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3-1

「改めて葉華、珠葵――すまなかった」


 さほど間を置かずに戻って来た鄭圭琪は、開口一番そう言って小道具屋の奥の部屋で頭を下げた。


「まったくだよ。《《普通の部署》》ならともかく、御史台更夜部と刑部に、あんな知識の足りない子がいちゃダメだろう」


 圭琪が来たと聞いて現れた葉華が、呆れた……と言った声を発している。


 夜に営業をする妓楼と、夜に現れる魔物を狩る御史台更夜部との間には、見張りの為に部屋を貸したり、人外のモノ全般の事情聴取に部屋を使ったりと、所謂「裏」の提携が存在している。


 そして昼間に「人」の犯罪者を裁く刑部とは、互いに昼と夜とで棲み分けを行い、領域侵犯をしないよう、上の者同士で以前からの約定が存在しているのだ。


 御史台更夜部にしろ刑部にしろ、官吏となって配属をされたら、まず初日に説明をされることの一つだと、場所を貸す立場として、珠葵も葉華も説明をされた事がある。


 だからこそ、さっきここへ乗り込んできた青年が、まだ御史台更夜部管轄の時間である筈の時間帯に押しかけてきて、この妓楼の立ち位置すら理解をしていない事に、違和感を感じずにはいられなかった。


「ちょっと、彼は特殊な事情と言うか、立ち位置にいてね。王宮の内部事情に関わることだから、ここで詳しくは語れないんだが――」


 まだ十代前半の珠葵などは、圭琪にそう言われると「ワタシハナニモミテマセン」と背を向けるのが手っ取り早いと理解をしているのだけれど、妓楼の中で酸いも甘いも嚙み分けてきた葉華が聞くと、話は斜め上からでも読み取れる技術があった。


「ははぁ……さては『やんごとなきご身分』の(かた)の隠し子とかで、処遇に苦慮して所属させたクチかい」


 え⁉と、声を上げたのは珠葵だ。

 問われた圭琪は曖昧に微笑(わら)うだけだ。


「さぁ……だが、葉華でもそう言った巷で流行っている様な小説(ほん)は読むんだな。今のはまさに、そう言う筋書きだ」


「妓楼に流れて来るのは、本より厳しい現実の話だよ。とりたてて驚くことでもないだろう?」


 目だけが笑っていない笑顔の応酬は、怖い……と言うか、珠葵ごときが割り込める話じゃない。


 隠し子だなんだと、気になる単語は出ているけれど、もう、次は「ワタシニハナニモキコエテマセン」で、良いだろうか。


「さっきも聞いたろう? あのお坊っちゃんは、当面出入り禁止だよ。何を探っているのか知らないが、あの調子じゃ、何か知ってる人間だって素直に話さないだろうよ。ちゃんと一から教育して貰いたいもんだね」


「出入り禁止の話は後で刑部尚書に伝えておくよ。そんな訳だから、私が明明(メイメイ)――李明玉の話を聞かせて貰っても良いだろうか」


 やはり葉華が言っていた通りに、鄭圭琪は明明がここへ大量の品物を持ち込んで来た時の事を聞きにきたようだ。


 葉華と話す前だったら、珠葵も「大したことは話していない」と答えただろう。

 ただ、さっきの話は伝えておいた方が良いと、葉華がそんな空気を醸し出しているので、珠葵はおずおずと口を開いた。


「あの、私はいつも品物を査定する傍ら、皆さんの愚痴や悩みを聞くだけなので、親しく会話を交わしたと言われると違和感があるんですけど……最初はもうひたすら、売り払ってやるんだから! って叫んでました。ただ、途中でふと『何が坊ちゃんとはこれきりにして頂きたい、よ!』って叫んでいたので……店の誰かから一方的に言われたとか、そんな感じじゃなかったかな、って――そこは想像ですけど」


「……なるほど」


 珠葵の説明を聞いた圭琪は、その瞬間、怖いくらいの無表情になっていた。

 鄭様、とそんな圭琪を見る葉華の目が、ついと細められた。


「アタシは明明は『巻き込まれた側』じゃないかと思うんだけどねぇ? 彼女より、通っていた若旦那の店とやらに探りをいれるべきじゃないかい」


「たとえそうだったとしても、彼女が最後に目撃されたのが、南陽楼のこの店である以上は、御史台更夜部にしろ刑部にしろ、聞きに来ない訳にはいかないよ。私に出来るとすれば、せいぜいこの店に向く疑いの目を濃くしないことくらいだ」


「……最後、ね」


「!」


 最後、の言葉を葉華が意味ありげに繰り返している。

 ここまでくると、さすがの珠葵でも隠された言葉の意味が分かった。


「て、鄭様。明明さんって……」


 答える代わりに圭琪は黙って右手の人差し指を自分の口元にあてた。


「今、それ以上を知らないのであれば、少なくとも刑部から事情を聞かれるまでは、そのままでいた方が良い。無駄に疑われずに済む」


「え……」


「それと、葉華。申し訳ないが『若旦那の店』に関しては、現時点では手を出さないで欲しいんだ」


 面食らう珠葵をよそに、葉華の方は「へぇ……」と、怖いくらいの微笑を浮かべていた。


「どう聞いても南陽楼(ウチ)にケンカを売ってきているってのに、今はそれがどこかは探らずに、黙って耐えろと、そう言うんだね鄭様は」


 葉華は南陽楼だけではなく、皇都の妓楼全てに顔が利き、その発言力も並大抵のものではない。

 各妓楼を経営する主人でさえ、葉華には一目も二目も置く。


 本来、葉華がその気になれば、明明が付き合っていたという「若旦那」がどこの店にいるのか、すぐに分かる筈なのだ。


「あくまで現時点では、だ。少し泳がせたい。だから葉華の方から、他の店の連中を押さえておいては貰えないだろうか」


 それを、今は探してくれるな――と、圭琪は言う。


 なるほど、どうやらそれを頼みたくて、珠葵だけでなく葉華にも残っていて欲しかったようだ。


「……まあ、無理にお(かみ)の邪魔をするつもりはないがね」


 圭琪の目が、懇願に近いものになっていると察した葉華は、微かに目を瞠っていた。


「ただ、ソイツらがこちらに突撃をしてきたり、妓楼の営業妨害をするようなら、たとえ鄭様の頼みと言えど、それ以上は聞けないよ。それで良いかい」


 いずれにせよ、互いの立場からの落としどころを探る必要は確かにあって、ここでは圭琪に対して、葉華が一歩引いた形になった。


「ありがとう。もちろん、それで構わない」


「そうかい。じゃあ、もう休ませて貰うよ。今夜もお座敷だからね。身体に不調をきたすようじゃ妓女失格だ」


「ああ、すまなかった。あとは珠葵と話させて貰うよ」


 まだ何か……と思ったものの、元はと言えばあの禍々しい短剣の話があった。


 葉華がちょっと心配そうに珠葵を見たものの、今回は心当たりがあると、目で訴えたところ、そこは一応通じたみたいだった。


「まあ、鄭様相手じゃ万が一も何もないだろうけどね。一応、身の危険を感じたら呼ぶようにとは言っておくよ」


「それこそ杞憂と言うものですよ、葉華」


「どうだかねぇ」


 明らかに圭琪を揶揄(からか)ように笑って、葉華は妓女たちの住居区画の方へと姿を消した。


「やれやれ。雪娜様と同じくらい、あの女性にも頭が上がらないな」


 圭琪の呟きは、珠葵も激しく同意をするところだった。

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