技術の大事さ
両親の記憶はない。物心付く前に二人ともいなくなったらしい。唯一残された俺を不憫に思い、義務教育が終わるまではと親戚の人たちが育ててくれた。高校は通わないつもりだったのだが、中学の時何気なく買った宝くじが当選、学生では使い切れない量のお金が舞い込んできた。そのお金で高校の学費も払い、親戚たちにも感謝の印にいくらか分け、両親と昔住んでいたという家を買い戻した。幸い親戚の家とはあまり離れていないから、一人で暮らし始めてからも親戚の人たちとは仲良くしていた。ある日突然引っ越すまでは……
「天馬、泣いてる」
「え?」
寝起き早々、俺より先に起きていた鏡華に指摘された。号泣というほどの量ではないからか、自分では気付かなかった。なにか悲しい夢を見ていた気がするんだけど……全く思い出せない
「大丈夫、体が痛むとかじゃないから」
「昔から、天馬が痛みで泣くことはほとんどない。泣くとすれば、何かとの別れとか……」
「……よく見ていらっしゃる」
鏡華が思ったより見てくれてたことを喜べばいいのか、幼馴染の前で泣いてしまったことを恥ずかしがるべきか、すごい判断に困るとこではあるが、とりあえず朝飯でも食べよう
「天馬くん、鏡華さん、おはようございます」
「おはようございます」
「おはよ」
部屋から出て少し行ったところで相羽さんとばったり遭遇した。相羽さんの顔を見てひとこと言いたいことがある。なんでこの人こんなに元気そうなの?言葉の感じからは元気系というイメージはないだろうけど、顔がすごい元気なのだ。俺たちと同じ、もしくは俺たちより早く起きているのに眠そうな雰囲気が一切ない。
「今日は昼過ぎには用意した物件まで案内するが、大丈夫かな?」
「今日はレベル上げも行くつもりはなかったので、全然いけますよ」
「では昼過ぎに博物館の正面玄関辺りで待っていてくれ」
「了解です」
挨拶と軽く雑談を終え、朝食を食べに向かう。これだけ大きい博物館なだけあって、スタッフルームもかなり広い。今はそこを食堂として使っているらしい。スタッフオンリーと書いているところに入るのは少し入っていいのかと抵抗が出てくるが、扉を開けてみるとすごいいい匂いがした
「この匂いは……カレーだ」
「美味しそうな匂いだ」
家で香ってくるカレーの匂いとはなにか違うと思って、作っているところを見てみたら、本場インド人の人がいた
「え、なんでここに」
「ン?日本人ジャナイノニドウシテココニッテ意味カナ?」
あんまり大きな声で言ったつもりはなかったが、それでも聞こえたらしい。インドの人は耳が良いのかな。作業の手を止め、わざわざ話をしてくれるらしい。
「コンナ世界二ナッテ、故郷二帰ル事モデキナイ。ソンナ時二相羽ガ声ヲ掛ケテクレタンダ」
「そうだったんですね、日本には留学とかで?」
「イヤ、自分ノ店ヲ持ッテタンダ。インド料理店デ、ソレナリニ人気ダッタノサ!」
よほど繁盛してたのか、自信とドヤ顔がすごい。でもそれも頷けるほどには匂いで美味しいとわかる。さすが東京というか、いろんなものが充実してたんだな。こうなる前に来てみたかった
「朝食食ベニ来タンダロ?バイキング形式ダカラ好キナノ食ベナ。オススメハスタンダードナカレー二ナンダナ!」
鏡華は待ちきれなかったのか、オススメを聞いたらすぐにカレーを取りに行った。他にも人がいて、見える限りはオススメを食べている。その上すごい美味しそうな顔をしている
「そういえば名前聞いてなかったですね、桜田天馬です」
「”サルマン”ダ、ヨロシク天馬」
一足先にカレーを食べていた鏡華の顔を見てみると、今までにないほど幸せそうな顔をしていた。まさに『カレーは飲み物』を体現したような食べっぷりをしていた。
「天馬……これ神!」
「おぉ…やっぱり本場は違うのかな。いただきます……ッ!!」
漂ってきた香りと食べた鏡華の表情から、美味しいだろうなとはわかっていた。けど口に入れた瞬間、鏡華と揃って幸せな表情を並べる。
この世界になってこんなちゃんとした料理を食べれると思わなかった……いや俺も料理にはそれなりに自信があったけど、この料理は今まで食べた料理の中でも一番だって言えるほど美味しい。
「これ神……」
「ダロ?」
思わずこぼれ出た言葉をサルマンは聞き逃さなかったみたいだ。横目で見ただけでもものすごいドヤ顔をしていた。いやそのドヤ顔も納得の味なのだが……
むしろ慢心してなさそうなのがすごい
「どんなとこだろうか、紹介してくれる家ってのは」
「超豪邸か、超ボロ家」
「なんでそんな極端なんだよ……」
絶品カレーを頬張りながら、今日紹介されるという家について鏡華と話す。政府が直々に用意してくれた家らしいから、鏡華が言うような超ボロ家はないだろう……ないよな?
正直、カレーで感覚が麻痺しそうだが世界は大変な状況だ。そんな状況でまともな家を期待するのは少し酷なのかもしれない。感覚が麻痺と言えば、俺も鏡華の元々住んでいた家は、世間一般では豪邸に入るような広さだ。もし用意された家がそんなにだった場合、うまくリアクションできるかな……
「天馬、考えすぎ」
「あ、うん。相変わらず鏡華にはバレるな」
こんな世界になってからはそんなにだったが、俺がこんな風に色々考えてるときはよく鏡華にはバレていた。何を考えてるかまではわからないとは思うが、鏡華がこう言ってくれることで頭も落ち着く。
「オイオイ!考エ事シナガラ俺ノカレーヲ食ウンジャネェ!集中シテ食イナ!」
「ご、ごめんサルマン」
鏡華との話を少し聞かれたのか、たまたま近くを通っていたサルマンにお叱りを喰らってしまった。そこからはこれでもかというほど集中してカレーを貪り食った。
余談だが、あまりの美味しさに鏡華の食べる手が止まらず、出てくるカレーをすべて平らげ、サルマンを泣かせていた。
「昼間で何しようか、今日はレベル上げに行く予定はないし、言ったら昼過ぎまでに帰ってこれる自信がない……没頭しすぎて」
「じゃあ久しぶりに修行する?」
「え”、まじで?」
「レベル上げでの戦いを見てて思ったけど、天馬は身体能力で殴ってる感が強い。今はそれでも十分すぎると思うけど、天馬の話だとこれからどんどん強い敵が現れるんでしょ?今のままだと良くないと思う」
確かに、鏡華の言うとおりだ。今まで戦いで技術的なことを気にしたことなかった。一応短い期間鏡華のおじいちゃんに武術を習ったことがあるから、ある程度できないことはないけど、かなり期間が空いてるからすぐ実践ということは無理だったというのもある。
「お偉いさんに言えば少し広めの空き部屋用意してくれると思う」
「わかった、じゃあ相羽さんに声掛けてみようか」
結構高めの書類の山とにらめっこしていた相羽さんを訪ね、少し広めの部屋がないかを聞きいたところ、ちょうど隣の部屋が空いているということで、快く使わせてもらった。
この建物は意外と防音性能が高いらしく、100デシベルくらいの音ならほぼ無音になるらしい。優秀すぎる。ちなみに100デシベルは極めてうるさい分類になるらしい。どういうこっちゃ。
「じゃあ始めようか」
「おっす、お願いします師匠」
「茶化さない、あほ」
「すみません」
鏡華と一緒に、記憶にあるとおりに準備運動から始める。と言ってもイントロがないだけでほとんどラジオ体操と同じようなものだから久しぶりだったけど、結構スムーズに終えた。
その後は坐禅をしたまま瞑想をする。その後は型の確認、そして簡単な組手に入る。余談だが、鏡華は剣術がメインだけど、空手、柔道、弓術、合気道を師範代レベルまでマスターしている。そんな達人が女子高生だというのだから世の中は恐ろしい。
「簡単なことは問題なく出来てる。今日はおさらいで終わるつもりだったけど、少しだけ試合してみようか」
「もうちょっとおさらいしてもいいんじゃないでしょうか?」
「問答無用。ルールは床に倒れるか気絶した方の負け、あとはなし」
「後者ちょっとしんどいn、ッうわ!?」
ルールを決めたあと、本当に問答無用で殴りかかってきた。しかも容赦なく顔を狙ってきたから反射的に体を仰け反らせて、思わず床に倒れるところだった。
急いで体勢を整えて、臨戦態勢を取る。しかし目を向けた先に鏡華はおらず、もう背後に回っていた。死角から放たれる高速の蹴りにうまく反応できず、そのまま吹き飛ばされて床どころか壁に激突してしまった。
「あ、加減間違えた」
「……これ、俺以外だったらそんな呑気に言ってられないですぜ、鏡華さん」
情けなくぶつかった壁にもたれながら文句をこぼした。実際、壁に当たる際になんとかして勢いを殺してなかったらそのまま壁をぶち抜いているところだった。しかもこの壁の方向には相羽さんがいる部屋があるから、本当に危機一髪というところだった。
「まさかここまで身体能力が上がってるとは……やっぱり数字で見るのと実際に体感するのとだと全然違うな」
「自分でもここまで動けると思わなかった、でも天馬もあれに反応してたんだからすごいよ」
「あぁ、確かに少しだけ手が触れてた気もするけど、止められなかったからなぁ」
全くの無意識だったし、言われてみればくらいしか触れてなかった。でも慣れていけば今度は止められるようになるだろう。
「よし、時間もまだまだあるからどんどんやってこう。私もこのスピードの戦闘に慣れたい」
「じゃあ今度は俺から動いてみようか?」
「うーん、もう何本かよーいドン、で始めよう」
そこから20本ほど試合を繰り返して、戦績は20勝0敗で鏡華の圧勝。惜しい試合もいくつかあったが、それでも技術的な面で劣ってたので勝てることはなかった。
昼も近づいたということで呼びに来た相羽さんと近藤さんが唖然としてずっと見ていた。近藤さんは二回くらい俺と鏡華の戦闘を見たことがあるけど、どっちもあんまりちゃんとしたものじゃなかったから今回の試合に衝撃を受けていた。
「まさか二人のレベルがここまで高いとは……やはり数字だけで判断したらいけないですね」
「ハァ……ハァ……それ、別の意味でも捉えられますよ」
「別?」
「単純なレベルの数字で言ったら、鏡華よりも俺のほうが高いけど、結果はご覧の通り。まぁ身体能力の数字は鏡華の方が高いんですけど」
「あの程度の差でこの結果にはならない、実力」
「あ、はい」
結果に差がありすぎて悔しいすらもないけど、いざ言葉にされると思うところがあるな。壁にかけてある時計を見て、12時前になっていることに驚いた。でもちょうどお腹が減ってきていたし、時間もちょうどいいので相羽さんたちと一緒に昼食を食べに向かった。ちなみに昼でも、サルマン作のインド料理が広げられていて、バイキング形式となっていた。ずっとこうなのかと聞いてみたら、労力的なことも考えてバイキング形式が一番サルマンたちに負担がないらしい。
そして朝食同様、ものすごい量を食べた鏡華にサルマンは泣き、相羽さん達はまたも唖然としていた。