【憤怒】の眷属
『夜の闇は、憩いと恐怖を与える』
小さい時に見た夢で聞いた気がするその言葉が、何なのかは未だにわからない。しかし、不思議と心に残る言葉だった。
「天馬さん、終わりました」
ボーっとしているところに声をかけられ、思わずハッとする。声のした方に目をやると、ゴブリンの数だけの魔石を持ってこちらに歩いてきていた。
彼女は愛原心、俺がサポートしているDチームのリーダーになった人だ
「愛原さん、他の皆にも言いましたけど、敬語じゃなくてもいいですよ。俺のほうが年下なんですし」
「他の人達は良くても私は嫌です。こうしてサポートしてもらってる身ですし、年下にはタメ口で話していいということにはならないですよ」
これは何を行っても無理だと悟り、軽くため息を吐く。そんな光景を見ている他のDチームの人たちはすごい微笑ましそうだ。ちなみにこの場の10代は俺と愛原さんだけで、残りの皆は20代半ばと少しだけ離れていた。これが大人の余裕なのかと、またため息をつきそうになった瞬間、魔物の気配がした。
「魔物の気配がする、戦闘の準備!おそらくそこまで危ない魔物じゃないから、さっきと同じ作戦で!」
『了解!』
天馬の声掛けに即座に反応し、前もって決めていた作戦どおりの配置につく。魔物の姿は見えないが
、ある程度の方向だけは指を指して伝えてあげた。
しばらくすると、指を指した方向からキラーウルフとローウルフが現れた。鑑定を使ってステータスを確認してみた結果、キラーウルフが頭一つ抜けて強いが、勝てないことはないだろう。ちなみにローウルフは、レベルは最初のゴブリンたちと同じで高くて5,といった感じだった。
「ゴブリンたちと違って人型じゃないから違和感があるだろうけど、強さはあんまり変わらないから大丈夫。あとあの爪が異様に鋭くて尻尾も刃物で出来てるよなやつ、あいつだけは強いから気をつけてね」
『了解!』
少しだけ忠告して、Dチームから距離を取る。どういうわけかある程度距離を取ると、経験値が分散されることなく手柄を横取りみたいなことにならなくて済むらしい。そして少し戦ってわかったが、経験値は均等に分散しているみたいだ。
『ワ”ゥ!』
小手調べ、と言わんばかりのローウルフだけでの突撃。しかも後方にまだローウルフは残っている。もしかしてゴブリンより賢いのかな、犬だし。
そんな事を考えていると、前衛とローウルフが戦い始めた。レベル差による身体能力の優位で、ローウルフに傷を増やしていく。しかし決定打になるような攻撃は決まらず、倒しきれずにいると後衛が合図をして前衛はローウルフから離れる。そして準備していた魔法でローウルフを倒すことが出来た。
「まずは三匹……っ!次来ます!」
愛原さんの声に反応して、前衛は向かってくる残りのローウルフの相手をする。幸い先ほどと数は同じだったので、上手いことさばけている。しかし、ローウルフたちの攻撃に少しだけ違和感を覚える
「(最初のローウルフを分けて攻撃してきたことは賢いと思ったけど、今回もまた同じような攻撃?賢いというのは買いかぶりだったかな……)まさかッ!」
先程同様、前衛が粘り、後衛が仕留めるという動きをしようとする。後衛の合図と同時に、前衛がローウルフから離れた瞬間、黒い影がすごいスピードで後衛に向かっていく。そして後衛が気付いたときには、大きく口を開けたキラーウルフがそこにおり、愛原含め死んだ、と思ってしまった
「ッ!!……あれ?」
「あっぶな、」
『ワ”ゥ!?』
間一髪のところで、天馬の手が届いた。愛原らを噛み砕こうと閉じようとしていたキラーウルフの口を無理やり開き、そのままローウルフがいる辺りへと放り投げる。
キラーウルフの動きが思ったより速かったのもあり、内申ヒヤヒヤしていた。
「こいつ、俺が知ってるのと違うんだけどどういうことだ?【鑑定】」
名前:キラーウルフ(憤怒の眷属) レベル15
身体能力100 魔力50 精神力50 運50 総合力250
スキル
策士 身体強化 不意打ち
称号
【憤怒】の眷属
いや身体能力高い上に身体強化も持ってたらあんなに速いわな……しかし名前の横の括弧と称号が気になるけど、このキラーウルフはDチームの皆にはしんどいだろう。
そう思うと、キラーウルフに向かって手を向ける。そして手を握る動作をするのと同時に地面が盛り上がり、一瞬にしてキラーウルフを覆った。そして丸い土の塊は徐々に小さくなり、やがてサッカーボールくらいの大きさになった
「あの、天馬さん」
「あ、愛原さん、大丈夫でした?」
「はい、天馬さんのお陰で……ちなみにあれって……」
「あぁ、中身見たいですか?今レベルアップの知らせ来ましたけど」
微笑みを受けべながら、意地悪でもするかのようにそう聞くと、愛原さんは顔を引き攣らせ、「大丈夫です」とだけ言ってその場に座り込んだ。
「神久夜に聞きたいことが増えたな……しかし、」
それぞれ座り込むDチームを見て、流石にこれ以上は難しいだろうと思い、帰る判断と下した。それに反対するものはおらず、道中に出くわした魔物だけ倒して対策本部へと帰った。
Dチームが対策本部へと帰って2時間ほどで、全部のチームが集まった。ちなみに最後に帰ってきたのは鏡華のサポートしていたCチームで、帰りは走って帰ってきたらしい。
早速成果の報告、といきたかったが誰かのお腹が鳴る音が聞こえて、先に夕食をということになった。鏡華のフードファイター並の食事量を見て、甲斐たちはありえないものを見ている顔で驚いていた。
しかし鏡華ってこんなに食べてたっけ?
全員が夕食を食べ終わり、少し広めの会議室に集合する。どこから来たのか相羽さんと近藤さんもいた。今日1日での成果がどんなものか気になったようだ。1日なのだからそんなにげきてきなへんかはないのだが……
「じゃあAチーム、回収してたら魔石とそれぞれ元のレベルと現在のレベルを報告して」
「おう、まず俺だな。レベルは8から13に上がって、ステータスもかなり伸びた。魔石に関してはカバンなんかは持ってなかったからそれぞれのポケットに入れてある。多少は落としてるかもしれないが、多分極小以外はそもそもドロップしてないと思う」
「おぉ、5も上がったのか。この調子だと三桁も夢じゃないな」
「天馬たちもいってないのに、俺がすぐすぐいけるかよ」
甲斐は自嘲するようにいうが、俺は本心からそう思っていた。正直、レベルが三桁に乗るのも時間の問題だと思っている。それと同時に敵のレベルが三桁になるのも時間の問題なんだが……
甲斐が先陣を切って成果を報告したからか、その後はスムーズに報告が進んだ。驚いたことに、Dチーム以外のチームはどこも平均して5もレベルが上っていた。恐らくレベルが低いとレベルが上がりやすいというものだろう。
「で、なんでDチームはあんまりレベルが上ってないの?」
鏡華の圧を感じ、今日出くわした特殊なキラーウルフについて伝える。
皆反応は違ったが、真剣な顔つきになり自分たちが出くわした場合のことについて話していた。このままレベルを上げていけばあのキラーウルフも怖くはなくなるが、問題は……
「【憤怒】の眷属、か」
「憤怒っていう単語で思い浮かぶのはやっぱり、七つの大罪か」
「俺が知ってるのは、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、傲慢、暴食、色欲、なんだが、天馬は?」
「俺もその7つだな、もしかしたら違うかもしれないが……」
「こんな世界だし、何が出てきても驚きはしない」
「鏡華の言うとおりだな、いつかは悪魔や天使が出てくるかもしれないし、最悪魔王とか出てくるかもな」
「ハハッ!それなら天馬は勇者か?」
「おぉ、じゃあ勇者命令で甲斐は明日鏡華との修行に強制参加な」
「なんでだよッ!!」
『ハッハッハ!』
天馬や甲斐たちの一連のやり取りで、会議室は笑いに包まれた。しかし、柔らかい雰囲気も束の間だった。近藤さんのある一言で、張り詰めた雰囲気になってしまう。
「そういえば以前から思っていたんだが、桜田さんと御上さんは付き合っているのか?私が出会ったときから二人でいるし、今も同じ家に住んでいるし」
『え?』
誰も予想してなかった言葉に、素っ頓狂な声が溢れた。それと同時に、鏡華、相羽さん、近藤さん以外の視線が天馬へと向いた。
男性陣は面白いおもちゃを見つけた子どものような顔をしていて、数少ない女性陣は恐らくこのご時世での初めての恋バナの予感に目を輝かせていた
「おい天馬!どういうことだ?ん?我らがアイドル鏡華様と同棲とはやってんな!くたばれリア充!」
「ちょっとまて甲斐!確かに今は同じ場所に住んで言るが、特にこれと言って何かあるわけじゃない!俺達は幼馴染で、付き合っているわけじゃない!鏡華!何か言ってくれ!」
甲斐含む男性陣の勢いが強すぎて、いつの間にか壁際へと追いやられていた。鏡華から何かしら弁明を貰えればと思い、声を掛けるが……
「……昨日は激しかったから、まだ体が痛い」
「鏡華ァァァ!!!」
『コノヤロォォォォォォォォ!!!』『キャァァァァァ!!///』
男性陣は血の涙を流しながら鬼のような形相で突撃してきて、女性陣は鏡華の言葉に思わず赤面して楽しそうにしている。このときだけは本気で鏡華を恨んだ……
ちなみにこのあと鏡華が、「もちろん修行をね」と言ったことで少しだけ嫉妬の猛獣共は大人しくなったが、焼け石に水というか、同棲の件が済んでいなかったらしく、しばらくもみくちゃになった。
後日知った情報なのだが、甲斐と愛原さんも幼馴染で昔付き合っていたらしい。5歳くらい年が離れているが、愛原さんが大人っぽいおかげもあってあまり騒ぎにならなかったみたいだ
『まぁ俺達は騒ぎにするんだけどな!!』
と言う男性陣の言葉が聞こえたあと、甲斐はしばらく天馬よりもひどくもみくちゃになったのだとか……