斗探しとどう関係するんだ?」


「確かに、どこの若旦那かが分かるくらいかも知れないんだけど。だとしたら、凌北斗(あのバカ)養父(ちちおや)が亡くなったって言う原因の方は読み取れないかなと思って」


 実際に読み取れるかどうかはさておいても「読み取れるかも知れない」と噂をバラ撒くだけでも、膠着した事態が進展するのではないかと思うのだ。


「私の予想だと、誰かさんは多分、王宮内の各部署の動きが探れるような所に潜んでいるんじゃないかと思うのね? だから王宮内で『柳珠葵が釈放の条件として、小道具から関係者を辿る術式を展開させようとしている』って、鄭様と春宮様にお願いして、噂を流して貰おうかな――と」


 隠れているなら、出てきたくなるように仕向ければ良い。


 単純な話だ、と片手の人差し指を立てた珠葵に、ちょっと苦々しげな呉羽の声が返ってきた。


「一見もっともらしいことを言ってはいるが、それだと本命の凌北斗以外にも『犯人捜しをされたくないヤツ』やら『そこに便乗して凌北斗を押さえたいヤツ』やら湧いて出て来るぞ」


「うん。そこは呉羽とかてんちゃんの手を借りたいのももちろんだし、鄭様とか春宮様とかにも手を貸して貰えたらなー……って感じ?」


 どうせ、あのあまりに不穏な気配の強かった短剣を〝浄化〟すれば、その時点で珠葵自身身動きが取れなくなる可能性が高い。


「ぶっ倒れたら強制的に碧鸞の郷にでも放り込めと?」

「もしくは御史台更夜部の雪娜様のところでも可。どっちかなら、私も安心」

「…………」


 言葉の代わりに呉羽の尻尾がまた、たしたしと音を立て始めた。


「……ちゃんと〝浄化〟で出来た『珠』は皆に行き渡るようにするよ?」


阿呆(アホ)か。他のヤツらはともかく、こっちはそんなもの別に必要としていないと前から言ってるだろう」


「あ、そうか。じゃあ、また梅酒とか」


「…………雪娜は多分、首を縦には振らねぇだろうな。鄭圭琪にこっそり聞いて来る。すぐに戻る」


 呉羽の答えに間があったのは、果たして梅酒につられたのか、何を言っても珠葵は意見を翻さないと、諦めたのか。


「あっ、呉羽! ついでに何か日持ちする食べ物と水――」


 珠葵がそれを言い終わらないうちに、(くれは)の足はもう見えなくなってしまっていたのだ。


「聞こえたかなぁ……」



 結局、答えは返らなかった。

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