Part2 - Fools Gold
空が遠く、丸く切り取られている。
地上から50mほど掘り下げられた半径100mもあるこの大穴には、
今も絶えず大量のデータが送り込まれている。
壁に取り付けられた階段を下りながら、その様子を見ていた。
「よぉ」
一番下、データが捨てられていく一番新しい場所まで下りた時だった。
「あんたは不要なものを切り捨てた口か?
それとも、そのものが不要とされた口か?」
背後から突然、冷たい声と鋭いナイフを首根に突き付けられた。
「ハハッ。どうにもアンタが良く見えなくてね」
黒いロングコートに身を包んだその女は、深く被ったフードを外しながらそう言った。
無造作に伸びたシルバーグレーの髪が揺れる。
「悪いことをしたな。謝るよ。
見学しにきたって所だろ?アンタ」
こっちだ、と言って大量のデータの上をガシャガシャと音を立てながら歩き始めた。
行先は恐らく、今まさにデータが上から落ちてきている地点だろう。
「ここで掘り出し物を探しているのさ。
捨てられたものばっかだが、価値が無いわけじゃない」
獣道のように、周りに比べ少し歩きやすくなった場所を歩いていく。
左右は膝程から肩辺りまで積み上げられた何かが所々にあるばかりだ。
ふと足を止め、足元の少し埃をかぶった立方体を拾う。
女が軽く指ではじくとディスクの回転するような高い音と共に複雑に箱が開いた。
淡い緑色の光が出ている。中身は――よく分からない。
女は何やら満足しているようで、ニヤリと少し口端を上げていた。
「希少じゃないからといって不要なわけじゃない。
見た目ばかり見ていたら、本質を見失ってしまう。
この世界はそんな事ばかりで埋まっちまってる。」
箱を元の形に戻し懐へ入れながらそう言った。
「最も、そんなことを気にする必要が無くなってるわけだけど」
まだデータが落ちてきて間もない場所までたどり着いた。
少し先ではまだデータが落ちてきている。
「休みなんてないさ。年中無休で絶え間なく落ちてくる」と女は言う。
一体どこから来たデータで、それがどんなモノかなんて把握しきれない量だ。
女は懐からスマートフォンのような物を取り出し、操作し始めた。
すると周囲が正方形にうっすらとレーザーの壁のようなもので囲まれ、光が覆い始めた。
どうやら周囲をスキャンしているようだ。
「よいしょ」と言って女は周囲を漁り始めた。デバイスを頼りに何かを探しているようだ。
「ここにはいろんなものが一緒くたに落っこちてくるんだ。
こうやって色々使わないと危なっかしいのさ」
確かに。辺りを見渡してもジャンルや形など統一されたものは1つもない。
分別といったものも、ただデータであるだけだから無いのだろうか。
「共通点は1つだけ。
経緯はどうあれ、それがあった場所で"不要"と見なされたという事だけさ。」
辺りをキョロキョロと見まわす自分に、女は顔を上げてそう言った。
「今でこそ"不要な物の切り捨て"したり、
"欲しいものを付け足し"するのは容易だ。
でも、それが全部良いって訳じゃない。
全員が一律全てに優れるなんて、考えたくもないね」
吐き捨てるようにそういった。
「こんな場所にいるから、"イヌ"だなんて言われてる。
まぁその通りではあるんだけど」
知らない人から見ればそう見えてしまうものだろう。
しかし、彼女は懸命に山をかき分けていた。
その山が何に見えているかは、知る由もない。
その時、脇のデータの山がガシャンと崩れた。
現れたのは、虫型とも人型とも言い難い3本足で動くデータだった。
レンズにアーム、ローラーがキメラのように無理に繋がった形だ。
その場しのぎなその接合に自壊しながらこちらを標的に定め――
明らかな敵意を示した。
「"牙"がなきゃ、こんな場所居られないからね」
女のデバイスが強く光り、周囲の光の壁が一気にキメラデータに収縮した。
キメラデータは不協和音を奏でながらジタバタと動くが、その場から動けないようだ。
ただただ自壊していく。自分の欠損の理解も出来ず、ただ自壊していくのみだ。
デバイスの光が収まった頃には、女がキメラデータのそばまで近づいていた。
気付かない間に手元にナイフが現れていた。
ゆっくりとナイフの刃を刺すと一段と強い音を出し、
直後事切れたように接合が解けてその場に崩れ落ちた。
ふぅ、と女が息をつく。
「日常茶飯事なのさ、こんなのが」
一瞬の出来事だった。自分には目で追う事しか出来なかった。
「居るのさ、ああいうのが。
"廃棄物"なのか"嫌がらせ"なのか知らないけどね」
手をひらひらと振りながら彼女はこっちに振り返った。
「普段はもっと危なっかしいのさ。
"廃棄物"なんだろうな。音を出すだけのタイプだなん」
言葉を言い切る前に彼女の血相が変わった。
目線は自分――の後ろ。
「なっ危な――」
不協和音が背後から聞こえた。
振り返るが既に目の前に飛び掛かってきていた。
避けるのは既に手遅れだ。
腕で守るのも間に合わない。
せめてと思い、強く目をつぶった――――
しかし、何の衝撃もなかった。
ゆっくりと目を開ける。
そこには既にガラクタの山となったデータと、
ナイフを構えたまま肩で息をしている女が居た。
どうやら彼女がなんとか割り入って助けてくれたようだ。
感謝を言おうとしたその時、
「――驚いたな。"回避"の機能なんて久しぶりに見た。
そいつは一体どこで?」
両肩を掴んで揺らしながら至近距離で問い詰めてくる彼女が落ち着くまで、
少し時間がかかった。
どうやら、無意識で自分の"機能"を使用していたようだ。
ヒトの体で出来るギリギリまで体をひねって避けていた、と彼女は言う。
そんな機能の存在すら知らなかった自分としては2重に驚いている。
「そんな隠し玉を持っていたなんてな。
てっきりそういうのとは全く縁が無いのかと」
データの山に腰を下ろし、一つずつ話を聞いていく。
"回避"の機能自体、どうやら中々お目にかかれないようなものらしい。
仮想体は人間の形をとっている事が多いが、それはただ"カタチ"だけのものだ。
自在に体を液体のように曲げ、伸ばし、移動などに使える。
人の形すら本来ここでは必要が無い。
しかし自分の"回避"は人の形を前提とした動きのようだ。
最も、"動かすことが可能な部位"を"可能な限り動かす"という、
人間としてはありえない動きではあるが。
どこでこの機能が?一体何故?
疑問は絶えない。
思考を回していると、女から声をかけられた。
「なんだか、色々ありそうだな。思っていたよりも」
そして、立ち上がると
「お前、ここで仕事しないか?」
手を差し伸べながら、そう持ち掛けられた。
どうやら、諸々を見て「向いている」と判断されたんだろう。
確かに、ここで無数のデータを見ていればいつか自分を思い出すかもしれない。
自分に関するデータもあるかもしれない。
自分の在り方をゆっくり知れるかもしれない。
でも。
その誘いを断った。
「...だと思ったよ。結局の所、こんな場所には訳アリな奴しか来ないからね」
女は差し伸べた手を引いた。
「気にしなくていいさ。
『ゴミ拾いなんてまっぴら』みたいな嫌い方をしてるわけじゃないんだろう?
お前に合ってると思っただけさ。余計な世話だったけどな」
フードをかぶり直しながらそう言った。
口調は変わらないが、フードを被る瞬間に見えた横顔は少し寂しそうだった。
「まんま、来た道を戻って階段を上りな。
ここには満足な移動手段なんてないからね。
否応でも底は上がっていくからな」
自分は頷き、来た道を戻っていく。
「戻ってくんなよ、祈っとくからさ」
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螺旋階段をゆっくりと登っていく。
沢山のモノを見た。
知らない"自分"を知った。
出会いがあって、別れがあった。
それでも、まだ分からない。
少しずつ満たされていくこの場所のように、
いつか自分を満たす"何か"に出会えるのだろうか。
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自己機能の一部再起動を確認
自己認識の強化が行われたようだ
あの女は"よく見ている"