Part1 - Food For Thought
通りの少ない、何も無い場所だった。
所謂「ラーメン屋」と呼称されるような見た目の建物は、
暗がりの中ひっそりと道の脇に佇んでいた。
入口から光が漏れている。「営業中」という事なのだろう。
自分は暖簾をくぐり、中に入った。
「――ん!?いらっしゃい!」
入ると、店主と思われる男が威勢よく声を上げた。
店内はかなり狭いがよくある構造だった。
奥に長く、右にカウンター席が5つほどで反対側に調理場。
左は壁で、通路は一人通るのが精一杯。
ラーメン屋と言えば容易に想像がつくような形だ。
「食べるか?ラーメン」
店主の服装は上下黒の服に紺色のエプロン。そして頭には白いバンダナ。
これもまた、分かりやすい服装だ。
その問いに頷くと、その男はとびっきりの笑顔で
「そうこなっくちゃ」
と返し、麺をゆで始めた。
「はいよ、特製醤油ラーメンだ!」
カウンター越しにラーメンが出された。
少し濃いめの醤油と魚介系の出汁の香り。
3枚のチャーシューにメンマ、そして海苔とネギ。
至って普通だが、それがちょうどいい。
割り箸を割り、麺をすすり始めた。
「なかなかこのご時世、ラーメンなんて食う事無かっただろ?」
店主の男は相変わらず満点の笑みを浮かべながら、
黙々とラーメンを食べ進める自分の隣の席に座った。
「"食べる"ってことはそれだけで素晴らしい事なんだ」
そして厨房――いや、どこか遠くを見るような目で語り始めた。
「今でこそ"食べる"っていう行為は、意味のないただそれだけの行為になっちまった。
昔は生きるっていう目的の為に必要なだけだった...なんて感じだ。
だが、そういうわけじゃあない。食べるっていうのはそれ以上に意味がある事だ。
何かを取り込み、糧にする。それこそ"食べる"っていう事だ。
良いものも悪いものも取り込んで、更に成長していく。
そうやっていくことを、"ハングリー精神"だなんて言ってたらしい。
全く、昔の人は良い言葉を作るもんだ」
ただの駄弁りなのか、愚痴なのか。それは分からなかった。
だが、それが彼がここに居る理由なのだと理解した。
「にしても驚いたな」
自分が殆ど食べ終わり、休憩していた所で店主は話題を変えてきた。
「あんた、"割り箸"を使ってなかったな」
言われている言葉の意味が理解出来なかった。
自分は出された通りに出された割り箸を使って食べていた。
自分の箸を持ち込んだわけでも、フォークを使ったわけでもない。
「いや、そうじゃなくて..."機能"を使ってなかったっていう話だ」
なるほど、そういうことか。
言われて気が付いた。この割り箸には"割り箸を使う"機能が備わっている。
この電脳世界において食文化はほぼ存在していない。
人としての欲求である食欲がないのだから当然と言えば当然だ。
だからこそ、"食べる"という行為は特殊な行為だ。
「こんな変境地に来てるわけだし、よっぽどの食事ファンか?」
笑いながら聞かれた。私は顔を横に振る。
「そうか...。となると"DIVER"か?」
おそらく。そんな曖昧な答えを返した。
自分にはこの体――仮想体になる前の記憶がほとんど無い。
あったのは、現実界に存在していたという朧気な感覚だけ。
それだけだ。
それだけで、この世界をただ漂っている。
「てことは...まさか初期実験の――いや、深入りはよしておこう」
その発言が3回目の問いになる前に、男は言葉を切った。
「本当に大丈夫か?」
店を出ていく前に色々聞かれた。
必要な物はないか、手助けが必要だったりしないか。
自分は首を横に振った。
今欲しいものはそうやっては手に入らない。
男に見送られながら、自分は店を出た。
ただ道だけがある何もない空間を歩いていく。
振り返ってもラーメン屋の光はもう見えないだろう。
ただ、前だけ向いて歩いていた。
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自らの力で突き止める必要がある。
ただそれだけを考えていた。
自分はどういった経緯でここへ来たのか。本当の自分はどこにあるのか。
そして、必ず"戻る"。
きっとこの世界のどこかに、その答えはある。
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正常な記録はここからだ。
自我確立はまだだが、その兆しがある。