国際会議
「おほんッ……お二人の関係は私含め皆が同じ認識を共有したでしょう。お時間もそろそろのようですし、会議を始めませんか?」
紀野総理が軽く状況をまとめ、会議の開始を促すと、アメリカだけでなくその場にいた各国の重鎮の雰囲気、真剣さが増した気がした。さきほどまでグリーン大統領の膝の上に座っていたメアリーも、隣に用意されている椅子へと腰を下ろす。
「それでは、皆様お揃いのようですので始めさせていただきます。今会議の進行を務めます、ハミルトンと申します。以後お見知りおきを」
そう言って、先程までグリーン大統領の後ろに控えていた中年の男性がお辞儀をする。それに応じてあまり地位の高くないであろう者たちはお辞儀をし、各大統領、総理大臣は会釈程度に頭を下げた
「今回の主な議題は、世界各地で起こっている天変地異についてです。幸い、世界が変貌を遂げてわずか2週間足らずという短い時間で、このような場を設け、参加していただいたことには非常に感謝しております。それでは、お手元の資料を御覧ください」
ハミルトンの言葉に、全員の視線が手元の資料へと移る。
「見ていただいたら分かる通り、お手元の資料には現在判明している各国の被害状況、取っている対策、今後の方針などが記載されています。今回参加されなかった国々の被害状況は未だ掴めていないため、ご了承ください」
資料をよく読むと、意外と日本の被害は少なかったと見える。都市部では少ないとは言えない犠牲は出たが、あまり栄えていないところでの被害はかなり少なかったらしい。各国でもその傾向はあるらしく、ここに参加している国の中で最も都市部に人口が集中しているであろう中国の被害状況は、思わず目を瞑りたくなるほどだった。
「本来なら自国の不利な状況など隠したいところを、各国偽りなく報告していただき、深く感謝します。さて、各国の状況もある程度確認が取れたことで、相互に質疑を行いたいと思います。なお、建設的でなく無意味に思えた質疑は強制的に中断させていただきますので、その点ご了承ください」
そこからは、場違い感がすごいのでは?と思えるほど難しく真面目な話が続いた。たまに日本にも質問が飛んできたが、すべて紀野総理が完璧に答え、特に何もなかった
30分ほど話していると、そこで初めて口を開いたものがいた
『これは特定の国に対する質問ではないのだが、この場にいる各国代表のプレイヤー達は、どのくらい戦えるのだろうか』
その言葉を発したのは、アメリカのグリーン大統領だった。その言葉に、それまでほとんど蚊帳の外だった各国のプレイヤーたちに緊張が走った。
どのくらい戦えるか、この三十分ほどの質疑の中で、何気に触れられなかったことだ。この場で自分はどのくらい戦えるかを言うことは問題ではない。その質問をすること自体に覚悟がいるのだ。世界がこのような状況とは言え、国際会議という場で戦争を連想させるようなことは極力控えるべきだ、という意識が皆の中にあったのだろう
『本来の国際会議では触れるべきではない言葉であろう、しかし今は違う。どのくらい戦えるか、それが今後の世界を左右する重要な要素だ』
「グリーン大統領の言うとおりでしょう。今戦争を起こすリスクがどれだけあるか、戦争を起こすことによるメリットがどれだけ小さい、あるいはマイナスか、わからない皆様ではないでしょう。ならば戦争を多少連想させようが、この話はするべきです」
グリーン大統領に続き、我らが紀野総理もこの話題を強く推す。実際、口にしないだけで皆気になっていたであろう。心做しか、プレイヤーたちは少しイキイキしているように見える……もちろん甲斐や鏡華も
『ではまずは私から。名前はメアリー・ミラー、アメリカ代表のプレイヤーよ。レベルは32で中、遠距離からの攻撃が得意ね』
真っ先に自己紹介をしたのはメアリーだった。ざっくりとしたことではあるが、レベルとどんな風に戦うかさえ分かれば大丈夫だろう。
「俺は甲斐鋼征!レベル28のゴリゴリ近距離タイプだ!日本代表としてきているが、代表の中では一番弱いんだ。よろしく!」
甲斐の元気が良すぎる。あれか?緊張してるけど無理やりハイテンションで乗り切ろうって感じか?そう思って席についた甲斐の顔を見ると、さっきと変わらない顔をしている。
「(あ、これは素でこのテンションなのか)」
「日本代表、御上鏡華。レベルは37の近距離タイプ。日本代表だと2番目、よろしく」
さきほどの甲斐とは打って変わって、恐ろしくローテンションな鏡華が自己紹介をした。それより鏡華さんや、その理屈だと消去法で俺が一番強いってことになりますけど大丈夫か?
「えぇと、日本代表の桜田天馬です。レベルは41でオールラウンドに戦えます。よろしくお願いします」
甲斐と鏡華のせいで上がってしまったハードルを態度で下げようと、少しひ弱な感じに言ってみたが、鏡華と甲斐に白い目で見られた。甲斐曰く……「あんな下手で出といて、レベルは40超えてるわオールラウンドに戦えるわって、一種の煽りに取られるぞ」とのこと
確かに一番最初に名乗った幼女からの視線が痛い
『私は王寧、中国代表のプレイヤーです。レベルは31、中距離からの攻撃が得意です』
アメリカ、日本に続いたのは、この中で一番被害が大きく大変な思いをしているであろう中国だった。チャイナドレスに、語尾に「アル」がついているなんてことは決してなく、グレーのカジュアルスーツにポニーテールの清楚系だった
『フランス代表、アラン・ルブランだ。レベルは33で遠距離からの攻撃が主軸に戦っている』
中国の挨拶から少しの間も開けずにフランスのプレイヤーが挨拶をした。第一印象は鏡華の男性版って感じか、少し無愛想な感じがしなくもないが、話してもいないのに決めつけるのは悪いよな、と一人で納得して頷いた。それにしてもガタイが良く紳士のような雰囲気なのに後衛なのか
『イギリス代表のアイザック・セバスチャンと申します。レベルは36で近距離での戦いを得意としております。以後、お見知りおきを』
そう言って深々とお辞儀したのは、誰かの秘書だと思っていた白髪の多い老紳士だった。特に目立った気配もなく、完全に一般人だと思っていた。恐らく同じことを思っていたのか、鏡華が少し驚いている
『い、イタリア代表のカーラ・ココと言います……レベルは33で中距離が得意です。よろしくおねがいしましゅ、!』
噛んだ
ただ見た目がメアリーと変わらないくらいの幼さで、緊張からかおどおどしているところ見るとすごい庇護欲が湧いてくる。皆そう思ったのか、少なくとも日本の皆はカーラに対して温かい視線を向けている。
あ、アメリカ、中国も同じような視線向けてるぞ!!
『ブラジル代表のベルナルド・オリヴェイラだ!レベルは35の中、遠距離タイプだぜ!』
甲斐と並ぶくらい元気な勢いで挨拶したのはブラジルの代表だった。ガタイの良い短髪にかなり多めのピアスに黒人と、少し威圧感のある見た目をしているが、何故か恐怖というものをあまり感じない。もしかして根が優しいとかそういうギャップ系だろうか
『最後に、カナダ代表のオースティン・ハミルトンです。レベル38で近、中距離での戦闘が得意です。改めて、よろしくお願いします』
いやあんたもか!!
予想していなかったところから挨拶があり、内心かなり驚いた。あまり顔に出さなかったことを褒めてほしい。だって鏡華ですら唖然としている。甲斐に至ってはハミルトンと天馬の顔を交互に見ている
『以上10名が、世界のトッププレイヤーとなります』
最後にハミルトンが締めくくって、会場は拍手で包まれた。
『それでは、これよりプレイヤーたちの交流会を行います。先ほど挨拶をされた、私を含め10名は別室へと移動させていただきます。こちらに残られた各国の重鎮方は、会議の続きをしていただいて構いません。私の代わりのものはいますので、進行に関してはおまかせください』
ハミルトンの言葉に、会場全体が困惑の渦に飲み込まれた。グリーン大統領だけは知っていたのか、唯一困惑といった表情はしていない。ハミルトンの有無を言わせない雰囲気に、プレイヤーの全員が席を立ち別室へと移動する
『急で申し訳ありません。本来はこのような機会を設けるつもりはなかったのですが、聞いていた以上に友好的な雰囲気がしましたので、独断ではありますが交流会を提案いたしました』
グリーン大統領は動揺の色がなかったため、事前から決まっていることなのだと思ったらハミルトンの独断らしい。さっきの今で、ハミルトンがただの進行役としか意識できてないが、実際は世界で2番目にレベルが高いプレイヤーである。
『それはいいが、交流会って何するんだよ。自己紹介はさっきしたじゃねぇか』
真っ先に口を開いたのは、ブラジル代表だったベルナルドだった。口調は少し荒っぽいが、皆が気になっているだろうことを聞いてくれた。向こうは自分が気になっていることを聞いているんだろうが、こういう時に口にできるのはすごいと思う
『簡単に言えば、お互いに協力関係を築こうということです。敵対関係はもちろんのこと、非協力的な関係になることは皆の、世界の利益になりません。少しでもお互いのことを知り、相性のいい人とペア、またはグループを組み有事の際は助け合う。こういう関係になれたらと思っています』
『なるほどね、じゃあまた進行は任せるぜ』
『はい、お任せください』
二人の会話が終わり、少しして部屋へ着く。先ほどの講堂に比べると狭くて小さいが、それでも結構広めだ。ハミルトンは適当なところに立ち、他の皆も適当なところに座った
『それでは自己紹介は先ほどいたしましたので、ちょっとした雑談をしましょうか』
『あ?わざわざ場所変えといて雑談なのか?』
『何かを企画することも出来ますが、必要ないと思いまして……いりますか?』
『ハッ!俺は別にいらねぇぜ』
『では……誰が一番強いか決めませんか?』
『……は?』
真っ先に声を上げたのはベルナルドだった。が、他の面々も困惑の表情を浮かべている。先ほどハミルトンが提案したのは雑談で、今言ったのは誰が強いか決める、つまり戦いだ。そんなのを提案してくる流れでもなかったんだが……
『あまりスマートとは言えないね、Mr.ハミルトン。物騒なことはあんまり好きではないし、この場での発言とは思えないが』
『もちろんふざけているわけではありません、個人的に確かめておきたいこともあるのです』
『確かめておきたいこと?』
次に声を上げたのはイギリス代表のアイザックだった。この場にいる誰よりも歳を重ねているだけあって、一番落ち着いている。
それにハミルトンも答えるが、終始表情を崩さない。本人は至って真面目なんだろうな
『今現在、一つの強さの指標としてレベルが存在します。このレベルは非常にありがたいシステムだと思っています。一言で表せない強さというものを数値化して表しているのですから。しかし、それが絶対かと言うとそうではないでしょう。みなさんも一番最初は自分よりレベルの高い魔物を倒してここまでレベルを上げたはずです。しかしレベルは関係ないのかと言うと、一概にそうとも言えないでしょう。人同士の場合どのように作用するのか、私は知りたいのです』
一見、戦闘狂やそれに近しい何かを感じるが、言葉の奥にはちゃんとした理性を感じる。本当にただの興味のような感じがしてならない。
しかしハミルトンの言うことにも考えさせられることはあるが、天馬の中では多少のレベル差は関係ないと思っている。レベルが絶対なら俺が鏡華に負けるわけがなかったのに……
「別にこの場でそれを確認してもいいけどさ、多分関係ないと思うぞ」
『ほう、根拠を聞いても?』
「うちの天馬と御上はよく模擬戦をするんだけど、天馬が勝ってるとこ一回も見たことないからな」
「おい、一回くらいはあるぞ」
「天馬に負けたことないんだけど?」
「さいですか」
甲斐が俺の思っていたことを言ったのに驚いたが、自分で思うのと人に言われるのとでは何か違う気がしてならない。釈然としないと言えば良いのだろうか
その甲斐や天馬の会話を聞いて、ハミルトンは少し考える素振りを見せる。それほど長くない間沈黙が続くが、それをハミルトンが破った
『なるほど、それならば模擬戦をしないでいいでしょう。これで私の不安も多少ですが解消されました』
「不安?」
『はい、今はまだ大丈夫だと思いますが、簡単とは言えないまでも、誰でも超人のような力を手に入れれます。そう、”誰でも”』
「?」
話が見えてこない……ここまで真面目そうな人が心配するような事柄……まさか!
「”犯罪者”も、ってことですか?」
『……正解です』
天馬の言葉に、ハミルトンが頷く。まさかの答えに、その場にいた全員がざわつく。
あんまり当たってほしくなかった予想だっただけに、全く喜べない。でも、ハミルトンが言いたいその先がわかった気がした
『もし犯罪者がレベルを高く上げてしまった場合、レベルが絶対だとしたら太刀打ちできる人が限られてしまうでしょう。もちろんレベル1の一般人がレベル100の犯罪者に勝てるかも、なんて淡い希望は言いません。しかしレベル差が絶対ではないとわかるだけで、立ち向かえる可能性は生まれるでしょう』
やっぱりそうだったか……戦闘狂かもなんて思ってしまって申し訳ないな。多分この先に出来るであろう”レベル格差”に対する危機意識を持っているのだろう
「いい人だな、ハミルトン」
甲斐の言葉に、全員が頷いた。皆同じようなことを考えていたみたいで、少しだけ仲間意識みたいなのが生まれた気がした。